05.友達召喚
昼過ぎ、リディアたちは食事を持ってドワーフたちのいる場所を訪れた。今は急ピッチで彼らの家が建てられており、日に日に完成に近付いていく。そんな様子を見ているのは、とても気持ちが良いものだった。
「みなさん、お疲れ様です。ひと休みしませんか?」
「お、リディアの嬢ちゃん! いつもすまねぇなぁ」
「ありがとうございます、リディア姐さん!」
いつの間にか、ザザ以外のドワーフからは『姐さん』と呼ばれるようになっていた。リディアは最初こそ嫌だと言っていたが、今は諦めの境地に入っている。
「シオン、準備をお願いね」
「はい、承知しました。ヘルミナさん、手伝いをお願いします」
「ほいほいー」
シオンとヘルミナは慣れた手付きで準備を進めた。ドワーフたちが作業を切り上げると、すぐに食事が始まった。
「ジジさん、進捗はどうですか?」
「はい、予定よりも少し早く進んでいますよ。ワシら、早く鍛冶をやりたいもんで」
「なるほど……。家が完成したら、私の持っている分の鉱石はお渡ししますね」
「ありがとうございます! ワシらは仕事が速いですからね。是非、いろいろな鉱石を持ってきてくださいよ!」
ジジの言葉に、リディアは頼もしくもあり、心配にもなってしまった。この土地は基本的には平坦で、その外周は全て森で囲われている。そのため、鉱石を定期的に手に入れるには、森の外に出て行かなければいけないのだ。
「……期待してますね。今は先に、家と鍛冶場を作らないと」
「がっはっはっ! わかってますよ、お任せくださいな」
「ところでリディアの嬢ちゃん。儂たちが増えて、食う量も増えただろう? 食糧の方は大丈夫なのか?」
「ええ。貯えも少しはありますし、あとは今、畑を広げていますから」
リディアの言葉に、ザザは少しだけ眉をひそめる。
「ふぅむ。今から育てていて、間に合うのかい?」
「リディア様には錬金術がありますから。畑さえ完成すれば、あとは問題ありません」
「ふふっ、そういうことです。特製の肥料や農薬を作る必要がありますが、そんなに難しいものではありませんし。ただ――」
「うん? 何か問題でもあるのか?」
「やっぱり、人手なんですよね。ドワーフの皆さんには建築と鍛冶に集中してもらいたいので、そうすると――」
……他には、リディアかシオンか、ヘルミナしかいない。
リディアにはやるべきことがあり、シオンには手伝うことがある。そうとなれば、消去法ではヘルミナだけ……ということになる。
「あ、あたしは畑仕事用の筋肉が無いので……」
「そんなもの、やっていればすぐに付くわよ?」
「今の時点で、動きやすい肉付きになっているので……」
「畑仕事をやめれば、使わなくなった筋肉は落ちるわよ?」
「余計な筋肉が付くと、あたしは森の巡回ができなくなるので……」
「そこまで極端なことにはならないと思うけど……つまり、畑仕事はやりたくないわけね?」
リディアの言葉に、ヘルミナはしばらく間を置いてから……静かに首を縦に振った。人それぞれ、好きな仕事もあれば嫌いな仕事もある。ヘルミナにとって、畑仕事というのは後者なのだろう。
「……そんなわけで、しばらくは私とシオンでやりましょう」
「はい、承知しました」
「がっはっはっ、シオンは素直で良い子だなぁ?」
ザザがそう言うと、ヘルミナは居心地が悪くなってしまった。全員がいろいろとやる中、自分は森の巡回しかできない――しかし、畑仕事はやりたくない。そんな葛藤が、彼女の中で渦巻いているのだ。
「あ、あたしは、あたしにしか出来ないことをやります!!」
「あら、素敵ね。自分で考えて何かをやり遂げる人って、私は好きよ?」
「どうぞどうぞ、超絶に期待しておいてください! それではあたしはこれでッ!!」
そう言うと、ヘルミナは手元のパンを3つ掴んで、その場から離れていった。
「……なぁ、リディアの嬢ちゃん。ヘルミナ、大丈夫なのかい?」
