表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

10.浄化スライム

 ゼゼに頼んだ道具が完成すると、その出来栄えは見事なものだった。リディアも睡眠薬を作り終え、何度か試しに使い、いくつかの改良も施すことができた。そしてシオンは、再び西の鉱山の街――ベルデに向かうことになった。


「それじゃ、シオン。新しい道具も上手く使って、怪我をしないようにするのよ」

「はい、十分に気を付けます。前回と変わりが無ければ、そのまま全滅させてきます」

「ふふっ、期待しているわよ」


 そう言うとリディアは、シオンの額に人差し指を当てて……短く詠唱を行った。シオンがオルトゥスから出るときのルーティンであり、無事の帰還を願っているのだ。


 丸太小屋の外でシオンを送り出したあと、その背中が見えなくなってから、リディアはようやく動き出す。しかし、そんなときに――


「……はぁ」


 ヘルミナが、溜息をつきながら戻ってきた。


「あら、ヘルミナ。元気が無いけど、どうしたの?」

「あ……リディアさん。あのー……、何だか、臭くないですか……?」

「お風呂なら沸かして入って良いわよ?」

「あ、あたしじゃなくて!」


 その言葉に、リディアの眉がぴくりと動く。しかしヘルミナはそれを見逃さなかった。


「ああああ、違います、違います!! リディアさんでもなくて!!」

「……あら、そう? それは良かったわ」


 そう言ってから、リディアは四方八方を見まわす。確かに、以前よりも空気が濁っているような……。


「最近、ドワーフの家の方に行きました?」

「ここ1週間は行ってないわね。最近はジジさんたちも、自炊をするようになったし……。道具の件でゼゼさんとはやり取りしていたけど、彼の方から来てくれていたし」

「ああ……。それなら一緒に、様子を見に行ってもらえますか……?」


 ヘルミナは力なく項垂れ、リディアの裾を軽く引っ張った。リディアは疑問を感じながら、ドワーフの家の方に連れていかれた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ドワーフの家の近くまで行くと、強い異臭が漂ってきた。どんな臭いかといえば、つまりは下水の臭いである。


「……確かにきついわね。えぇっと――……ああ、ズズさん。こんにちは」

「お、リディア姐さん! こんにちは!!」


 リディアの声に、ズズは土木作業の手を止めて近付いてくる。


「今日はどうしたんですか?」

「ヘルミナから話を聞いてきたんです。その……臭いが強くありませんか?」

「ああ。まぁ、生きているんだから仕方ないですね!」

「えぇーっ!? それで終わらせるんですか!?」

「ふ、普通はこんなもんじゃないか?」

「違いますよーっ!!」


 ズズは何ともないように言うが、ヘルミナはそれを拒絶した。リディアとしては、今回ばかりはヘルミナの肩を持ちたかった。


「今は何とかなるにしても、これから人が増えていくから……。衛生的に管理しないと、疫病が流行ったりするでしょうし」

「ああ……。ドワーフには耐性がありますが、他の種族も住んでいますからね。なるほど、何とかしましょう!」

「何とかする方法はあるんですか?」

「ワシらの故郷では、土に埋めちまいましたからね。ただ、それはそもそも集落の人数が少なかったからで……。あと、便所は外に作っていましたし」


 オルトゥスはこれから人数を増やしていく予定で、そしてトイレは屋内に作っていくつもりだった。……つまり、ドワーフの集落とは真逆の話になるのだ。


「うーん……。ちなみに、今の作りはどうなっているんですか?」

「便所の先に、出来るだけ大きな空間を掘っているんですよ。……よくよく考えれば、そのうちに埋まっちまいますわな。がっはっはっ!」

「がっはっはっ……じゃ、ないですよね……」


 ズズの大きな笑いに、ヘルミナが辟易する。


「そういうリディア姐さんのところは、一体どうしているんですか? 以前に使わせてもらったことはありますが、綺麗にしていたじゃないですか」

「ああ、うちは浄化スライムがいるんですよ」

「へぇ……! そいつは貴重なものを!!」

「リディアさんのところって、そうなってたんですね。なるほど、嫌な臭いが無いはずだぁ」


 そう言うヘルミナに、リディアが質問する。


「ちなみに、ヘルミナの故郷はどうだったの?」

「えーっと、あたしの集落では……川に流してましたね。ああ、もちろん飲み水は別の川ですよ!?」

「……まぁ、森に暮らす種族だもんね。街づくりの参考にはならないか……」

「うぐ……。でも、旅をして見てきた限りでは……基本的には、川に流すか、土に埋めるか、ですね」

「だからこそ、リディア姐さんのようなところは珍しいんだよな。人間の国でも浄化スライムを使っているのか?」

「資産家や貴族はそうですね。人口が多ければ下水もありますが、他は……川か土、だったと思います」


 文化や種族によって対応は異なるが、それでも対処方法は絞られてくる。オルトゥスは森に囲まれた場所だけに、できるだけ綺麗に処理をしたかった。


「そうなると、やっぱり浄化スライムがいいですね。リディアさんはどうやって手に入れたんですか?」

「私は、錬金術で作ったのよ」

「へぇ……! それじゃリディア姐さん、ワシらのところにも作ってくれませんか?」

「うーん……。それなりに手間が掛かるから、最初のうちはいいんですけど……いずれ、手が回らなくなりそうですね」

「まぁまぁ! 将来のことはいいじゃないですか。今は今の話、ですよ!」


 ヘルミナの言葉に、リディアは溜息をついた。短絡な考えではあるが、その方が良い局面もある。


「それじゃ……そうしますか。ヘルミナが言ったんだから、素材はヘルミナが集めるのよ?」

「え、何でですか!? ドワーフたちの家なのに!!」

「自由に動けるのは、あなたの方じゃない。ドワーフのみなさんはいろいろ作ってくれているんだから」

「それじゃヘルミナ、よろしくお願いするぜ!」

「ああ、もう……! わかりましたよ、お任せくださいっ!!」


 ヘルミナは怒りながら拗ねていたが、リディアとズズは楽しそうにそれを見ていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ヘルミナは文句を言いながらも素材をどんどん集めていった。いつの間にか森に住みついた野生のスライムを捕まえ、多くの薬草や木、鉱石や土を採取して、その中から品質の高いものを選りすぐっていく。そうしてから、リディアは工房で――数日を掛けて、成分を抽出して、精製して、加工していく。


