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アンドレアは人生で初めて、祭を心から楽しんでいた。
今日は前夜祭。王都はこれから明日の本祭、明後日の後夜祭までの3日間が冬の祝賀祭である。昼夜絶えずどこかしこで楽団が音楽を奏でる。飲食店は外に机や椅子を出し、肉や酒が次々と運び出されていく。
今夜、王都の夫婦や恋人は外に繰り出し、楽団の音に合わせて踊り明かす。家族は家で、買ってきた出店の料理を食べ、翌日行われる騎士団の行列を楽しみにしながら過ごすのだ。
微かに聞こえてくる音楽に、つい歌を口ずさんでしまうほど、アンドレアの心は高揚していた。
そしてファトマが、待ちに待った客人、いや屋敷の主人の帰還を告げる。
「お帰りなさいませ。お久しぶりです、お父様」
「・・・あぁ」
娘の出迎えに、父——ローワン・ブレスウェイドは言葉少なに返す。
「食事の用意をさせております」
「あぁ」
上着をデンゼルに預けて背を向ける父を、見えていないので遠慮なくアンドレアは失笑する。
約4年ぶりに会った親子の会話とは思えない様だが、これがこの父の常であった。
ブレスウェイド伯爵は、『大災』と戦う騎士団の要。この国で最も誉れある騎士とされている。
それがその実、剣を振るしか能のない、娘の顔もまともに見ることができない男だと知られたらどうなるだろう、とアンドレアは可笑しくてしょうがなかった。
――だから、全てを見落とすのだ。
広い広い晩餐室で二人、向かいあって食事をするが、交わされる言葉はない。
食事を済ませたアンドレアは父に言った。
「お父様。アンドレア、お願いがあるのです」
「・・・何だ」
父の答えは決まっている。「好きにすればいい」と。父は娘の『おねだり』は何でも聞いてくれるのだ。だから、アンドレアは今回も可愛らしい『おねだり』をする。
「騎士団の指揮権をアンドレアに返していただきたいの」
父は知る由もない事だが、アンドレアが自分のことを「アンドレア」と言うのは、ただ単に、――そう、ただ単に父への嫌がらせなのだ。
「・・・・・・は?」
この日、初めて目が合った父に、アンドレアは心からの笑顔を向けた。
「あの・・・バリスさんですよね?」
「む」
黒いエプロンを着たアライグマの匂いはファトマのものではなかった。
ファトマの夫のバリスが、しらっと目をそらす。
「一緒に行くのはファトマ先生のはずでは・・・」
少なくともアレクはそう話していたはずだった。いつもお嬢様の供をして王城に行くのはファトマなのだから、当然だと思っていたが。
答えてくれたのは、デンゼルだった。
「当初はその予定だったが、バリス殿が頑なに拒否されてな、こうなった。人族には獣人の見分けがつきづらいから問題はない。バリス殿は腕が立つしな」
「そうなんですね。・・・あの、よろしくお願いします」
「む」
バリスはこっくりと頷く。
普段あまり顔を合わせたことはないが、朝ファトマと並んで食事(夕飯)をとっている姿を時々見かけた。
きっとファトマ先生が心配だったのだろうと、によによするリドリーに、バリスがまたさっと目をそらす。
強い花の香りが届き、リドリーは他の2人と揃って頭を下げた。屋敷からアンドレアお嬢様が、ファトマと出てくる。
強烈だ。初めて真正面から見たお嬢様は、強烈なまでの『令嬢』だった。全く気にしたこともないが、同じ『女性』という分類にいることすら烏滸がましく感じてしまう。
例えるなら薔薇。真紅の、複雑な形をした帽子を斜めに被り、同色のドレスはフリルが何段も重なっている。華やかながらも薔薇の気高さを感じさせる装いだ。そして当然薔薇には――棘がある。
「――では、行きましょう」
ファトマは不服そうにバリスを見ていたが、結局諦めたようだった。
「皆様のお帰りをお待ちしておりますわー。――ご武運をー」
歓声が遠くこんなところにまで響いている。
今頃王宮騎士団とブレスウェイド騎士団が、通りを練り歩いている所だろうか。
きっと、身動きできないほど大勢の人でごった返していることだろう。
生粋王都民のリドリーは、ここ数年は行列を見に行くことはなかったが、祭りは稼ぎ時なので売り子の手伝いをしていた。
それが今、これまで王都の外れから眺めていた城の中を歩いているのだから、人生は本当にわからない。
荘厳な装飾の数々に感動しながら、あちこち見渡したい気持ちを堪えてデンゼルの後に続く。リドリーの後ろにアンドレアお嬢様、そしてバリスがいる。
5人くらいで腕を回さないと届かないような太さの八角柱がずらりと並ぶ廊下に、リドリー達の靴音だけが響く。
この時間、大抵の人間はこれから始まる玉座の間での凱旋式に出払っているそうだ。
衛兵にも出くわすが、お嬢様に「凱旋式に出る父の名代で、ご挨拶に回るのよ」と言われると、あっさり引き下がった。
リドリーはこっそり背後を伺う。随分歩いているが、お嬢様は全く問題なさそうだ。
丘の上にある王城は、後から折々に増設を繰り返した関係で複数の棟や尖塔から成っている。
玉座の間がある独立した円筒の建物。そこへ繋がる渡り廊下の先には王族の居室があるという主塔があり、その1階は広い半円状の広間になっていた。
勅命や詔書を発表する場だという部屋の先、デンゼルが精緻な彫刻がされた両扉を、開く。
「ごきげんよう、皆様」
「ア、アンドレア・ブレスウェイド?!――い、いや、ブレスウェイド伯爵令嬢何用か?!」
扉の前を守っていた2人はあっという間にデンゼルがのしてしまった。
その先にあったのは、重厚な黒光りする円卓で。
卓についていたのは5人の老人に、アンドレアは穏やかに声をかける。
「もうすぐ、凱旋式でしょう?皆様のご到着が遅いからお迎えにと思いましたの」
手前で、立ち上がっていた一人が笑いながら近づいてくる。
「あ、あぁ。我々も直に向かおう。――だが、ここは我々と――国王陛下以外入ることの許されぬ場所だ」
肩に伸ばされた手を、アンドレアは扇ではたき落とす。
「いっ」
「最も――お前たちが来る必要は、もう無くなってしまったのだけれど」




