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12.仕事は見た目から

 リディアの丸太小屋に突然、ベロニカが押しかけてきた。そのかたわらにはデュランがおり、その後ろにはフェルネがくっついている。


「急にどうしたの? 3人揃って……」

「早速、デュラン君のサイズを測りに来たのよ! ちょっとこの部屋、貸してくれる!?」


 そう言いながら、ベロニカは居間にあるものを端に寄せ始めた。


「あはは……。ベロニカの工房も、早く作らないとね……」


 昨日はドワーフの家に間借りしたようだが、8本の足がスペースを取ってしまうため、普通の家ではやはり窮屈だろう。今はまた、新しい家を建てているところだから――それを工房に転用させてもらおうか。リディアは呆然としながら、そんなことを考えていた。


 しばらくするとベロニカとアシスタントの妖精たちは、デュランのあちこちのサイズを測っていった。上半身はシャツまで脱がされ、その光景にフェルネも魅入っている。


「フェルネ、よだれが出てるわよ……」

「……はわわ。めめめ、目の錯覚ですよ……!?」

「そうかしら……」


 あまり乗り気ではないデュランをよそに、ベロニカとフェルネが盛り上がっている。そして、ふたりはどんな服を作るか議論しながら外に出て行き――そのまま、戻って来ることは無かった。


「……なぁ、リディア。俺、もう帰ってもいいのかな……」

「さぁ……。まぁ、用事があればまた呼ばれるでしょ……」

「そうだな……。畑にしろ、ドワーフの家にしろ――何だか、俺の落ち着ける場所が無くなっていくなぁ……」

「デュランにも、家が必要かしら……」

「あったら嬉しいなぁ……」


 デュランの言葉を受けて、リディアのやることリストには項目がひとつ増えてしまった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 デュランが帰ると、リディアはひとりで昼食を済ませた。特に用事が無ければ、今はもう食事は各々で済ませるようになっている。少しばかりの寂しさを感じながら、リディアは居間の中を改めて眺めた。


「……はぁ。ベロニカったら、居間のものを動かしたまま帰るんだから……」


 移動されたものは多くはないが、それでも重いものも含まれている。自分で元の位置に戻すか、スケルトンを呼んでやらせるか、あるいはシオンが帰ってくるまで待っているか――


 ……そんなことを考えていると、玄関の方から物音がした。そして続けて、懐かしい声が聞こえてくる。


「リディア様、ただいま帰りました」


 リディアはぴょこんと跳ねて、急いで玄関に向かった。そこにはシオンと――彼に担がれた、ひとりの少女の姿があった。


「シオン、お帰りなさい。……その子、どうしたの?」

「はい、ベルデの鉱山で見つけたんです。人間ではないので、連れてきました」


 居間まで運び、薄い布団を敷いて、そこに少女を寝かせる。人間ではない――のは、彼女の頭を見れば一目瞭然だ。猫のような耳があり、髪の毛は栗色で、肩くらいの長さ。瞳は……シオンの話によれば、赤色のようだ。


「……猫獣人、なのね。向こうには同胞がいるって、デュランも言っていたし」

「途中で目を覚ましたのですが、すぐに気絶してしまったんです。連れてきて、問題はありませんでしたか?」

「ええ、問題ないわ。良い判断だったわね」

「ありがとうございます!」


 リディアの評価に、シオンは嬉しそうに答えた。そんなシオンも、しばらく振りの帰還で、全身が汚れてしまっている。


「この子は、私が様子を見ているわね。申し訳ないけど、自分でお風呂を沸かして入ってくれる?」

「はい、わかりました」


 シオンは素直に、風呂の方に走っていった。リディアは工房から治癒薬をいくつか持ち出し、少女の傷を手当てしていく。それなりに強い薬を使ったため――しばらくすると、少女は小さく声を上げてから、ゆっくりと目を開いた。


「あら、起きた? 身体の具合はどう?」

「ここは――」


 そこまで言うと、猫獣人の少女は身体を回転させて起き上がり、リディアのことを睨みつけた。目を覚ましたら、見知らぬ場所。デュランと同じ境遇であれば、この子もずっとひとりで逃げていたに違いない。それなら、警戒するのは仕方が無いか――


「落ち着いて。ここはベルデの東にある……村、みたいなところよ」

「ベルデ……。あなたは――……人間!? わ、わたしをどうするつもり!?」


 少女は内ポケットからナイフを取り出した。そのまま、切っ先をリディアに向けて興奮している。……威嚇ではない。リディアは殺気を感じた。


「……どうもしないわよ。私は敵ではないわ」

「問答――無用ッ!!」


 少女は一直線に、リディアをナイフで突いてきた。リディアはそれを避けながら、テーブルに乗っていた定規を手に取る。とっさに手に取ったものが、よりにもよって定規か――リディアはそんなことを考えてしまった。


「殺気を向けるなら、タダでは済まないわよ?」

「定規なんかに負けるかーっ!!」


 それは確かに――

 ……リディアはあっさりと定規を手放し、少女が一瞬怯んだ隙に、手首を掴んで一気に床に投げ伏せた。少女の右腕を取りながら、右肩の関節に体重を思い切り掛ける。


「痛たたたっ!! こ、この――」

「リディア様、大丈夫ですか!?」


 少女が痛がる中、大きな音を聞きつけたシオンが――居間に突然、現れた。服は着ておらず、その光景を見たリディアと少女は……思わず、完全に動きを止めてしまった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――すすす、すいませんでしたっ!」


