第十四話「魔術闘技大会 自由戦『勘違い駄肉男』」
その重い声と足音は背後より近づいてきた。
僕たちがいるのは観客席の最上列だから、もちろんそういうことだってそりゃあるだろう。
だがその近づいてきた男はその駄肉だらけの身体を揺らしながら開口一番に美澄さんへと声をかけ、そしてあろうことか勧誘を始めたのだ。
丁重にお断りする美澄さんに対し引かない駄肉男。
これには横に座る美澄さんのボーイフレンドが黙っていなかった。
雄二は立ち上がり身体の向きを変えると駄肉男と美澄さんの間に立つ。
「どなたか知りませんが、魔術大祭中の魔術師勧誘行為は禁止されてますよ。そういうのは魔術大祭が終わった後に各自の判断で動いてもらうことになってます」
美澄さんを庇うように立ちつつも、雄二は特別語気を強くすることもなく、至って穏便に事情説明をした。
チラリと横目で見れば美澄さんは雄二の背中に心配そうに手を添えている。
実際雄二が言っていることは事実である。
各地より魔術師が多く集まるこの魔術大祭では、それを狙って祭り目的でないスカウトマンが祭りの空気を落とすのを抑止するために魔術大祭中の勧誘行為は一切が禁止となっている。
例外は非魔術師同士の交流や非魔術師にスポンサーになってほしい魔術師が公式イベントでアピールするなど限られた場合だけだ。
一応、姫が僕に行った勧誘(?)も、この公式イベントを用いたアピールという場合に該当する。
姫という魔術師がエスコートイベントを用いて僕という非魔術師を仲間として勧誘した、という形だ。
果たしてこれはアリなのか審議の程が必要かと思われるが、一応ルールに抵触しない範囲の行動ではあるのがいやらしい。
姫がそこまで考えているのかは知らないが。
なにはともあれ公式のルールで決められた禁止事項、それを知ったのなら駄肉男とてこの話はこれで終わりだと思うだろう。
だが背後の駄肉男は汚い声で身体を揺らしながら笑うと、更に一歩僕たちへと……いや、美澄さんへと近づいてきた。
間に立つ雄二は顔を顰めるが、僕はそれによって今まで見ていなかった顔の部分へと目を向けることとなる。
……どこかで見た顔だ。
駄肉男の顔を見て僕が最初に思ったのがそれ。
といってもいったいどこで見ただろうか?
良くも悪くもというか、現状悪くも目立つ特徴をしているからきっと記憶には残ってるんだろう。
駄肉男は美澄さんの前に立つと懐から一枚の名刺を取り出す。
どうやら雄二の存在は完全に無視して、このまま勧誘を続行するようだ。
雄二はその様子にむっとした顔をすると、駄肉男に食って掛かった。
「ちょっとあんた! 魔術大祭での勧誘行為は禁止だって言ってるだろう!? 警備員に突き出すぞ!」
その大きな怒りの声に周囲で静観していた観客たちもそうだそうだと便乗する。
会場より警備の者が走ってきているのも見えるし、今度こそこれで解決か。
結局この駄肉男がどこの誰だか思い出せなかったが、既に興味をなくした僕は試合会場へと視線を戻す。
だがそんな僕の服の袖を横の姫が引っ張ってきた。。
「……京助、あの豚男はきっと警備員では止められないぞ」
姫の言葉にそんなまさかと改めて駄肉男を見る。
普通に駄肉まみれの一般人だ、そもそも魔術師でもないのではないだろうか。
今も性懲りもなく拒絶する美澄さんをいやらしく勧誘し続けているところを見るにスカウトマンの一種ではあるのかもしれないが……もしや権力面とかそういう話だろうか?
