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第八話「秩序を願う者」

 大男と老婆の目が僕と姫を観察するように見つめている。

 いや、正確には大男は姫のことをどんなものかと探るような目で見ているが、チラと僕に向けられた視線はすぐに興味を失ったように離れていった。

 対して老婆はその真逆だ。

 登場から今に至るまで終始僕にしかその目を向けていない。

 視界の端で姫のことはしっかり捉えているのだろうが、目の前のこの老婆は姫を戦力として数えていない。


 ……同じだ。


 相手側の行動をまるで他人事のように見ていたが、よく考えるまでもなく今やっていることは双方が同じだった。

 僕も老婆の出現から大男のことは視界の端で捉える程度でこの老婆からは視線を外していないし。

 対して横の姫が観察しているのは老婆ではなく大男のほうだろう。

 きっと姫は老婆のことを実力者とは……いやそもそも魔術師だとは思っていない。

 それは大男のほうも同様で、きっと僕のことを姫の腰巾着かなにかだと思っているのかもしれない……いや、流石にこれは言い過ぎかもしれないが、まず間違いなくあの視線は僕を舐めている目だった。


 老婆と大男。

 僕と姫。

 両者の間で観察する対象が綺麗にわかれているが……これはおかしな話ではない。


 ただ両者ともが、自分と近い実力者の気配を察知して警戒している……それだけのことなのだ。


 横で大男を観察する姫に、相手に聞こえないように耳打ちする。


「……姫、あの老婆は恐らく……」


 僕が姫に耳打ちすると同時、老婆も大男に対して同じように耳打ちしていた。


「……よく観察なさい。あの少年は恐らく……いえまず間違いなく……」


 向こうもこちら同様小声でなにを言っているのか実際に聞こえたわけではないが……それでも最後のその言葉だけは僕とまったく同じ口の動きだったと断言できる。


「執行者だ」

「執行者よ」


 両者の間に息を飲むような音が聞こえた。


 僕の言葉に驚いたような顔をした姫は、チラとこちらに視線を向けてから老婆を見た。

 同じように大男の視線も姫から僕へと向けられる。


 両者訝しむように沈黙が流れた後……。


 姫は僕の言葉に困惑すら抱いているような顔でこちらを見上げる。

 わかってる、僕の素性も話してなければ相手も老婆だものな。

 だがそこはキラキラエフェクトで「なに言ってるんだい君は?」と爽やかに笑ってほしかったかも。


 大男も隠す素振りもなく「お前まじ?」という顔でこちらを見ている。

 老婆が言うから一応見てるだけというのがありありとわかる表情だな。


 ……なんだか姫と大男を見ていたら警戒が馬鹿らしくなってきたな。

 悍ましい視線を感じたとはいえ、そもそも彼らがやったことは無法者の成敗だろう。

 なぜ執行者の僕がそんな彼らを警戒する目で見なければならないのか?

 思えばあの老婆から感じた悍ましい視線も、拮抗しえる実力者に遭遇して警戒するものだったのかもしれない。

 ただでさえ執行者は数が少ないから、近い実力者を見つけると観察してしまう気持ちは正直僕にもわかる。

 というか今まさに僕があの老婆に向けてやっていたことだった。


 双方緊張の糸が切れたのを感じ取ったのか、大男はふぅと息を吐くと片手を挙げて近づいてきた。


「よ! 流石は魔術師の祭典、魔術大祭だな。あんた……らみたいな強者を見つけて思わず観察しちまったよ。あんたは学園の生徒だろ? 今の学園生はレベル高ぇな!」

「いやいや、貴公……らこそその佇まいだけで他者に格の違いをわからせるとは恐れ入る。ボクもこれでも学園序列一位だから強いほうだと思っていたのだが……自惚れはいけないと気が引き締まったよ。あっはっは!」


 二人揃って一応という感じで複数形にしてくれているが、もちろんのこと言うまでもなく互いが互いの相方を舐めている。

 執行者には魔力とかないし、魔術師からすると気配を探りにくいのかもしれない。

 というかさり気なく姫が学園序列一位とか言ってるの聞こえたんだが?

 本当にどこまでも完璧を追求する娘だな。


 と、僕が姫をもはや諦めの境地で見ているのと同じように、近づいてきた老婆も大男を仕方のない奴だと言いたげな視線で見守っていた。

 僕と老婆、お互いの視線が通じ合うように交差する。


「うちのデカいのが喧しくて申し訳ないわ」

「いえ、こっちの姫もキラキラで視界が忙しいですから」


 僕と老婆は互いに微笑みながら一つ頷いた。

 双方作ったような微笑みなのは執行者という生まれや育ちのせいだろうか。

 そういうところも通じあえるのかと思ったが、そこは老婆も気になったのか、ずばり直球に聞いてくる。


「あなた……執行者でしょう?」

「えぇ……そういうあなたも……いや、現役ではないかもしれませんが、執行者なのでは?」

「ふふ、正解よ。もう引退はしたけれど、これでもまだまだ戦えるつもり」

「おや……その自信があるのなら、なぜ引退を? 僕からしてもあなたは十分以上に実力者だ」


 他愛のない会話のようで、今の言葉は世辞や冗談などではなく本心。

 本当にこの老婆はまだまだ執行者として活躍できるだけの力を秘めているように見えた。

 もちろん一生を執行者として生きるも生きないも個人の自由だけど、先程大男が言っていた言葉……自分たちは秩序を願う者であるというあれを聞いた後だと、この老婆が執行者を引退した理由が少しわからなかったのだ。


 本当に他愛のない会話。

 少し気になったことを聞くだけの、他愛のない質問。


 だが……それを言った瞬間。


 ──僕はまた、あの悍ましい視線を受けることとなった。


 姫たちに向けていた視線をその根源たる老婆のほうへと静かに向ける。


「……隠す素振りも見せないなんて、穏やかじゃないですよ、ご老婆」

「……あらごめんなさい。でもね……わたしはこの選択が間違いだったなんて思ってないのよ。だって……執行者では秩序を維持できないもの」

「…………」


 僕と老婆の視線が交差する。

 それは先程の通じ合うようなものではなく、むしろ逆……わかり合えないとぶつかり合うものだった。


 切れた緊張の糸が再び僕と老婆の間でピンと張らされようとしていると。


「おーい婆さん! そろそろ行かないと皆待ちくたびれちまうぜー!」

「京助! 魔術大祭には自由参加の闘技大会もあってな、もうじき始まるんだ。共に見に行こう!」


 賑やかな二人が会話に満足したのか、横から手を振って近づいてきた。

 こちらの緊張など知らんというその元気な声に、僕と老婆の間で張られつつあった緊張の糸もプツンと切れる。


 お互いに顔を見合わせた僕と老婆は、再び作ったような微笑みを浮かべた。


「またいつか、どこかで会えるといいわね」

「えぇ。こちらも先達から学びたいことは多いですから」


 僕らは軽く頭を下げて、僕と姫、老婆と大男とそれぞれの方向へと進んでいく。

 思いがけない出会いだったけど、姫も大男との会話では得るものがあったというし、決して無意味な時間ではなかったのだろう。


 ただ。


 僕にはこの邂逅が果たして不運なのか幸運なのか……それだけがこのときはまだ、判断がつかなかった。

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