11.魔法の糸から紡ぐ縁
「――うおっ!?」
デュランがリディアの丸太小屋を訪ねると、扉は開いており、乳白色の何かがそこに詰まっていた。触れてみるとひんやりとしており、農作業で疲れた身体に染み入っていく。
「おぉい、リディア!? 大丈夫かっ!?」
何度か大きく声を掛けると、その乳白色の何かは奥へ引っ込んでいった。デュランは不思議に思いながら、そのまま奥へ進んでいく。
「あら、デュラン。驚かせてしまったようね」
「ああ……。今のは一体……って、スライムぅう!?」
居間にいるリディアの横で、大きなスライムがぼよんぼよんとリズムを取っている。デュランはいろいろなスライムを見たことはあったが、それにしてもここまで巨大なものは初めてだ。
「この子はね、浄化スライムの王種よ。浄化キングスライムって言えば良いのかしら」
「へぇ……? それは高く売れそうだな……」
「ぼよぼよーっ!!」
「うお!? こ、攻撃するなよ!? もしかして、言葉が分かるのか!?」
デュランに圧し掛かっていく浄化スライムを見て、リディアは楽しそうに笑う。
「ええ、可愛いでしょう? キングって呼ぶと喜ぶから、そう呼んであげてね」
「は、はぁ……。よし、よろしくな……キング」
「ぼよん、ぼよんっ」
「……よ、喜んでるのか……?」
「とってもね♪ それじゃキング、少し向こうに行ってもらえる?」
「ぼよんぼよんっ」
キングはリズムを刻みながら、外に出て行った。デュランはそれを、信じられないような顔で見送る。
「えっと……キングは、どこから来たんだ?」
「私の錬金術で作ったのよ。普通の浄化スライムを作ったつもりだったんだけど……何だか、王種になってしまって。運が良かったわね」
「……ああ、そうか。ドワーフの家で悪臭が減ったのは、キングのおかげだったのか」
「効果てきめんでしょう? キングは普通の浄化スライムを増やせるから、どれだけ家が増えても安心よ」
「なるほどなぁ……」
デュランが頷いていると、リディアは椅子に座るように促した。彼女はお茶とお菓子を用意して、そのまま話を続ける。
「それで、今日は何か用?」
「ああ、ちょっと相談があってな。俺って今、農作業とか果物の運搬をしているだろう?」
「ええ、助かっているわ。いつもありがとうね」
「おう。それでなんだが……力仕事が多いからさ。どうしても服がダメになっちまうんだ。さっきも腕のところが破けちまってさ」
デュランが指で示したところを見てみると、確かに大きく破けている。ただ、綺麗な糸で簡単に縫われているようだった。
「確かに、食糧と住居は進めてきたけど……。服の方は、何も進めていなかったわね。ちなみに、誰に直してもらったの?」
「ちょうど破いたときに、フェルネがいてさ。大慌てで糸を準備してきて、すぐに縫ってくれたんだ」
「あら、フェルネもなかなかやるじゃない」
「ああ、器用なもんだよな」
「……そういう意味ではなかったんだけど、確かに器用なものね」
デュランは首をかしげるが、リディアは綺麗な糸に見入っている。
「少しだけ、魔力を感じるわね。この糸、どこで手に入れたのかしら」
「さぁ……。いつもあそこの樹にいるから、聞いてみれば良いんじゃないか?」
「ふふっ、ずっといるわけでもないんだけどね。それじゃ、あとで聞いてみるわ。服の方も、どうにかしないとね」
「普通なら交易でどうにかしそうなところだが、この場所はどこから見ても辺境だからな……」
「そうなのよね。……ところで、この場所はオルトゥスって名付けたの。名前が浸透するまで、積極的に使ってね」
「オルトゥス……か。うん、良い名前じゃないか」
デュランの言葉に、リディアは笑顔で頷いた。
「それで――……まぁ、交易ね。これはしばらく無理だろうから、自分たちで何とかしていかないと」
