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夜でも明るい王都の中心街の、昼間の賑やかさはリドリーの想像以上だった。
昼はとっくに過ぎた時分だが、煮物焼き物揚げ物いろんな食べ物の匂いに香水の匂い。注意深く鼻を利かせようとすると頭がクラクラしてくる。
「よそ見せずついてこい」
物珍しさでついキョロキョロしてしまったが、すれ違う際にリドリーの小さな耳をみとめた人が微かに眉を顰めたのに気付き、首をすくめてアレクの背を追う。
王都でも外れにある伯爵邸から近くまで馬車に乗ってきた。生まれて初めての馬車は、アレクと密閉空間にいて居心地悪いことこの上無かったし、窓を開けようとしたら「閉めろ」と睨まれるしで、全く良いものではなかった。
ちなみに御者をしてくれたのは、厨房にいた頭に傷のある男だった。デンゼルという名前らしい。匂いで分かったがコックコートではなかったので飛び上がるほど驚いた。
今歩いているあたりは貴族向けの高級店からは外れた通りだが、洒落た雑貨店や料理屋が並んでいた。
馬車の中で事前に使いを送っておいたと言っていたからか、アレクは目当ての店に迷わず入っていく。
その店は道の丁度曲がり角に無理やりねじ込んだような位置にある、小さな店だった。両隣から大いに顰蹙を買いそうだな、というのがリドリーの第一印象である。
「いらっしゃいませ」
店内は少し薄暗く、臭くはないが一度も嗅いだことがないような変わった匂いがした。その中に微かだが確かによく知った薬の匂いもある。
棚や机に並べてあるもの、壁に掛かったものには一切統一性がない。本だったり、何かの仮面だったり。
声をかけてきた女性に、アレクはただ懐から出したものをチラリと見せた。
エプロン姿ではたきを持った金髪の女性がカッと目を見開く。
「少々お待ちくださいませっ」
女性が店の奥に駆け込んで行った直後、何かがバサバサと落ちる音の後、どたどたどたっと足音が近づいてきた。
「いやぁ~っ、ようこそようこそ」
大柄で恰幅のいい男が噴き出す汗を拭きつつ、駆け寄ってきた。
あえての外国風の恰好なのか、袖口の広いゆったりした上衣に、紫の布を編んだような帽子をかぶっている。
「・・・いやいやいや〜。わざわざこーんなチっさな店にご足労いタダきましテ~。お呼びいタダけましタならこチらから伺いましタ〜のに~」
店主は糸のような目をさらに細めて、揉み手で擦り寄ってくる。一瞬、リドリーの耳と尾を見て固まったことは気にしないでおいた。
お茶を――、と机を空けようとするのをアレクが手で制す。
「それには及ばない。アンドレア様ー当家のお嬢様の気が変わってな。悪いがこの間の薬を売ってもらいたい」
「おや、左様でございましタか~。もチろんもチろん、ようございますよ~」
「気まぐれで申し訳ない」
「ト~んデもございませんよ~」
帽子に挿した鮮やかな緋色の羽根が、ぶ厚い頬の肉と一緒にぶらぶら揺れた。
「よかっ・・・いいんですか?」
にっこにこの店主が店の奥に戻って行ったのを確認し、横のアレクに小声で尋ねる。
「何が?」
「勝手にお嬢様のこと持ち出して」
「バレてもどうせ気にしないからいい」
「・・・いいんですか・・・」
屋敷のことは大半アレクが取り仕切っていそうだが、令嬢はコイツに任せていて大丈夫なのだろうか、とリドリーは他人事ながら心配になってきていた。
「はい〜。こチらにー」
戻ってきた店主は小さな小箱を差し出してきた。
中には小さなガラス瓶が一本。
瓶を手に取ったアレクに間違いないと、頷いた。
「これで全部か?」
「いーえー?」
「では全部買い取る」
「全部デすかっ!?」
リドリーは慌ててアレクの服の裾を引く。
