08.“この場所”
数日後の昼過ぎ、シオンが外から戻ってきた。彼はリディアの依頼で、西にある鉱山の街を訪れていたのだ。
「おかえりなさい。どうだった?」
「はい。聞いていたよりも、人間は少なかったです。鉱石もいくつか手に入れてきました」
「今回は状況の確認だけだったからね。誰かに見つからなかった?」
「リディア様から頂いた魔導具がありましたので、気付かれることはありませんでした」
シオンが持っていったのは、認識阻害の魔法が込められた、手首に付けるアクセサリだった。ある程度の距離を空けていれば、誰からも気付かれ難くなる……という能力を持っている。
「役に立ったようで、何よりだわ。でも、近付き過ぎると見つかってしまうからね」
「はい、今後も気を付けます。それで……こちらが、鉱山から持ってきた鉱石です」
そう言うと、シオンは鞄の中からいくつかの鉱石を出して、テーブルに置いた。多くのものには銀色や黒色の煌めきが見えるが、中には鮮やかな緑色、赤色、青色を覗かせるものもある。
「……何の鉱山なのかしら。普通はもう少し、採れる鉱石は偏るものと思ったんだけど……」
「ドワーフの皆さんに聞いてみますか?」
「そうね。ただ……もう少しで鍛冶場が出来上がるそうだから、そのときにしましょう。その方が、みんなもキリがいいでしょうし」
「わかりました。それでは渡しやすいように、綺麗にして仕分けておきます」
シオンの言葉に、リディアも手に持っていた鉱石をテーブルの上に置いた。
「さて、それじゃ……鉱山の街の様子を聞かせてくれる? 私、そこには行ったことがないから」
「はい。この場所よりも人は多かったですが、リディア様に見せてもらった本の絵よりはずっと少なかったです。建物も、少しずつですが壊れていました。でも、僕には初めてのものばかりで……少し緊張しました」
「ふふっ。シオンは、街に行くのは初めてだもんね」
「そういえば、街の入口には『ベルデ』と書かれていました。それが、街の名前……なんですよね?」
リディアは改めて、地図を出して確認する。そこには確かに、その名前が記されていた。
「ええ、そうね。街の名前なんて……全然、見ていなかったわ」
「やっぱり、そうだったんですね。ところでリディア様、僕たちがいるこの場所は……何か名前はあるのですか?」
シオンの言葉に、リディアは動きが止まる。
「ああ……。人も増えてきたし、そういうのも決めないとね。今まで、誰かに伝えることがなかったから……全然、気が付かなかったわ」
「何にしますか?」
「ふふっ、シオンはせっかちね。こういうのはすぐに決められないから、少し時間をちょうだい」
「わかりました、楽しみにしています」
シオンは生まれて以来、いろいろなことを教わってきたが、全てのものには名前が付いていた。そのため、名前がなかったものに名前が付けられる――ということは、とても新鮮に感じられた。
「それじゃ、続きをお願い」
「はい。街には人通りが少なかったですが、空き家も多かったです。ただ、鉱山には出入りがそれなりにありました」
「ふぅん……? 鉱山では、鉱石の採掘をしていたのよね?」
「いえ、それが……そんな様子はなくて」
シオンの報告を聞きながら、リディアはいろいろな考えを巡らせていく。自分がこの土地から離れられない以上、シオンの話を聞いて判断するしかないのだ。
「……他の街との往来は? 街の人がどこかに出て行ったり、街の外から誰かが入ってきたり……そういうのは、どう?」
「僕の見た限りでは、ありませんでした。朝も昼も夜も、遠くからですが確認済みです」
「鉱山の街としては、もう機能していないのかしら。鉱石が枯渇しているなら、私たちが手に入れる意味はないし……」
ただ、そうは言いつつも……シオンは鉱山の浅い場所で、いくつかの鉱石を手に入れてきた。深い場所でまとまった量が採れなくなったから……という理由も、考えられなくはないが……。
「……あるいは、鉱山や鉱石を扱いきれていない? どちらにしても、手に入れてしまえば問題ないか」
「はい。人数もそこまで多くはありませんでした。僕ひとりでも、問題ないと思います」
「油断は禁物よ。あなたよりも強い存在なんて、いくらでもいるんだから」
「……申し訳ありません。先日も、デュランさんに負けたばかりでした」
「ええ。シオンがいなくなったら、私は耐えられないんだから――」
リディアが手を伸ばすと、シオンはリディアの元に歩いていき、そのまま優しく抱きしめられた。……その後もしばらく街の様子を話し合い、その日は静かに終わっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、リディアはドワーフの家の建築現場へ来るように言われていた。
昼食を持って向かってみると、立派な建物が何軒も建っている。
「来たな、リディアの嬢ちゃん!」
「リディア姐さん、ご苦労様です!」
ザザとジジに続き、他のドワーフたちも挨拶をしてくる。
