06.イケメン、乱入
リディアとシオンが食卓で寛いでいると、外からヘルミナの声が聞こえたような気がした。
「……あら? ヘルミナ、戻ってきたのかしら」
「何かあったのでしょうか」
ふたりは気持ち駆け足で、外に出ることにした。
「ひぃん……。リディアさん、助けてください……!?」
情けない声を上げながら、地面に崩れているヘルミナの横には――ひとりの青年の姿があった。少し伸びた黒い髪に、黒い瞳。何よりも目を引くのは、頭に生えた猫のような耳。
「猫獣人なんて、珍しいわね」
「エルフとは、また別の種族なんですね。耳に特徴が出やすいのでしょうか」
リディアの言葉に、シオンは自分なりの考えを巡らせた。エルフは尖った耳、ドワーフは低い身長に立派な体格、ドリアードは植物のような存在感。基本的には人間と似ているが、それぞれが何かしらの特徴を持っているのだ。
「こんなところに、こんな開けた場所があるとはな。お前がここの主か? この場所は俺が頂くぜ!」
「ダメじゃない、ヘルミナ。こういうのを追い返すのが、あなたの仕事でしょう?」
「見て分からないんですか!? あたし、負けたんですよぉ……」
「弓矢の命中は、百発百中って言ってなかった?」
「それはドワーフ限定の話です……!」
何とも偏った謳い文句なのか――リディアは呆れながら、青年に声を掛ける。
「改めて、名前を名乗るわ。私はこの土地の主のリディア。あなたは?」
「俺の名前はデュランだ。……さて、このエルフの命が惜しければ、さっさと消えるんだな」
「この場所とヘルミナを天秤に掛けるってこと? それなら当然、私はこの場所を取るわよ?」
「そんなぁ……。シオン君も、何とか言ってよぉ……」
「僕の意見は、リディア様と同じです。さようなら、ヘルミナさん」
「えーっ!?」
この場所は広いが、ほとんど何も無い。仲間意識は当然あると思っていたが――リディアたちの会話に、デュランは困惑した。地面のヘルミナの首を掴み、もう片方の手で、短剣を彼女の顔に押し付ける。
「ふざけるんじゃねぇぞ? 俺は本気だからな?」
「えーん、リディアさ~んっ!?」
「はぁ、わかったわよ……」
リディアは軽く手を挙げた。その瞬間、いつの間にかリディアの隣から消えていたシオンが、自身の短剣でデュランの首を薙ぎ払う。
「――っとぉ!?」
しかしデュランはすんでのところでそれを避け、シオンから距離を取ってから立ち上がる。ヘルミナはシオンの腕に支えられ、何とか危険を脱することができた。
「へぇ……。シオンの攻撃を避けるなんて、ね」
「申し訳ありません、リディア様。仕留め損ないました」
「気にしないで。でも、それなりの使い手のようね?」
「……いえ、まだまだです!」
シオンは改めて短剣を構え、デュランに向き直る。短剣と短剣の戦い。速さも大切だが、腕の長さによるリーチもまた大切――そう考えると、シオンには分の悪い面があった。
お互いが向き合い、二度三度……刃を交わしていく。シオンの速さも見事だったが、デュランの速さと短剣捌きもまた見事だった。しばらくすると、シオンの短剣が宙に弾き飛ばされた。
「し、シオン君が負けた……!?」
「はははっ、大したことが無いな! こいつが一番の使い手なんだろう?」
その言葉に、それでもシオンは殴り掛かっていった。デュランは軽く捌き、シオンの腹に膝蹴りを入れる。
「……ぐはっ」
「ふん、根性だけは大したもんだ。ただなぁ、剣筋が素直すぎるんだよ。実戦をこなした気配がまるで無いぜ」
「はぁ……。まったく、ガラの悪い」
「何だとぉ?」
デュランがシオンの身体を振り払うと、シオンはそのまま地面に倒れた。苦しさに呻きながら、何とかリディアの方を見る。
「大丈夫よ、シオン。こんな雑魚、私がすぐに片付けてあげるから」
「ああん? お前は――魔法使い、あるいは錬金術師あたりか? 俺の速さに、魔法で反応できるのか? お前の作る何かで、俺を倒せるのか?」
「あなたを倒す方法なんて、いくらでもあるのよ。ふふっ、どういうのがお好み?」
「俺は短剣で戦う! お前も短剣で戦え!!」
デュランの言葉に、リディアはどこからともなく短剣を取り出した。普段使っている、品の良い短剣だ。
「これでいいかしら? 自分の得意分野で戦おうだなんて、ワガママな子猫ちゃんね?」
「ほざけっ!!」
デュランは思い切り踏み込み、スピード任せでリディアに斬り掛かった。リディアは軽く下がりながら、その攻撃を受け続ける。二度三度……刃を交わしたあと、リディアの足がデュランの肩を蹴り上げた。
「……ちっ! なかなかやるな!!」
「うーん。私、やっぱり短剣はガラじゃないのよね。魔法を使ってもいいかしら?」
「ほう、魔法なら勝てると? 詠唱している隙に、俺の短剣はお前を掻っ切るぞ?」
「――おいでなさい」
「ああ、今すぐ――……おわぁ!?」
デュランは転んだ。駆け出そうとした瞬間、足が地面を離れず、そのまま体勢を崩してしまったのだ。デュランは慌てて自分の足元を見ると――地面から伸びた、白骨化した手がデュランの足を掴んでいる。
「おわあああッ!?」
「――ほら、他の子もおいで」
リディアがそう告げると、黒いオーラをまとった……白骨が5体、地面から這い出てきた。いわゆる不死の魔物、スケルトンと呼ばれる存在だ。彼らはデュランの身体を掴み、動きを封じている。
「あわわ……。リディアさん、そんな隠し玉が……」
「あら、初めてだったかしら。新しい畑を作ったのは、この子たちなのよ?」
「ヘルミナさん、知らなかったんですね」
リディアの言葉に、シオンはしれっと続けた。そんな中、デュランはリディアを睨みつける。
「黒魔術――いや、死霊術か!? まさかこんなところで……。いや、こんなところ……この、場所? ……まさか、お前は『エレナの――」
――ズガアアアアアンッ!!!!
