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裂けば湯気が出るパンはふかふかで甘く、程よく半熟の目玉焼きは舌の上でとろっとしていて――。
大きなガラス扉から見えるのは朝日を浴びて煌めく花々。リドリーは今生の幸福を謳歌していた。
そんな中でも、ともすれば昨夜の話が頭の中で存在を主張してくる。『大災』の話、ブレスウェイド家の話、そして、クーデター。
クーデターとは?
パリッと口の中でソーセージがはじける。
「・・・ん~っ!」
浮かんだ疑問は溢れる熱い肉汁の中に溶けて消えていった。
半獣とは言え、リドリーの五感は並の人間のそれよりもかなり優れている。感覚を研ぎ澄ませ、標的を探す。――見つけた。壁を垂直に駆け上がると、空いている窓から滑り込み、呑気に廊下を歩いている標的が振り向く前に、背後から――飛びかかる。
「うひゃあ!!」
「イキ」
目を白黒させているイキを正面に持ち上げた。
「イキ。昨日は無神経なこと言ってごめん」
「え」
イキは、ふにゃりと少し涙を滲ませ、顔を崩した。
ふるふると頭を振る。
「いいのよ!イキもごめんね!」
リドリーの手をぽふぽふと叩く。
思わず口に出してしまった。
「・・・も・・・」
「も?」
「もふもふしてもいいっ?」
コテン、と首を傾げたイキがにやっと笑って親指を立てた。
「ばっちこーい!よ!」
もふもふもふもふもふ
「ドルもなの!ドルも、もふもふしてもいいの!」
もふもふもふもふもふ
庭を挟んだ反対側の廊下の窓から、何やらわちゃわちゃしている3人を見かけたファトマはふふっと笑った。
いい子だわねえ、と思う。育った環境のためか、未だ若干卑屈なところはあるが、それでもリドリーはそれ程擦れてはおらず、人の情を信じている。思考は少し硬いが、好奇心もあるので、知らない知識に目を輝かせ、貪欲に吸収しようとする。おかげでついつい加減が利かなくなるのだが。
ファトマは日の眩しさに目を細める。
いつもなら就寝している時分だけれど、今はそうも言っていられない。足早に主の部屋へ向かった。
「デンゼルさんにご連絡があったとのことですわー」
「そう」
「あとー、旦那様からもー。2週間後にこちらに到着するとのことですわー」
「祭の直前。お父様はよっぽどアンドレアに会いたくないのね」
嫌われたものね、と主は別に気にした様子もなく、寧ろ楽し気に言う。
櫛で白金の髪を梳きながら、ファトマは鏡に映る主を見た。よく似た髪、よく似た面差し。
『さあ、ファトマ。頼んだわよ、戦支度』
内面の苛烈さまで。主は本当に母親によく似ている。
息子を亡くした後、その墓を守りながらこれから生きていくのかと思うとたまらなくなった。
気が付くと船の上にいた。本来、料金はかなりの高額のはずだが、船会社の係員をしていたのは昔仕事で世話をしたことのある人物だった。彼は何も言わずにファトマ達を船に乗せてくれた。
断れば海に身を投げかねない、とでも思われたのかもしれない。
横を見ると、夫がそこにいた。
止めなかったのか聞くと夫は、止めたら黙って置いていかれそうだからと言う。相変わらずな夫に笑ってしまった。笑って、泣いた。船の上で、夫に縋り付いて大泣きするファトマを誰も咎めなかった。
きっと、皆、事情はさして変わらなかった。
たどり着いた港は、ブレスウェイド領で。前職の経験を買われ、王都にいる奥様の側付きになった。
初めて会った奥様は、人族の美醜はよく分からないが、それでもとても美しい方だと思った。
『私の前で辛気臭いのはやめてちょうだい。気が滅入るわ』
そして、全く遠慮なく物を言う方だった。
その時既に父母を亡くし、ブレスウェイド女伯、ただ一人の『勇者の系譜』だった奥様は、怒りをぶつけるように働いていた。
『大災』が収まる「冬」を少しでも長引かせるため、極寒の地であるターピン山脈の氷を輸送するための交渉と手配、効率的に『黒い腕』と戦う手法の提言。他領で採れるポロルスという多孔の石が水を吸い上げ保持することに注目し、それを埋め込んだ剣を造らせた。
子どもが生まれてからは一層。
命の火を削って動いているのが、目に見える様だった。
『とめないでよ、ファトマ』
止めなかった。止めるべきだった。奥様が、ブレスウェイドがそれらをパンタリアにも流していることを知っていた。
捨てた故郷に未練があったのだろうか。
『大災』で息子を亡くした自分が、息子よりも幼い子から母親を奪うのか。
罪深い、何とも罪深かった。
一人、残された子どもに、せめて母の愛情を疑って欲しくはないと、こんこんと言い聞かせた。
そのためか、存命の父親の方とは変に拗れてしまったようだ。あちらにも多分に同情の余地はあるというか、同情しかないというか・・・いづれにせよ、あの日から変わらず、ファトマの誓いはここにある。
「決行は祭当日。頼んだわ、ファトマ」
「承りましたわー」
この身に流れる血の、最期の一滴に至るまで、主のために燃やし尽くしてみせましょうー。




