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「さぁ、楽しい楽しい国崩しを始めようか」
アレクは本当に楽しそうに、笑いながら言った。
あれから実際、リドリーは忙しかった。
ファトマや片眼鏡の黒兎、ユチが、書いた手紙やら書類やらを各所に届けていたのだ。
「依頼です。送付です」
封をした先から、ぺぺぺぺぺっと手紙を飛ばしてくる。キャッチするこっちの身にもなれ、と言いたい。
届け先には半獣の下働きの姿に胡乱な目をされながらも、ループタイの紋章のおかげで信用してもらえた。
「アレク様からこちらもということよー。念のためだそうねえ。別に渡せても渡せなくてもいいそうだから明日行ってきてくれるー?」
「はい」
「あ、あとねえ。渡せるなら、手紙はその場で空けてもらいたいそうよー。読んでもらってねえ」
「?・・・はい」
ファトマ先生から渡された手紙を持って指定されたところに行くと、そこはあの猫耳店長の店だった。
窓を覗き込むと、雑多にあった商品がほとんどなくなっている。あるのは机や本棚などの大型家具だけだ。
ノブを回すと、鍵は開いていた。
「・・・すみませーん」
「はい、いらっしゃいま、あら?あなたはこの間の」
顔を出した金髪の女性は、カーラと名乗った。
青い大きな瞳がなんだか少しきつそうな印象を受けるが、言葉尻はとても穏やかだ。
「ごめんなさい。店長は留守なのよ」
「あの、主人がこれをと」
差し出した手紙を見て、カーラは首を傾げる。
「私が受け取ってもよいの?」
あの後、猫耳店長が店を開けることくらい、アレクにも分かっているだろう。だからこれはカーラに、店の誰かに渡せという意味ではないかとリドリーは判断し、頷く。
「読んでください」
封を切り、手紙を開いたカーラはカッと目を見開く。
「すぐに店長に知らせるわね」
「・・・でも、あの、店長さんはパンタリアにいるんじゃ?」
「ん?あぁ。あなたは知らないのね。――来て。パンタリアの連絡手段、見せてあげる」
そういうと、カーラは店の奥にリドリーを連れていく。
奥の部屋の四方の壁は、天井近くまで積み上げられた箱で埋まっていた。中央の机には大きな地図が広げられ、その上にもたくさんの紙が積みあがっている。
部屋の端には梯子が架けられ――何のためにあるのか、梯子の先には取っ手の付いた小さな扉があるだけだ。
カーラは扉を叩く。
「もしもし?リズガル?悪いけど起きてくれる?」
「あいよ」
「うわっ」
小さな穴から小さな黒いものがにゅっと出てくる――さかさまで。
耳が大きく鼻が低く、口元には鋭い牙。
「コ、コウモリ?!」
「・・・尾っぽ付きのくせにコウモリ便を知らないんかい」
「リズガル。特急便で頼むわ」
「はいな姐御」
細い手で手紙を受け取ったコウモリはくるりと向きをかえると穴の中に引っ込む。
穴の奥でバタンと聞こえた後、パタパタパタっという羽音が小さく聞こえ、消えていった。
「あ、あのままパンタリアまで?!」
「いいえ。途中で別の配達員に手紙を渡して、リズガルはまた戻ってくるわ。パンタリアでは商人や名のある氏族はコウモリ便の配達員と専属契約を結んで、遠くまで手紙を運んでもらうそうよ。なかなか高価なんだって――多分、あなたの主人はコウモリ便のことを知っていたんじゃない?」
「な、なるほどー?」
リドリーは、まだばっくんばっくんしている心臓をなんとか宥めすかした。
「あの・・・カーラさんは、人族ですよね?」
「私?そうよ?・・・人族が獣人の、――半々獣だけど、店長のところで働いているのが不思議?」
「・・・すみません、初めて見たもので」
「そうよねー。人族が獣人の下で働いたり、パンタリアに行くことはほぼないわね。――逆はあっても。人族は獣人ほど困ってはいないし」
「・・・そう、ですね」
「つまりは困っていたら、逆もあるってことよ」
「カーラさんが困っていた?」
「そう。すっごく困ってた。その時たまたま店長に会ってね、助けてもらったのよ。それで、お手伝いをさせてもらうことになったの。こっちだと人族が出張った方が何かと安心だからね」
「そう、なんですね」
「本当は頼んでくれたら、パンタリアだってついていくんだけどね。店長、絶対連れて行ってくれないのよねー。危ないからって」
カーラは不満気に口を尖らせる。
「それは、そうですね。危ないんだと思います。私も行ったことない――ですけど」
「・・・分かっているんだけれどね」
それでも複雑そうなカーラに、リドリーはふはっと笑ってしまった。
「店長さんにとても感謝しているんですね」
「まあ・・・感謝っていうか、これはもう、恋よね」
「鯉?」
「違う違う、恋」
「恋?!・・・恋」
恋って何だっけ?
首を傾けたリドリーは、ふとカーラの身に着けているエプロンのポケットから覗く、黒いハンケチーフに気が付く。柄は・・・猫柄。
「あぁ、猫が」
「ちっ!ちがっ!」
リドリーの目線の先を見て、カーラは再度カッと目を見開き、そのままリドリーの両肩を掴んでガックンガックン揺さぶってくる。
「違うのよ!!私は別に猫耳が好きなわけじゃ、いや好きだけどね!好きだけども!」
「お、落ち着い」
「私のこれは飽くまで純粋に!!感謝と人としての尊敬の延長としてねっ!!分かるっ?!」
「わ、わ、分かります分かります」
全く分からなかった。
とりあえずはっきり分かったのは、「人の好みに口を挟むべからず」。蓋し至言である。
そして、今日。
大きな机に足を乗せ、ふんぞり返ったアレクが言った。国崩しを始めよう、と。
部屋にいるのはデンゼルとファトマ。ずらりと並ぶ黒兎姉妹。そしてリドリー。
ファトマが盛大にため息をついた。
「アーレークー様?お行儀が悪いですー。私はどこで教育を間違えましたかしらねえ」
「はいはい」
「ほんとにやるんだー・・・」
遠い目でぼやいてしまうと、アレクが口の端を上げる。
「失敗したら、まあ、極刑だろうな。降りるなら今のうちだが?」
「・・・失敗するんですか?」
「さあな、物事に絶対はない」
「じゃあ、失敗する気はどのくらいあるんですか?」
数回瞬きをしたアレクが言った。
「ない」
「じゃあ、やります。・・・そんな試すようなことを言わなくても、最初から失敗しない、でいいじゃないですか」
ぶつぶつと文句を言っていると、ファトマがふふっと笑う。
ほんの一瞬、バツが悪そうにしたアレクが気を取り直すように、机を叩き立ち上がる。
「祭に乗じて、王城を落とす。評議会を廃し、第二王子オークリーを玉座に座らせる――失敗はしない、全員力を貸せ」
「「「「「「「「承りました」」」」」」」」