デュランの言葉を打ち消すように、突然、黒い稲妻が宙から落ちた。デュランの目の前には焦げた跡が残り、彼はそのまま戦意を失ってしまう。
「あなたには教育が必要ね。……さぁ、ゆっくりお話をしましょう?」
リディアの笑顔に、ヘルミナは恐怖に震え、シオンは満足そうに頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――申し訳ございませんでした」
教育が終わると、ドワーフを含めた全員の前で、デュランはリディアに土下座した。
「話を聞けば、西の方から逃げて来たそうなのよ。まだ生き残ってる同胞がいるからって、この辺りに拠点を構えたかったみたい」
「はぁ……。確かにここは、打ってつけかもしれませんね……。リディアさんがいなければ、あっさり奪われていたかも……」
「悔しいですが、僕は完敗でした。さすがです、リディア様」
「デュランはここに暮らすことになったから、シオンは剣術を習っても大丈夫よ?」
「本当ですか? よろしくお願いします、デュランさん」
シオンの言葉に、デュランは驚く。
「俺としては構わないんだが……、お前ら切り替えが早いな……」
「僕が弱かったのは事実です。だから、それを克服するのが優先です」
「お、おう……」
「あとは、防御ももう少し強くしたいわね。今後の課題かしら」
「はい、努力します!」
リディアとシオンは水に流しているが、その勢いの良さに、デュランの毒は簡単に抜けていった。強さでも負けて、器でも負ける……そんな敗北感。ただ、何故か悪い気はしなかった。
「俺は完全に負けたし、俺の同胞が来たときには迎え入れてくれる約束もできた。だから……俺は、あんたの力になるよ」
「デュランさん、リディア様のことはしっかり名前で呼んでください」
「お、おう? えーっと……リディア、よろしくな」
「ええ、よろしくね。デュランには散々迷惑を掛けられたから、たくさん働いてもらうわよ」
リディアの言葉に、デュランは少し後退りした。具体的な仕事は、まだ何も聞いていなかったのだ。
「俺は、何をすればいい?」
「畑仕事の人手が不足してるのよ。だから、まずは農作業全般を頑張ってね」
「……誰か、手伝ってくれるのか?」
「今のところ、私のスケルトンちゃんが手伝えるわよ?」
「うへぇ……」
デュランは仕事の光景を想像して、一気に気力が失せてしまった。スケルトンたちと農作業……なんてことは、人生で一度も想像したことが無かったのだ。
「あとは、シオンの剣術を見てもらうのと、ヘルミナと一緒に森の巡回をしてもらうのも良いわね」
「おい、仕事が多すぎるだろう……」
「だから、同胞が早く見つかると良いわね♪」
「はぁ……。本当に、そうだな……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
デュランとスケルトンが農作業を始めるのを見て、リディアはシオンと一緒に丸太小屋に戻っていった。書斎から古い地図を出してきて、テーブルの上にそれを広げる。
「畑仕事の人手不足の件は、デュランに任せておいて……。私たちは、次の問題を解決しないとね」
「はい、僕にできることはありますか?」
シオンの言葉に、リディアは満足そうに頷いた。
「そろそろ、ザザさんたちの家が完成するわ。デュランには一旦、そこで寝泊まりしてもらうとして――次は鍛冶場。これはドワーフのみんなが、すぐに作ってくれるでしょう」
「僕にはできないことをやっていて、本当に凄いと思います!」
「そうね。だから……私たちは、私たちにしかできないことをやらないとね」
そう言いながら、リディアは地図の一点を指差した。そこは、リディアたちが開拓を始めたこの場所だ。彼女はそのまま……指をゆっくりと、左に動かしていく。
「鍛冶場が完成したあとは、たくさんの鉱石が必要になる。ここから西の、この場所に……鉱山の街があるの。ここを、私たちが有効活用しましょう」
「わかりました。今度はここを、攻めればいいんですね?」
自分たちに無いものが他の場所にあるなら、それを使えばいい。リディアとシオンは、自分たちの場所を作りながら……外の世界にも目を向けることにした。