「俺には伝手が無いからな。その辺りはリディアに任せるぞ」
「承知したわ。早く快適な場所にしないとね。せっかく、デュランも住んでくれるようになったんだし」
「お、俺は……同胞を待つのに、ちょうどいい場所だったから……」
デュランは照れながら言うが、すぐに真面目な表情に切り替わる。
「……そういえば、シオンは西に向かったんだろう? この前頼んでおいたこと、伝えてくれたか?」
「ええ。猫獣人語で、東に逃げるように――あなたの名前入りで、メッセージを残すように指示をしたわ。私には文字に見えなかったけど……あれで伝わるものなのね」
「ある意味、暗号でもあるからな。他の連中には分からなくても、猫獣人にはすぐに分かるのさ」
「便利なものね。――……生き別れになった妹さん、ここまで逃げてくれると良いわね」
「ああ……。俺も向こうでは、危険な目にばかり遭ったからな……」
リディアはその言葉を噛みしめるように頷きながら、静かにお茶に口を付けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
デュランがドワーフの家に帰ったあと、リディアはフェルネを探すことにした。畑の近くの樹には当然のようにいなかったので、散歩を兼ねながら森に向かう。森に着いてから何回か声を掛けると、フェルネはひょっこりと樹の後ろから現れた。
「主様、お呼びでしょうか……?」
「こんにちは、フェルネ。さっきデュランがうちに来て、服の相談を受けたの。そのとき、あなたが使ったっていう糸を見たんだけど……あれはどうやって手に入れたの?」
「ああ……。あれは、わたしのお友達にもらったものなんです……」
「ふーん? お友達っていうのは、やっぱりドリアードなの?」
「あ、いえ……。主様は、アラクネってご存じですか……?」
「えぇっと、下半身が蜘蛛の種族よね?」
上半身は人型の女性で、下半身は虫の蜘蛛型。8本の足が特徴的な……人間の国では魔物として扱われていた種族だ。
「はい……! わたし、趣味で刺繍をしておりまして、糸を分けてもらっているんです……」
「あら、素敵な趣味ね。私も昔はやっていたんだけど、最近はご無沙汰だわ」
「それなら、今度一緒にやってみませんか……!?」
「ありがとう。今はオルトゥスの開拓があるから、それが落ち着いてからね。楽しみにしているわよ」
「はい……っ!」
リディアの言葉に、フェルネは嬉しそうに返事をした。話を聞いていくと、同じ趣味の仲間を増やしたかったそうだ。ヘルミナにも勧めたらしいのだが、まるで興味を示さなかったらしい。
「それで、オルトゥスにも服を作れる人材が欲しいのよ。そのお友達ができるのは、糸の製作だけ?」
「あ……。糸も布も服飾も、全部できるんです……。アシスタントの妖精も5人雇っていて……」
「……本格的ね。むしろ逆に、こんなところに来てくれるかしら……」
「さぁ、どうでしょう……。わたしの引っ越し祝いに、この森に向かっているそうなんです……。もしよろしければ、お会いしますか……?」
「それじゃ、お願いできる? 最大限、私の方でも努力するわ。……何か欲しがるものはあるかしら」
「欲しがるもの、ですか……。そうですね、それなら――」
フェルネはリディアに、友達の趣味趣向を伝えていった。リディアは最初は真面目に、そのうちどこか呆れながら……それをしっかり記憶に留めていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェルネからの連絡は予想外に早く、翌日の夕方にリディアは呼び出された。急いで行ってみると、フェルネの横には立派な足を8本も生やしたアラクネがいる。そしてその周りを、小さな妖精が5人飛んでいた。
「――あ、主様。こちらです……!」
「お待たせしました。私がこの場所の主、リディアです」