「……素材を集めるのも大変でしたけど、作るのも大変なんですね……」

「だから、最初にそう言ったじゃない。……最後に自然と分裂するから、そこで数と浄化力が決まるわよ」

「数が多ければ浄化力が低いし、数が少なければ浄化力が高い――って感じですよね? たくさん分裂すれば良い……ってわけでもなさそうだし、結局はまた作らないと……」

「私以外にも、錬金術師がいればいいんだけどね」

「あ……。それなら、あたしでもなれますか?」


 ヘルミナの言葉に、リディアは彼女を見つめた。そして、優しい声で――


「無理ね」

「ええぇ、そんなぁ!?」

「人にはそれぞれ、得意なことも苦手なこともあるから。せめて、虫くらいつまめるようになりなさい」

「そ、それだけの理由ですか!?」

「列挙すると、ずっと続くわよ?」

「えー……」


 不満そうに言うヘルミナの横で、リディアは床に魔法陣を描き、その中心には1匹のスライムを、そのまわりには今までに加工した素材を配置した。


「……物質的な加工も多いんだけど、魔法的な加工が必要なこともあるの。今回はそれね」

「魔法……ですかぁ。あたしは魔法を使えないから、中途半端になってしまうかも……ですね」

「趣味程度なら良いんだけどね。誰かの責任を負うには、少し心許ないのよ」

「なるほど……。リディアさんの求めるハードルが、高いことは分かりました」

「……そうなのかしら? まぁ、趣味程度でいいなら、いろいろ教えてあげるわ」

「それは嬉しいですが……。でも不思議と、雑用を押し付けられる未来しか見えません……」

「あら、よく分かったわね?」

「ですよねぇ……」


 そんな会話をしたあと、リディアは魔法陣に向き直って、長い詠唱を始めた。辺りは不思議な圧で満たされ、次第にそれは強くなっていく。しばらくするとスライムが淡く光り、それに呼応するように周囲の素材も輝いていく。


「――浄化の力を満たし、そして膨れ上がれ。汝は新たなる名前を得て、導かれるままにその命を始めよ――」


 ――バチィッ!!


 ……と、そんな音の余韻が消える頃……魔法陣の中央には、巨大なスライムが現れていた。身体は乳白色の透明で、ぼよんぼよんとした身体は何とも愛おしい。身体の大きさは……高さにして2メートルほどもあった。


「あ……あら……?」

「あれ……? リディアさん、大きいのが1匹だけ……できましたね?」


 ヘルミナも呆けているが、リディアもまた呆けている。理屈の上では、少なくとも3匹にはなるはずだったのだ。


「ぼよんっ、ぼよんっ」

「……うぅん? でも、以前作った浄化スライムと同じようではあるけど……」

「ぼよぼよぼよんっ」

「きゃぁ!? な、何だか怒っていませんか?」

「言葉が分かるのかしら? ……私はあなたを作ったリディアよ。私の言葉、意味は分かる?」

「ぼよんっ」

「つ、伝わってる……みたいですね?」


 ヘルミナの言葉に、リディアも同じことを感じた。こちらからの言葉は通じる、向こうからの言葉は通じない……が、感情としては何となく分かる。


「むしろ、少なからず伝わっていることがおかしいんだけどね。浄化スライムは知性が低いから、本来は浄化だけを続ける存在のはずで……」

「ぼよんっぼよんっ」


 浄化スライムは不満そうに身体を震わせると、その身体からふたつの玉を生み出した。それは地面に落ちると、小さなサイズの浄化スライムになっていく。


「わぁ、分裂した!?」

「あら……。もしかしてこの子、王種なのかしら」

「王種……、って何ですか?」

「普通の個体とは違う、特別な存在よ。スライムの王種なら、知性が高くて、普通の個体をある程度生み出すことができるの」

「ぼよん、ぼよんぼよんっ」

「こ……、この子も頷いてるみたいですね……」


 リディアは王種の浄化スライムに近付き、そっと身体に手を触れた。ひんやりと冷たく、どこか威厳が伝わってくるような、そうでもないような……。


「……ふふっ。それならそれで、助かるわ。今後はずっと、浄化スライムを作らなくてもいいんだから……」

「あー……。リディアさん、作るのが本当に大変だったんですね……」


 多くの手順を見てきたヘルミナにとって、リディアの気持ちは痛いほど理解することができた。今回だけならまだしも、あるいは2回3回くらいならまだしも――今後ずっとやらなければいけないとなれば、誰でも嫌になるだろう。そう考えると、ヘルミナはリディアをそっと抱きしめたくなってしまった。


 ただ……一瞬手が動いたところで、愛情表現なのだろうが――浄化スライムがリディアに圧し掛かっていった。リディアは笑顔と汗を浮かべながら、それを押し返していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