09.認識阻害
リディアが再びドワーフの元に行くと、追加の家造りが進むかたわらで、細い溝も掘られていた。一瞬何をやっているのか分からなかったが、そろそろ計画を先に出してもらうようにした方が良いかもしれない――と、リディアは思った。
「こんにちは、ズズさん。今は何をしているんですか?」
「おお、リディア姐さん! 川の方から水を引いてこようと思っているんですよ」
「なるほど。鍛冶場で必要になりますからね」
「そうそう。あとは……井戸でも良いんだが、家の中でも水を使えるようにしたくて。リディア姐さんの家も、そうなっているでしょう?」
「ええ、うちは井戸からですね。あの場所は、川まで距離がありますので」
「これから家が増えるなら、水をどうするかも全体として考えた方が良いですね。家から出る必要があるのと無いのとでは、住み心地がまったく違いますから」
ズズの言葉に、リディアは納得感を抱いた。以前も思ったが、やはりこの場所――オルトゥスを発展させていくには、開発計画のようなものが必要だ。ただ、そんな人材は黙っていても来ることは無いだろう。自分で一から育てていくことも難しいし……。
「まったく、悩みは尽きませんね。今の家が今後のモデルになっていくと思いますので、まずは自由にやってみてください。ただ、新しいことを始める際は、その旨教えて頂けますか?」
「確かに、今後のことを考えるとそうですね。わかりました、他の連中にも伝えておきます!」
「お願いしますね。さて――」
「誰かをお探しですか?」
「ええ。ゼゼさんはいらっしゃる?」
しばらくすると、ズズに呼ばれたゼゼがやって来た。
「リディア姐さん、ワシを呼んだって本当ですか? ……本当に、ワシを?」
「何でそんなに、自信が無さそうなんですか……」
「いや、ほら……。ワシはジジみたいにしっかりしてないし、ズズみたいにどっしりしてないし……。それに、喋るのも一番最後だし……」
「ああ、喋る順番って決まっているんですか?」
「ああいうのは、年長者順ですからね」
そういうものなのか……とリディアは思ったが、それはそれとして話を続けていく。
「実は欲しい道具があるんです。ゼゼさんは道具の鍛冶が得意なのでしょう? だから、依頼をさせてもらえないかしら」
「何!? 本当ですか!? いやー、それなら早く言ってくださいよ!! さぁさぁ、鍛冶場へどうぞ!!」
顔を輝かせるゼゼに連れられ、リディアは鍛冶場に入っていった。そこには先日は無かった、木製のテーブルと椅子が置かれている。
「あら、これは作ってくれたんですか?」
「ジジは新しい家の基礎工事、ズズは上水道、そしてワシが家具……という分担でやっているんです。結局ワシは、これくらいの道具が好きなんですよ」
「私も、気軽に使える道具は好きですよ。これでも錬金術師ですから」
「リディア姐さんは、いろいろありすぎて……何が本職か、よく分からんのですよね……」
「あはは。もう少し個性を出さないといけませんかね?」
リディアとゼゼはしばらく雑談をしたが、キリのいいところで本題に入っていく。
「――それで、なんですが。ゼゼさんには、薬を撒く玉を作って欲しいんです」
「薬を撒く……? 例えば、投げて地面に落ちたら薬が出る……といった感じですか?」
「はい。ただ、できるだけ何回も使えるようにして欲しいのと……。あと、時間も調整できるようにしたいんです」
「ほぉ……。カラクリ的な機構が必要ですね。これは楽しそうだ!」
「使う材料は私が揃えようと思いますが、大丈夫ですか?」
ゼゼは紙と鉛筆を出してきて、簡単に図面を引き始めた。機構の部分は仮としているが、それでも全体像は掴めているのだろう。
「……ちなみに、薬というのは……どういったもので?」
「睡眠薬の一種です。敵の拠点に忍び込んで、狭い範囲に効果があるようにしたくて」
「がっはっはっ、物騒なものが欲しいわけですね! それでは、あまり強く投げる必要は無い……と。今回は睡眠薬ですが、他にも応用が利いた方が良いですよね……? とすると、考えるべきなのは噴出口とメンテナンス性だから――」
呟きながら図面に注釈を入れ、どんどん文字で埋めていく。しばらくすると、ゼゼは顔を上げてリディアの方を見た。
「ええ、問題ありません。1週間も頂ければ、一旦の完成品はお見せできるでしょう。……ただ、何かしらの敵に使うんですよね? テストと改善は念入りに行った方が良いかと」
「そうですね……。では、それまでに薬も作ってしまいます」
「改善の方は、大掛かりなものでなければ1、2日で終わるでしょう。急ぎの用事もありませんし、すぐに着手できると思いますよ」
「わかりました。それではお願いしますね」