 シオンが少女に事情を説明すると、少女はようやく謝罪した。シオンは既に着替えを済ませているが、それでも少女の顔は赤いままだ。


「まぁ……急に知らない場所にいたんじゃ、仕方ないわね。私はリディア。シオンの保護者だから、安心してね」

「はい、ありがとうございます。わたしはアルマといいます。ベルデでずっと捕まっていて、それで……シオン様に助けて頂いて」

「なるほど……。って、シオン……様?」

「やめてください、って言っても、やめてくれないんです。どうすれば良いでしょう」


 シオンの真面目さに、リディアは微笑ましくなってしまう。


「呼びたいなら、そうさせておけば? シオンは命の恩人なんだから」

「そういうものなんですね。それではアルマさん、リディア様のことも『リディア様』とお呼びください」

「あ……そうですね。シオン様の保護者となれば、そうすべきですよね」

「え……? そうかしら……」


 リディアは少し悩んだが、それも止む無し……とすることにした。


「それより、向こうは大変だったでしょう。この場所――オルトゥスっていうんだけど、ここは安全だから」

「はい、わかりました。……ところで、リディア様は……人間なんですか? それに、シオン様も……」

「見ての通りよ? 他のものに見える?」

「い、いえ……。でも、そうすると――」

「向こうのことは忘れなさい。ようやく、逃げて来られたんだから」

「……はい、わかりました。でも、まだ同胞がいるはずで……」


 アルマの言葉に、リディアは優しく微笑んだ。


「猫獣人語で、東に逃げるように残しておいてもらったから。……それに、ひとりで同胞を探すのも大変でしょう?」

「……はい。それは、そうなんですが……」

「まずは自分を大切にしなさい。だから、向こうの話はもう禁止♪」

「……はい」


 リディアに導かれるように、アルマはそれを承諾した。自分だけではこの結論には到達できない。だから、この誘導は優しさだったのだ――アルマはそう思うことにした。


 ……話がひと段落すると、突然、玄関の方から賑やかな声が聞こえてきた。誰かと思えば、ベロニカとデュランだった。


「ごめん、リディア! アタシの定規、ここに忘れてなかった?」

「あら、ベロニカ。定規は……そこにあるわよ。さっき間違えて、武器にしようとしちゃったじゃない」

「え……? アタシの商売道具、そんなことに使わないでよ?」

「こっちだって、無意識に取って困っちゃったのよ……。それで、用事はそれだけ?」

「ああ、せっかくだから追加で採寸を――って、あれ。お客様だったの?」


 ベロニカはようやく、アルマに気付いた。アルマは突然のベロニカ――8本の足を持つアラクネに驚いたものの、彼女の後ろを見てさらに驚いた。


「――お、お兄ちゃん!?」

「え? ……おお、アルマ!!?」


 突然、互いを呼び合うふたり。……デュランが探していた妹というのは、アルマのことだったのだ。ふたりはリディアとベロニカの前で、しっかりと抱き合った。


「髪と瞳の色が全然違うから、気が付かなかったわ……」

「猫獣人はそんなものだからね。だから兄妹コーデをするときにも、腕の見せ所があるのよ」

「なるほど……? ああ、そういえば――」


 リディアはアルマの服を見て、言葉を続けた。


「――あの子はアルマっていうんだけど、西の方から逃げて来たの。しばらくオルトゥスで面倒を見ようと思うんだけど……何か服を作ってくれない?」

「えぇー……。今はデュラン君の服で忙しくて……。……ああ、でも一着だけ、出来合いの服があるわよ?」

「あら、素敵ね。サイズは大丈夫かしら」

「尻尾を通す場所だけ作れば、問題は無いはずよ。ちょっと待っててね~」


 そう言うと、ベロニカはアシスタントの妖精をお使いに出した。デュランとアルマの再会を眺めながら待っていると、すぐに服を運んでくる。そして別の部屋で、アルマに着替えてきてもらうと――


「……何でメイド服なの……?」

「いざというときに必要なものでしょう? それなりの規格があるデザインだし、縫製のクオリティを見てもらうには良いかな~って、そういう理由」

「納得感は……、確かにあるかも……?」


 デュランも微妙な目で見ているが、アルマ本人は気に入っているようだ。


「素敵ですね! お仕着せなのに、この肌触り……、この軽さ……。わたし、こんなにしっかり作られた服って……初めてです!」

「でも、結局はメイド服だろう……? お前、メイドをやるつもりか……?」


 その言葉に、アルマの目がキラリと光った。


「――確かに!! リディア様、わたしをここで、メイドとして雇ってください!!」

「な、何でそうなるの!?」

「わたしはシオン様に命を救われましたので……。だから、おふたりに尽くしたいんです!!」


 その理屈に、リディアは困ってしまった。しかし、実力のあるメイドがいるのであれば、自分の家事の負担を減らすことができる――ひいては、オルトゥスの開拓の仕事に集中することができる。よくよく考えれば、魅力的な提案ではあった。


「……シオンはどう思う?」

「はい! リディア様に仕える方が増えるのは、とても良いことだと思います!」


 ……何だか少し、違うような。

 ただ、リディアは――よくよく考えて、その提案を受け入れることにした。


「それじゃ、アルマ。これからよろしくね。……デュランも良いわね?」

「はぁ……。妹のメイド姿を見るなんて思わなかったが……まぁ、リディアの家なら大丈夫だろ」

「お兄ちゃんはお客様扱いしないから、安心してね!」

「おい……。ほら、リディア。雇い主として、何か言うことは無いのか?」

「無いわよ?」

「……ぐぬぬ」


 デュランは悔しそうにするが、それでも再会の直後で、嬉しさも表情から見て取れた。そんなデュランを眺めながら――ベロニカの頭の中では、次々と新しいインスピレーションが湧いていくのだった。

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