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年中花が咲き誇る庭がよく見えるようにと、窓際におかれた椅子に座っている。部屋の中は快適に温かい。
地下で沸かした湯を、配管を通して建物全体に行き渡らせているのだ。
「待たせてすまないね」
現れた黒髪の青年が、目線で給仕をしていた侍女たちを下がらせる。
伴った従者が、アンドレアの対面の椅子を引いた。
「いいえ」
アンドレアは可憐に微笑む。
――さあ、茶番劇の始まりだ。
「もう、とっくに知っているよね?今年の祭りの凱旋はブレスウェイド騎士団だそうだね」
「えぇ、とても楽しみよ」
――それはアンドレアと目の前の青年、第ニ王子オークリーにとって吉報であると同時に凶報でもあった。即ち、これ以上進めばもう引き返すことはできないという意味で。しかしアンドレアにはとうに覚悟ができている。だから後はオークリーにそれを迫るのみ。
「大丈夫?はしゃぎ過ぎてまた身体を壊すんじゃないかい?」
「もう、心配しすぎです。アンドレアは平気なのに」
気遣わしそうにこちらを伺うオークリーの姿は、身体の弱い令嬢の身を案じているように見えるだろう。
控えている侍女の中には、頬を染めて二人を見ているものもいる。
アンドレアは自分が王子の婚約者候補と噂されているのを当然知っていた。馬鹿馬鹿しすぎて失笑するしかない。
この身はブレスウェイドの血を残さねばならぬ身だ。そして、オークリーがアンドレアの相手に選ばれることはない。
それでもこの王子との間には約束、いや契約がある。
そのために度々こうして、別段会いたくもない相手に態々会いに来ているのだった。
最もそれはお互い様のようで、オークリーがこちらの姿を認めた際、微かに顔を顰めたことにアンドレアは気付いていた。
顔に出るようならまだまだ青い、と年上のオークリーを評す。しかし、次期王としては彼が一番の最適解だ。
「そう言えば、覚えておられますか?」
アンドレアは少し身を乗り出した。
「小さい頃読んで下さった絵本のこと」
「――何かな?」
「遠い国の御伽噺よ?――心を持った人形が、自分にひどいことをしてくる人達が隠した宝物を見つけるの。それは何も感じることができなくなる代わりに、決して傷つかない、動き続ける心臓。人形は宝物を盗み出したのだけど、結局失くしてしまう――という感じのお話だったわ。アンドレア、ずっとあの絵本を探していたのよ。そしたらこの前やっと見つけたのよ」
「――そうか。すまない、私は忘れていたよ」
「ふふ、いいんです」
遠回しなこの話をオークリーが分かっても分からなくてもどちらでもいい。ことここに至ってはあまり意味を成さなくなった情報だった。
「どうしてももう一度読みたかっただけなので」
「君は本当に記憶力がいいね」
「ありがとうございます。――それよりお祭りの件、お願いしますね、殿下」
「――分かったよ」
「必ずですよ?」
「あぁ。ただ――くれぐれも無理はしないように」
諦めたように、それでいて一瞬強く紫暗の瞳をこちらに合わせてきながらオークリーは答えた。
「えぇ勿論」
――そして賽は投げられた。
全くもって回りくどい会話の応酬だったが、二人とも何も好きでやっている訳ではない。どこに誰の目があるか、分からないからだ。
個人的にはあまり気に入らないが、アンドレアはオークリーのことを哀れだと思う。
こんな時に王子なんかに生まれてしまって実に哀れだと。
アンドレアの代わりはいない。だから気ままに振る舞っても許される。けれどオークリーはそうではない。継承権の序列は2番目とは言え、都合が悪ければその首ごと差し替えられるだろう。替えの利かない駒か、そうでないかの違いだけではあるが。
アンドレアは壁に掛けられた、国旗の刺繍が施されたタペストリーを見た。
赤地に黒の縁取り。図柄は、その身を飾るリボンの端を咥え冠を戴く鷲である。
豪華絢爛な王城。しかしその中心にある玉座は既に、無様なばかりの張りぼてに過ぎなかった。
何にせよ、目的は果たせた。
立ち上がったアンドレアの背にオークリーの声がかかる。
「――ところで、――?」
意趣返しのつもりだろうか、問われたそれに、アンドレアは満面の笑みで返す。
「女の子の秘密よ」
獣人のファトマと広い廊下の中央を歩くアンドレアに、隠しきれてもいない様々な意図の視線が絡みつく。
多くは憐憫。残りは侮蔑に嫉妬、羨望に好奇。
それら全てを身に纏い、『アンドレア・ブレスウェイド』は笑う。
――近い未来、自ら降りなければならないことが分かりきった舞台の上で。
最期まで、この世を嗤ってみせるのだ。
「そおれ!綺麗になあれ!」
「・・・・ぷぅ・・・ぷぅ・・・」
水を張った大きめの盥にの上でバッシャバッシャと洗濯物を踏み続ける黒兎2人。見ているだけで寒くなりそうな光景だ。
「あの、イキ。ビル寝てるけど」
「え?!すごい!リドリー、イキ達の見分けがついてるの?!すごいすごい!!アレク様以外できないと思ってたわ!!」
イキがさらに激しく跳ねるので、リドリーは水をかぶらないよう、もう3歩下がって屈んだ。
「ビルは単純作業なら得意なのよ!ずっと続けていられるわ!」
それは寝ているからじゃないだろうかとリドリーは思った。
「ん~分かった!やっぱり匂いね?!匂いが違うとかね?やっぱり半獣だからリドリーも鼻がいいのね!」
匂いの違いも少しはあるけど、絶対そうじゃない。
干したシーツが風にはためく。
リドリーは自分の長い尾を見る。
『半獣であること』は、リドリーにとって決して外せない足枷であると同時に、母との縁でもある。疑いようもなく、母は最期まで自分を愛してくれていた。
『――我々の家族を救いタいト思いませんか?』
耳の奥で、猫耳店長の声が響く。
青く高い空を見上げた。冬の空気は冷たく澄んでいて、吸い込むとこのシーツのように、自分の中身を洗われた気分になる。
「――イキ」
「なになにー?!」
「ある人に聞かれたんだけど・・・。パンタリアを救いたいと思わないのかって、――イキ?イキ!?」
返ってこない反応に空から目を引き離して見下ろすと、イキがぷるぷるぷるという音が聞こえてきそうなほどに頭を抱えて震えている。
「どっ・・・どうした」
「ごめんなさいっ!!」
それはほとんど悲鳴に近かった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!逃げてきてごめんなさい!みっ、皆今も苦しんでいるのにイキ達だけっ・・・逃げてっ来て!ごめんなさい!」
「イキ!!誰もそんなことは言っていない!!」
両肩を掴んで目を合わせても、涙の滲むそこにリドリーは映っていなかった。
「イキ達は、この国にいる獣人は・・・『逃亡者』だからっ!・・・アレが・・・こっ怖くてっ!国を捨てて逃げてきたからっ・・・!!」
「イキ!・・・イキっ!!」
リドリーが途法に暮れかけた時、それまで立ったままぷうぷうと寝こけていたビルがイキの首根っこを掴み、リドリーから引き剥がした。
「寝る。食べる。働く。――できるのはそれだけ。それだけでいい」
半目の黒兎は、そのままクスンクスンと泣いているイキを引っ張っていく。
「イキのことはビルに任せる」
「ビル」
ビルは一度だけ、立ち止まった。
「ビル達には半獣の、リドリーのことは分からない。リドリーにもビル達のことは分からない」
屋敷の中に戻っていく2人に、リドリーはただ立ち尽くす他なかった。