道具を作成するに当たっての報酬――という話は、どちらも切り出さなかった。オルトゥスでは現状、基本的には食事で返すことになっている。もっと人口が増えて栄えていけば、金銭のやり取りが発生するようになるだろう。しかし、今はまだその段階ではないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リディアはゼゼと別れたあと、森の一番近い場所に向かった。そこにはズズが掘ったであろう、上水用の溝が森の中から伸びている。
「こんなに掘るのも大変ね。他のドワーフたちも手伝っているとはいえ……」
その力仕事に感心しつつ、リディアは森の中を見てまわる。誰の姿も無いが、しっかりと呼べば出てくるだろう。
「ごめんなさい。フェルネはいる?」
歩きながら何回か呼んでいると、近くの樹からフェルネが姿を現した。
「主様! 今日はどうされましたか……?」
「こんにちは。錬金術の素材がいくつか欲しいんだけど、一緒に探してくれないかしら」
「はい……! えっと、何をお探しで?」
「麻痺草を何種類かと、眠り苔。あとは夜露茸……かな?」
必要なものを聞いて、フェルネの顔が少しだけ曇った。フェルネは心配そうに、リディアに言葉を掛ける。
「はわ……。主様、寝つきが悪い感じですか……?」
「あら、フェルネは薬学に詳しいの? 自分に使うんじゃなくて、敵を眠らせるために使おうと思うの」
「ああ……、それなら安心ですね……! 少し離れた場所にヘルミナちゃんもいるので、手伝ってもらいましょう……」
「それは助かるわ。……ところで、ヘルミナはちゃんとやってる?」
「はい……! お気に入りの昼寝スポットも、いくつか見つけたそうですよ……!」
「それは……ちゃんとやっているのかしら」
リディアが微妙な顔をすると、フェルネは慌ててフォローする。
「そ、そういうことではなくて……。しっかり休みながら、継続的に巡回をできる……という話で……!」
「ふふっ。真面目にやっているとは、思っているわよ」
そんな会話をしながら森の中を進むと、枝の上にヘルミナを見つけた。昼寝はしておらず、真面目に巡回をしているようだ。
「あれ、リディアさん? どうしたんですかー?」
「錬金術の素材が欲しくてね。ヘルミナも、探すのを手伝ってくれる?」
「はーい。あたしは何を探せば良いですか?」
リディアはちらっと、フェルネの方を見る。
「ヘルミナちゃんは……、眠り苔を探してもらえる……?」
「おっけー!」
リディアとフェルネは他の草を探し、ヘルミナは眠り苔を探していく。どういうものかはそれぞれ知っているようで、特に質問は無かった。しかし――
「きゃああああっ!?」
――突然、ヘルミナの悲鳴が響いた。
「ヘルミナ、どうしたの!?」
「ねねね、眠り苔を、みみみ見つけましたたたた……」
「それじゃ、採取してくれる?」
「そそそそれがですね、むむむ虫がいててて……」
その言葉に、フェルネが言葉を続ける。
「あ……。ヘルミナちゃん、苦手な虫がひとついるんです。少し大ぶりの虫なんですが……昔、背中に入ってしまったところを、仲間に強く叩かれてしまったそうで……」
「あああ、思い出させないで……!?」
そんな嫌な記憶があるなら、嫌いな虫がピンポイントでいるのも無理はない。ただ、ヘルミナは森に暮らすエルフでもあるのだ。
「……それくらい、克服しなさい。ほら、軽く掴んで、ぽいってするだけでしょう?」
「そ、それが無理なんですよぉ……。この見た目からして……ああ、何でこやつはこの世界に存在しているのか……」
リディアは溜息をつきながら、ヘルミナを近くに呼んだ。額を軽く指で触れ、短い詠唱を行う。
「……リディアさん? 今のは……?」
「認識阻害の魔法よ。あなたの嫌いな虫が、別の虫に見えると思うわ。その場しのぎだけど……、これをきっかけに何とかしなさい」
「は、はぁ……」
ヘルミナは恐る恐る元の場所に戻って、虫のいた場所を改めて見た。そこには美しい蝶々が1匹だけいて、苦手意識はまるで出て来なかった。
「大丈夫? いけそう?」
「えへへ、これならあたしでも大丈夫です! それ、軽く掴んで――」
――ムニュッ
「……うへあああああああぁっ!!!!?」
ヘルミナは大きく後ろに飛び跳ねて、震えながらリディアの方を見た。指先を地面の土で洗いつつ、涙声を絞り出す。
「見た目だけじゃないですか……! 手に持った感触――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、最悪ですよッ!!?」
「でも、新しい一歩は踏み出せたじゃない。ほら、さっさと掴んで、ぽいっとしなさい」
「うわあああーんっ!! リディアさんの、リディアさん――ッ!!」
「……どういう意味かしら」
「あはは……。わたしは、何となく分かるような……」
その後、ヘルミナは何とか……苦手な虫を、ぽいっとすることに成功した。必要な素材も全て揃い、あとは睡眠薬を作って、ゼゼに依頼した道具の完成を待つのみだ。
……あとは少しくらい、ヘルミナのご機嫌でも取っておこうか。リディアは丸太小屋に戻りながら、そんなことを考えていた。