「ムダ飯喰らいは養えませんが、考えて動ける人なら問題ありません。結果がどうあれ、まずは動いてくれないと」
「がっはっはっ。いちいち指示を出さないといけないのも、出す側は大変だからな。特にこんな場所じゃあ、な」
「ええ。ひとりが2役も3役もこなさなければいけませんからね」
リディアとザザの話を聞いて、ジジも頷いていた。しかし、シオンは不安な顔を浮かべ始める。
「……あの、リディア様。僕ももっと、自分で考えて動くべきですか?」
「あら、シオンはもう動いてくれているわよ? それにあなたには、とても大切なお願いを聞いてもらうんだから。そんなに不安に思わないで? ……って、ごめんね。私の言い方も、少し悪かったわ」
「いえ、そんなことはありません!」
シオンの言葉に、リディアは微笑み返した。そんなふたりを見て、まわりのドワーフたちも優しい空気を感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヘルミナは、パンを食べながら森に向かっていた。最近ではもう、この森が自分の居場所だと感じてしまっている。リディアの丸太小屋に寝泊まりはしているものの、日中を安心して過ごせるのは、ここが一択になっているのだ。
「はぁ……。それにしても、ドワーフが増えたからなぁ……」
リディアの教育のおかげで、ヘルミナはドワーフ嫌いが治っていた。そもそも自分がドワーフに何かをされたことはなく、この感情は……同じエルフから教わっていたものなのだ。その教えが、リディアによって上書きされた――といえば良いのだろうか。ただ、それにしても……ドワーフが多すぎる。
「うーん、うーん……。誰か、あたしの集落から連れてこようかな……。ああ、でも戻りたくないしなぁ……」
ヘルミナは森に入り、樹に登り、枝から枝に渡っていく。地面を見下ろし、樹々を見渡していく。いくらリディアとシオンが強いとはいえ、それよりも強い者が現れれば、こんな場所はあっさりと潰されてしまう。しかし自分が巡回を行うことで、それを避けることができるかもしれない――ヘルミナにはそんな自負があった。いつの間にか、この場所が思った以上に好きになっていたのだ。
「リディアさんのご飯は美味しいし……。でも、あれだなぁ。最近、果物を食べてないなぁ……」
ヘルミナが今までに訪れた森では、少なからず何かしらの果物が実っていた。しかしこの森では一度も見掛けたことがなく、そもそも生えているところも見たことがなかった。
「……果物があれば、そのまま食べるもよし、ジャムにして食べるもよし……」
ヘルミナは樹の枝に座ると、知恵を絞るように身体を後ろへ倒した。足だけを枝に掛け、髪の毛を下にゆらゆらとさせながら、自然と一体化して考えを巡らせる――
「……あ、そうだ。昔知り合った、フェルネちゃんを呼ぼう!」
ヘルミナは足を伸ばして枝を離し、そのまま一回転して地面に下りた。できるだけ太い樹を探してから、そこに手を当て、静かに呪文を詠唱していく。周囲の空気が軽く揺れたあと、樹の後ろからひとりの女性が現れた。
「久し振り、フェルネちゃん! 元気にしてた?」
フェルネは若葉色の長い髪と優しそうな瞳をしており、身に着けた服も同様だった。彼女は樹木の精霊であり、自然の守護者として、あちこちの森を移動することができるのだ。
「はわわ……。ヘルミナちゃん、ですか? お久し振りです……」
「うん! あたしたちが出会った森とは遠いけど、一瞬で来れるなんて凄いね!」
「いえいえ……。それで、急にどうしたんですか? それに、ここは――」
「あたし、ここに引っ越そうと思うの。だからフェルネちゃんも、一緒に引っ越さない?」
「えぇ……。ここは、どんな場所なんですか……?」
「今ね、新しい土地で街だか村を作り始めてるの。あたしを含めて、住んでるのは……11人なんだけど!」