「なにも全部じゃなくても」
「この薬、既に他にも売ったな?」
アレクはリドリーを無視し、掴まれた裾を振りほどいて続ける。
「・・・えー。まあ」
「長年持病で苦しんでいたホーソン家の先代が、突然回復したそうだ」
「おや〜それはそれは。おめデタいこトデす」
ぐふぐふと笑う店主に、アレクの眉間が寄る。
「そっ!それってやっぱり万能薬ってこどぅ?!」
「――などと騒ぐ馬鹿が大勢現れる前に、全部渡してもらいたい」
リドリーの頬を引っ張りながらアレクは懐に手を入れた。
「金は言い値を払う。持ってきてくれ」
店長はぐふぐふと笑い続けている。
「申し訳ございませんが、それはデきかねるのデすよ」
「・・・何故?」
「わタしが探しテいタのも、まさしくこれなものデすから」
前髪の奥、琥珀の瞳がその色を強めた。アレクが懐に入れた手を腰に、吊るした剣に移動させたことに気づいたリドリーは息を飲む。
「どういう意味だ?」
場の空気が凍り付いているのに気付いていないのか、店主は首を傾げてしゃかしゃかと頭を掻く。
「随分長く探しタのデす。かの話がもし真実ならー。いえ、タとえ真実デなくトも、あるテいドの史実を踏まえているのなら、必ずこの国の、チゅうおうのドこかに必ずあるはず、トね」
「話?」
「王城から追われタあの医者、やっぱり隠し持っテいタのデすねえ、本物を」
「それって、先生のことかっ?!追われたって・・・城にいたのか、あの人?!」
リドリーの頭に浮かぶのは酒と女と博打に目がない、医者としての腕以外はいいところなど一つとして存在しないダメすぎるおっさんだ。
店主はひたりとリドリーを見据えた。目の奥ー瞳孔が、細い。
「あなター、半獣の方。我々は共に獣人の国に縁がある身。仲間を――我々の家族を救いタいト思いませんか?」
「お前!?」
「わ、我々?!」
店主は頭に巻いた紫の布をくるくるとほどいた。黒い頭髪の上に2つ付いているのは三角形ー。
「「・・・・・・」」
三角形の猫耳だった。
「正確には、わタしは半獣デはないのデすよ。半々獣ト言ったトころデしょーかね。祖父が獣人なのデす。わタしにあるのはこの耳ダけなのデすよ」
「「耳だけ・・・・・・」」
二人は大きな、とても大きな衝撃からなかなか立ち直れずにいた。そこへ奥にいた金髪の女性が顔を出し、何を悟ったのか再びカッと目を見開くと風のようにリドリー達の背後に回り椅子に座らせ、光のような速さでお茶を出してくれた。
お茶を飲んで少し回復したリドリーが横目で伺うと、依然アレクの顔色は悪い。青いというか白い。
「はいー!あ〜わタしにも尾があれば!」
「「お、・・・」」
そろそろアレクがひっくり返らないか、気が気でないので、これ以上の衝撃は勘弁してもらいたいと切実に思うリドリーだった。
「祖父は若かりし頃、海デ遭難しましテね。この国に流れ着いタのデす。わタしは祖父から聞かされた祖国の話に憧れましテ、チチトかの国にわタりましタ。9歳デしタ。それから20年チかく、あチらデ生きテきましタ。祖父の故郷デある海辺のまチデ。パンタリアの中デもかなりの辺境なのデ、訛りがきつクテ。わタしもすっかりそれに馴染んデしまいましタ。お聞き苦しいデしょう、わタしの言葉。」
黒い猫耳がピコピコ動く。
「そう、ですね。はい、少し」
「ぐふ。ときに半獣のあなター。お名前は?」
「リ、リドリー、です」
「リドリーさんはこチらのお生まれなのデすね」
「はい」
「ならば、パンタリアの状況をご存知デはないのデは?」
「そう、ですね。何も・・・知らないです。亡くなった母もあまり話したがらなかったから」
「ぐふ。無理もない」
店主は天井を仰いだ。
「あれはね。地獄デすから」




