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02.森に迷って

 2日後の昼過ぎ、シオンはリディアの元に戻ってきた。


「リディア様、ただいま帰りました」

「お帰りなさい。どうだった?」

「はい。大人が5人いましたので、全員殺しました」

「子供は?」

「いませんでした」

「そう、お疲れ様。シオンは怪我していない?」


 リディアはシオンに近付き、腕をそっと撫でる。


「予想外に抵抗されて、少しだけ傷を負いました。でも、リディア様の治癒薬で治し終わっています」

「……ふむ。相手は強かったの?」

「はい、初めて相手にする武器もあって……。でも、リディア様よりは弱かったです」

「ふふっ。私よりも弱い相手に怪我を負わされるなんて……。もっと訓練が必要ね?」

「はい!」


 シオンは嬉しそうに答えた。訓練が必要ということは、引き続きリディアと時間を共有することができるのだ。


「あとは――しっかりと人間たちの姿を見た? 目に焼き付けることはできた?」

「もちろんです。でも、リディア様以外の人間は初めて見ました」


 その言葉に、リディアはすぐに反応ができなかった。人間の国から追放された彼女にとって、思うところはいろいろあるのだ。


「それで良いのよ。今後もずっと、意識するようにしなさい」

「わかりました、そのようにします」


 そこまで言うと、リディアは両手をポンと叩いた。


「ところで、少し遅かったわね? お風呂を沸かして待っていたんだけど、もう冷めただろうから……温め直してくるわ」

「あの、リディア様」

「うん? なぁに?」


 シオンの言葉に、リディアは足を止めた。


「それ以外に、ご報告がありまして。申し訳ないのですが、外に出て頂けますか?」

「え? 何かあったの?」


 シオンに連れられて外に出ていくと、丸太小屋の近くにはひとりの少女が座っていた。縄でぐるぐる巻きにされており、目いっぱいに涙を浮かべている。


「ひ、ひぃっ!? こここ、こんなところにも人間がっ!?」


 ミントグリーン色の長い髪。それを活かした編み込みが可愛らしく、瞳は琥珀色に輝いている。丈が短めのスカートに、革製のコルセットとブーツ。それを覆うように、大きなマントを着けている。……そして、先の尖った耳が最も特徴的だった。


「あら、エルフじゃない。この子、どうしたの?」

「エルフ……というのは、人間ではないのですか?」

「ええ、違う種族よ」

「帰る途中に、森の中で出くわしたので殺そうと思ったんですが――」


 シオンの言葉に、エルフの少女は身体を震わせた。流す涙もさらに増え、地面にぽたぽた落ちていく。


「……エルフは、殺さないでいいわ」

「それなら良かったです。殺した人間とは何か違うと思ったので、リディア様に判断してもらおうと連れてきました」

「何か違う……って、具体的には?」

「首を絞めたときの感覚が、柔らかくて」

「あたし、そんな理由で生かされたんですか!?」


 シオンの言葉に、エルフの少女がツッコミを入れた。


「ふふっ。何より、きちんと報告、連絡、相談ができて偉いわ。大人でも、できない人が多いからね」

「これも、リディア様が教えてくださったおかげです!」


 リディアはエルフの少女を一瞥してから、シオンに伝える。


「申し訳ないけど、お風呂を温め直して入ってくれる?」

「わかりました。では、そのエルフの処分はお任せします」


 そう言うと、シオンは丸太小屋に入っていった。リディアはそれを笑顔で見送ってから、エルフの少女を改めて見下ろす。


「……あなた、お名前は?」

「は、ひゃぃ! あ、あたしはヘルミナといいま……いえ、申しますッ!!」


 ヘルミナは緊張のあまり、舌を噛んだ。彼女の情けない様子に、リディアの警戒も緩んでしまう。


「ヘルミナ。あなたは何でシオンと出会ったの? 森の奥まで行かないと、出会うことはないはずよ? この森で……何をしていたの?」

「あ、あたしは――……ほ、方向音痴なんです……」

「……は?」


 話を聞けば、ちょうどリディアがこの辺りの結界を解いた直後、そのまま森の中に迷い込んでしまったらしい。今まで認識できなかった広大な土地が、突如として目の前に現れたのだ。方向音痴でなくても、同じ目に遭ってしまうかもしれない。


「だ、だからあたしは、あなたに迷惑を掛ける者ではなくてですね……!? だからどうか、命だけはお助けください……!!」

「ヘルミナは、そもそも何でこの近くにいたの? エルフの集落なんて、この辺りにあったかしら」


 リディアの知識は10年ほど前のものだが、そのときはこの辺りには何も無かったはずだ。長命であるエルフが、そうそう住処を変えるとも考えられない。


「あたしは旅の途中でして……。その、修行の旅……と申しますか」

「なるほど、よくある話ね。うちのシオンも、似たようなものだったから」


 離れていたのは2日とはいえ、リディアはシオンのことを心配していた。ただ、あまりに過保護なのもどうかと思い、努めて気にしないように振る舞っていたのだ。……風呂と食事の準備は除いて、の話ではあるが。