「みなさん、お疲れ様です。ここ数日はデュランとヘルミナに食事を運んでもらっていましたけど……、一気に進みましたね。これでもう、家は完成ですか?」
「ああ。急造にしては、しっかり出来ているだろう? まぁ、中も見てくれよ!」
「ワシら、鍛冶ばかりで家を建てたことはあんまり無かったんですが……これは自信作ですよ!」
「侵入者から身を守るために、この辺りは頑丈に作っていて――」
「ここのさり気ない木彫りの装飾とか、いかがですか――」
ドワーフたちの案内で、家の中と鍛冶場を一通り見ていく。飾り気は無いものの、機能的には十分そうだ。……ただ、ところどころに拘りがあるようで、そういった話を聞いているのは面白かった。
「想像以上に、しっかりした建物ですね。そうすると、あとは家具とか――」
「それもいいんですが、ワシはそろそろ武器を作りたいです!」
「ワシは防具を!」
「ワシは道具を!」
「ワガママな弟ばかりで、すまんなぁ。ただ、後ろの連中も……同じなんだよ」
総勢8人のドワーフたちが、家や家具以外のものを作りたがっている。職人として世話になっている以上、好きなものを作る時間も確保すべきだろう。
「あはは、わかりました。手持ちの鉱石は、あとで置いていきますね。今は外部の調達先を探しているので、それ以上は、もう少しお待ちください」
「リディア様。持ってきた鉱石は、お見せしてもいいですか?」
「ああ、そうね。みなさん、サンプルで持ってきたものがあるんですが、少し見て頂けますか?」
リディアがそう言うと、シオンはテーブルの上に鉱石を並べた。もちろん、西にある鉱山の街――ベルデから持ってきたものだ。
「ほぉ……。これはなかなか、といった感じですね。赤鉄鉱に、磁鉄鉱……。こっちは銀と――かなり少ないが、金もあるな……」
「ここに含まれてるの、魔精岩じゃないか? こいつは、量があれば嬉しいな……」
「細かいが、宝石も少し混じってるぞ? もっと大きなものがあれば……」
「……えっと。その、みなさん、どうでしょう?」
ドワーフが鉱石に魅入る中、シオンが恐る恐る声を掛ける。
「とても良いぞ! こういうのが大量にあれば助かる!」
「あとは、炭鉱から出るものも欲しいかな……?」
「人手が必要なら、ワシらも採掘を手伝うぞ!」
話を聞く限り、なかなか好評のようだ。問題は無さそうなので、リディアは調査を続けることを決めた。
「わかりました。もう少し時間が必要なので――もし手が空いてしまったら、追加の家や、家具を作って頂けると助かります」
「お……。ま、まぁ、そうですね。時間が無駄にならないように注意します!」
「ちなみにリディア姐さん、何か優先して作るものはありますか?」
「今のところは特に無いので、もしよければ、他の住人に聞いてもらえますか?」
「わかりました!」
鍛冶の話となれば、途端に熱を帯びるドワーフたち。話がひと段落すると、リディアとシオンは丸太小屋に帰っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夜。
シオンとヘルミナが眠ったあと、リディアはひとりで居間に残っていた。そんな中、突然ザザがやって来た。
「こんな夜更けに、どうしたんですか?」
「ああ。ようやく家と鍛冶場が出来上がっただろ? そろそろ儂も、旅に戻ろうと思ってな」
「あら……。ジジさんたちも、寂しくなりますね」
「なぁに、今までも一緒にいる時間の方が短かったしな。それに、ここにはたまに戻って来るからさ」
「……そうですね。そうして頂けると、私も嬉しいです」
リディアはふと、寂しい気持ちが押し寄せてきた。この場所に人を受け入れることはあったが、人が出て行くことは初めてなのだ。
「次は、どちらに行くんですか?」
「ああ、西の方に行こうと思うんだ。西は山脈とこの森で、ずっと隔てられていたから――」
「それはダメですよ」
突然の言葉に、ザザの動きが止まった。
「……うん? 西にあるのは、人間の国だろう? 行ったらダメなのか?」
「ええ、とても危険ですから」
リディアの言葉は真っすぐだった。そして、浮かべる表情もまた――真っすぐだった。
「ふむ……。まぁ、嬢ちゃんが言うなら……、本当に危険なんだろうな。……分かったよ、北にでも行くことにすらぁ」
「聞き届けて頂いて、ありがとうございます。……ああ、もし行き先に困っている人がいたら、是非この場所を教えてあげてください」
「がっはっはっ、わかったよ。儂を宣伝に使うとは、抜け目がないな。――それで?」
「はい?」
「名前が無い場所を勧められるわけも無ぇだろう? この場所は、何て名前なんだい?」
ザザの言葉に、リディアは少しだけ考えた。そして口元を緩めて、その名前を初めて口にする。
「オルトゥス――……夜明けの場所、オルトゥスとでも付けましょうか」
「ははっ、これからが明るそうな名前だな!」
ザザが手を出すと、リディアはそれに応じた。固い握手を交わしたあと、ザザは――オルトゥスから、夜のうちに去っていった。