姫に視線を戻すと彼女はコクリと頷いた。
「学園でも悪名高い奴でな。巨額の支援をしているスポンサーだからある程度のことは見逃されているんだが……勧誘するときに相手が女と見ると下卑た視線を向けてくるんだ。それで拒絶する学園生は男女問わず多いんだが、それなのに自分に支援をさせろと無理やりでしつこくてな……ボクもあれは本当に嫌いだ」
言いながら僕の身体で身を隠す姫は、言っている自分もまたあの駄肉男の勧誘にあったことがあるのだろう。
そして僕は奇しくも姫のその言葉で彼が何者であるかを思い出した。
何者というか、ただ以前に執行者本部にも来ていたなというそれだけの話なのだが、確かあのときの駄肉男の言動を思い出すと、魔術師や執行者に対するリスペクトはあった気がする。
雰囲気も大分違った。
確かにかなり強引な性格で持ち得る力は権力だろうと使えるなら使うという男だったが、それで実際に彼の支援で羽ばたいた魔術師は少なくないと聞く。
……ボスもあいつは見た目で誤解され過ぎだが、極端な権力の悪用はしないし、権力でごり押すときは裏であまりお勧めできない連中に目を付けられている者を庇う背景があるとか言っていたっけか。
実際あの駄肉男が声をかけると横から勧誘を成功させるのを躊躇われるらしく、そういった手の者たちは駄肉男を警戒して諦めて引いていくのだとか。
つまりこの駄肉男が美澄さんをしつこく勧誘している時間は、勧誘成立のための時間ではなくマーキングのための時間だと……すまない少し嫌な表現を使ったな、牽制と言い直そう。
この駄肉男は自分の容姿も含めて使える〝力〟を自分なりに正しく有効活用しているのか。
だが姫や雄二、美澄さん本人に周囲の観客たち、それに事情を把握していなかったら恐らく僕も……。
これだけの人間に敵意を向けられてもなお、その生き様を変えることをしないとは。
もう駄肉男という適当な呼び名も正直相応しくないが、それでも僕は勘違い駄肉男と呼んでおく。
だってそれは、事情を知る者が彼の生き様に罅を入れるわけにはいかないから。
彼は悪役で。
雄二や美澄さんたちは被害者であらねばならない。
……これもまた、秩序を守るということなのか。
警備の者も到着し、されど権力を振りかざす彼に周囲からの怒りのボルテージも高まっていく。
ここまで彼の中では計画通りで、この先には悪役らしい撤退を見せる予定もあるのだろう。
僕もそれを静観する予定だった。
だがそれよりも前に、僕は周囲の観客の中で中身の入ったドリングボトルを投げようとしている者を見つけてしまう。
だから……。
「──おい」
だから反射で……僕は勘違い駄肉男のほうへと、圧を籠めた声を投げていた。
思いがけず重たい僕の声に、周囲で怒りに震えていた者達が動きを止める。
美澄さんも雄二も横の姫も、そして勘違い駄肉男も、その視線を僕に向けていた。
僕は彼の、勘違い駄肉男の生き様を邪魔したくない、というかできない。
それは同じ秩序を守る者として。
だがだからこそ飲みかけのドリンクを彼にぶちまけられるのは見ていたくなかった。
だから僕も悪役になるのだ。
事情を知りながらも彼を糾弾する、悪役に。
「……僕の顔を覚えているか?」
つまらない。
執行者の権力や力を行使するとき、毎回のようにそう思った。
それが同じ人間に対して行使されるならば、なおの事。
僕の声と顔に勘違い駄肉男ははっとした顔をする。
それは本当に今僕のことに気が付いたのか、それとも僕のやろうとしていることを理解したのか、ともかく彼は急に揉み手になってペコペコと頭を下げだした。
「えぇ! えぇ! これは京助様! 以前ご挨拶させて頂きましたのに、忘れるはずもございません! えぇ! えぇ!」
冷や汗や脂汗をかいて揉み手をする様子はまるで怯えるよう。
でも僕はそれが彼の技術によって行われることで、そうしているのは僕を彼の仲間だと思わせないためだとも知っている。
あぁ、なんてつまらないのだろう。
久しく考えていなかった、執行者が守る秩序の形。
その現実という名の秩序を見て、己の無力さを実感する。
それでもやるしかないのだ。
これが僕の、僕たちが掲げる秩序を守るということなのだ。
僕は落ち着いて口を開く。
「彼女は……美澄さんは僕の友人だから、あまり勧誘しないでくれるかな」
「お、おぉ! これは大変失礼致しました。もちろん、京助様のご友人にしつこく勧誘だなどと、そんな真似をするはずも御座いません! あーでは、朕はこれにて……ご友人たちとの時間を邪魔するわけにもいきませんからなぁ! あーではでは……」
引き際だと思ったのか、勘違い駄肉男がペコペコと頭を下げて去っていく。
ある程度距離が空いたら、重い身体を揺らすように走り出す。
それを見届けた観客たちは、ワッと歓声をあげて僕を称賛する。
横の姫が。
雄二が。
美澄さんが。
ありがとうと口々に礼を述べる。
僕は一言気にするなと返して、内心でこう思った。
現実は本当につまらないな。