「あ……、あの聡明なお坊ちゃんを育てたのは、リディア様だったんですね! よっ! すごいっ! 教育者の鑑っ!!」

「お世辞を言っても、何も変わらないわよ?」

「ひぃん……」


 気を落とすヘルミナの前で、リディアはどこからともなく短剣を取り出した。刀身は静かに光り、さり気ない装飾がとても美しい。


「さて、ヘルミナはどうしたいのかしら」

「は、刃物を出して聞くことですか!? あああ、あたしはまだ死にたくないですッ! 何でもしますので、お助けくださいッ!?」


 ヘルミナの言葉を聞いて、リディアは短剣で斬りつけた。


「ひいいぃっ!? ――あ、あれ? 切れてない……?」

「あなたは迷い込んできただけなんでしょう? それなら、ここから去りなさい」

「え? い、いいんですか!?」

「用事もなく、居座られる方が迷惑よ」

「あああ、ありがとうございます! この御恩は一生、忘れません!!」


 リディアの言葉に、ヘルミナは感激した。ただ、感激しながらも――リディアとは目を逸らさず、気配に気を配りながら、地面に落ちた弓を拾い上げた。


 同様に、リディアも注意を怠っていなかった。もしもここから、ヘルミナが攻撃に転じるようなことがあれば……短剣のひと振りで、直ちに仕留めるつもりだった。しかし――



 ――ぐうううぅ



 ……突然、そんな低い音がした。


「う……。お腹が……空いた……」

「それじゃ、ね」


 リディアはそう言うと、さっさと丸太小屋に入っていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 リディアが食事の準備を整えていると、シオンが風呂から出てきた。


「リディア様、お風呂を頂きました」

「うん、綺麗になったわね。お腹が空いたでしょう? たくさん作ったから、たくさん食べましょうね」

「はい! ……ところで、先ほどのエルフはどうしましたか?」

「敵意は無さそうだったから、ここから去るように伝えたわ」

「……それにしては、外で気配がしますね……」


 恐らく、空腹で動けないのだろう。

 ……いや。動けはするが、食事を恵んでもらえないか待っているのだろう。図々しいだけなのか、本当に携行食を持っていないのか……。


「この辺りの森も、まだ食べるものは出来ていないだろうしね。……畑を荒らされる前に、何か恵んでおいた方がいいかしら」

「それなら、ここで一緒に食べませんか?」


 シオンの言葉に、リディアは少しだけ考えてから、頷いた。


「そうね。シオンの食べる分は減るけど、大丈夫?」

「リディア様の料理が減るのは残念ですが、量としては大丈夫です」

「ふふっ。また明日、たくさん作ってあげるからね。……それじゃ、今日は入れてあげましょうか」


 リディアが食事の用意に動き、シオンがヘルミナを迎えに行く。僅か5分の間に、ヘルミナは食卓に加わることができた。


「うう……、本当にありがとうございます……。命を助けてくれたばかりでなく、こんなお恵みまで……」


 そう言いながら、ヘルミナは凄まじい勢いで食事を始めた。


「勢い余ってシオンの分まで食べたら、どうなるかは分かっているわね?」

「も、もちろんです! ここからここまで……は、セーフですよね?」

「アウトよ」

「ひぃん!? き、聞いておいてよかった……!!」


 慌てるヘルミナに、少し頭を抱えるリディア。そんなふたりを見て、シオンが少しだけ嬉しそうにした。


「……あら。シオン、どうしたの?」

「いえ……。何だか、賑やかだな……って」

「あはは、ご飯は美味しく食べるのが一番ですよ。リディアさん、本当に美味しいですよ!!」


 ……馴染むのが早い。ヘルミナに対するリディアの印象は、何よりもそこだった。今まではふたりで暮らしてきたが、シオンの教育のためにも、自分以外の誰かがいた方がいいのかもしれない――


「……ねぇ、ヘルミナ。あなた、これから行く当てはあるの?」

「え? うーん、そうですね……具体的には無いんです。まだまだ旅の途中で、故郷に戻るつもりもありませんし……」

「ああ、修行の旅って言ってたものね。……用事が無いなら、しばらくここに滞在してみない?」

「そ、そうですね……? リディアさんのご飯は美味しいし、それもいいかも……?」


 ……食事が美味しいのは確かだが、自分が殺される可能性があったのも確かだった。ただ、ヘルミナの目の前にいる――食卓を一緒に囲むふたりに、今はそんな空気は感じられない。


「それなら決定ね。シオンの話し相手と、森の警護をお願いするわ」

「仕事付きなんですか!?」


 ヘルミナの言葉に、リディアは楽しそうに笑った。


「それはそうよ。働かざる者、食うべからず――だからね?」

「ひぃん……」

「あはは。ヘルミナさん、一緒にリディア様のために働きましょう!」


 笑顔を向けるシオンと、困り顔で食事を続けるヘルミナ。

 そしてリディアは――この土地に、住人を集めるのも面白いかもしれない……そんなことを考えていた。もちろん、敵意や害意を持つ者は要らない。しかし住人が多くなれば、責任は増えるものの、出来ることは桁違いに増えていく。


 この土地を隠していた結界は既に解かれ、内外の往来は自由になった。だからこそ、この場所自体に強い力を持たせなければいけない。それが巡り巡って、自分の目標に繋がっていくかもしれない。


「――決定、ね」


 リディアは目の前のふたりを眺めながら、静かにそう呟いた。

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