「えぇ……」
フェルネの静かな驚きを前に、ヘルミナの勧誘は続いていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヘルミナがフェルネを説き伏せたあと、リディアとシオンは森に呼ばれた。フェルネから、移住に当たっての条件を提示されたのだ。
「はじめまして、フェルネさん。私はこの場所の主、リディア。こっちはシオンよ」
「フェルネさん、はじめまして。お会いできて嬉しいです」
「はわ……。すごい、ヘルミナちゃんよりしっかりしてる……」
「何ですって!?」
ヘルミナのツッコミを手で制して、リディアは話を続ける。
「えっと、あなたは樹木の精霊……いわゆるドリアードよね。条件というのは、本体の樹の移動かしら?」
「はわ……。すごい、ドリアードのことを分かってくれてる……。そ、その通りです……! わたしの本体を、この森に移さないといけなくて……」
「でも、森から森への移動は……フェルネさん自身しかできないのよね? 私たち、遠くの森から本体の樹を運んでくるなんて、できないわよ?」
「あ……それは大丈夫です。この苗を、この森で育てて頂ければ……」
そう言うと、フェルネはリディアに1本の苗を手渡した。
「……植えればいいの? それなら、フェルネさんでもできるんじゃないかしら」
「その土地に主がいるのであれば、その主にやってもらった方が……成長が早いんです。土地と契約を結ぶ、というようなイメージで……」
「なるほど、これもひとつの儀式なのね。それじゃ……少し移動しましょう。落ち着いた、静かな場所があるから」
リディアを先頭に、森の奥まったところに場所を移す。エルフやドリアードはともかく、森に慣れていない者にとっては行きづらい場所だ。
「……この辺りでいいかしら。ここなら外敵が来ることも少ないでしょう」
そう言って、リディアはぽっかりと空いたスペースに苗を植えた。するとその苗は突然伸び出し――枝を伸ばし、葉を茂らせ、一気に立派な樹へと育っていった。
「わぁ……。すごい、一気に育ちました! 主様は、素晴らしい主様なんですね!」
「はい、リディア様は素晴らしいお方です!」
フェルネの言葉に、シオンが即座に返事をした。あまりの早さに、当のリディアも困惑してしまう。
「あはは……、そうなのかしら? ……あら、何か実がなっているわね」
「はい、これもドリアードの力でして……。お望みであれば、森のあちこちで果物を作れますが……」
「凄いわね。それじゃ、お願いできる?」
「は、はい……!」
リディアとフェルネが話す中、そこにヘルミナが割って入る。
「どうですか、リディアさん! あたしも役に立つでしょう!?」
「そんなことを気にしていたの? ふふっ、頑張っている限り、あなたはもうここの住人よ?」
「えへへ、やったぁー!!」
喜ぶヘルミナを横に、フェルネが不安そうに聞いてくる。
「あ、あの……。ヘルミナちゃんって、もしかしてここの住人ではなかったのですか……?」
「ちょ……ちが、違うよ!? 今のは、ちゃんと認められたって意味で……!!」
「そ、それはつまり、まだ住人ではなかった……、ということですよね……?」
「いや、そうじゃなくて……。えーん、リディアさん助けて!!」
ヘルミナの救いを求める視線に、リディアは溜息をついた。
「まぁ、そんなことはいいじゃない。ヘルミナもフェルネさんも、ここの立派な住人よ」
「フォロー、してくれないんですか!?」
「それより、主様。わたしのことは、気軽にフェルネ……とお呼びください!」
「わかったわ、フェルネ。これからもよろしくね」
「あのぉー!? あたしのこと、無視しないでくれますかぁー!?」
ヘルミナの嘆きの横で、リディアとフェルネは握手を交わした。シオンの目には、その光景がどこか神々しく映っていた。