「はじめまして、人間さん。アタシはベロニカ。まわりの子は、アタシのアシスタントよ」
ベロニカが紹介をすると、それぞれがリディアに挨拶をした。リディアもしっかりと、彼らに挨拶をする。
「フェルネから聞いたんですけど、彼女の服もあなたが作っているんですって?」
「ええ。アタシは基本的に、オーダーメイドで服を作っているの。だから、お客さんには直接会う必要があるんだけど――」
そこまで言うと、ベロニカは溜息をついた。
「……人間さんは、アタシの足をどう思う?」
「足、ですか? えぇっと……立派な足、ですね?」
リディアがきょとんとしながら答えると、ベロニカは少しだけ笑った。
「アタシの足、立派すぎるのよ。だから、怖がる人とか……気味悪がる人が多くてさ」
「確かに、慣れていないと……そうかもしれませんね」
「ベロニカちゃん……。主様は、その辺りは鈍感――度量が広いと思うよ……?」
「ちょっと、フェルネ?」
「はわわ、すいません……」
リディアとフェルネのやり取りに、ベロニカは口元を緩ませた。
「まぁ、アナタみたいな人も当然いるんだけどさ。アタシも最近嫌なことがあって、気分転換をしたくて――それで、フェルネの引っ越し祝いついでに来たわけよ」
「それならお試しで、しばらくここに滞在してみませんか? 工房も用意しますので」
「うーん……。人間さんのことは気に入ったけど、まだ人口が少ないんでしょう? 下働きみたいなのは嫌なのよ。アタシ、あくまでも服を作りたいわけだし」
「なるほど……。確かに私も錬金術師ですけど、毎日簡単なものを作り続けるのは嫌ですね……」
「あら、アナタは錬金術師なの? ……もしかして、アタシの足を変える薬とか……作れる?」
ベロニカの言葉に、リディアは少し考えた。
「8本の足を、2本の足にする……ということですか? うーん、そういうのは聞いたことがありませんね……」
「すらりと伸びた2本の足……。アタシ、それを手に入れて、そういう服を着てみたいの……! ダメでもいいから、何か探してくれないかなぁ……?」
「今はそんなに時間が取れなくて……。それに調べるといっても、雲を掴むような話ですし――」
しばらく問答するも、なかなか話の溝は埋まらない。そうこうしていると、デュランが静かに現れた。
「すまん、リディア。フェルネからここに来るように言われたんだが――おっと、こちらの方は初めてだな。話しているところスマン、俺はデュランだ」
「……ッ!! あらぁ、アタシはベロニカ。よろしくねぇ……♪」
デュランを前にすると、ベロニカの声は少し甘みを帯びてきた。誘い込まれるような何かに、デュランは警戒を始めてしまう。
「デュランは、この場所――オルトゥスで、農作業や収穫まわりの仕事をしているんです。今回も、彼の服が破れたのが声を掛けたきっかけで……」
「スラっと伸びた足……。黒髪に、可愛い猫耳……、それに尻尾。反面、それを否定するような精悍な顔つき……。……イイ!! とってもイイわ!!」
「ど、どうも……? それで、リディア。俺には何の用だ?」
「ベロニカさんは、糸や布の生産と、服飾の仕事をしているの。あなたの服、作ってもらわない?」
リディアの言葉に、ベロニカは大きく首を頷かせる。
「創作意欲が湧いてくるわ……ッ!! 作らせてくれたら、しばらくここで仕事をしてあげるッ!!」
「本当に? よろしくね、ベロニカさん!」
「ああ、もう。アタシのことは呼び捨てでいいわよ! 敬語もいらないから!」
「それなら私も、呼び捨てにしてもらおうかしら。ベロニカ、それでいい?」
「もちろんよ。しばらく世話になるわね、リディア♪」
……こうして、リディアとベロニカの間で話が決まった。
フェルネはそれを嬉しそうに見ていたが、デュランは――ただひたすら、完全に置いてけぼりにされていた。




