プロローグ6 太郎と絵里香
「あら・・・君達怪我しているんじゃない?」
僕達が振り返ると、少し大人びたように見える女子生徒が立っていた。胸の学校章の色からすると二年生だ。
「あ・・・別に大した事ないっすよ・・・」
銀治君が怪我した腕を自分の後ろに隠しながらそう言う。彼の外見はこんなに恐そうだというのに、その女子生徒は笑顔で一歩一歩と近づいてくる。
「血が出ていたでしょ・・・。見せなさいよ・・・。一年生」
その人の目をみて僕は全身の毛が逆立った。
「ぎ・・・銀治君! あの人の目っ!」
「ま・・・マジっすか!」
その人の目は真っ赤に色づいていた。トマト? ワイン? いや・・・このどす黒い色は・・・血の色だ。嬉しそうに開けた口元から牙がのぞいている。
「こっ・・・これはママから話に聞いていたバンパイアっ! やばいっす、太郎さん! ママはバンパイアとだけは戦っちゃいけないって・・」
銀冶君は逃げ場を探すように首を振る。
「バンパイ・・・。きゅ・・・吸血鬼っ!」
「にげ・・・、あっ! 太郎さん!」
僕は普通の人間だ。銀治君ほどすばやく動けない。逃げようと数センチ体を動かしたところで彼女に捕まった。
「まあ・・・健康そうな人間ね・・・」
まるで大好物でも見るかのような目で彼女は僕の首元を見ている。
「狼パーンチ!」
僕が突風を感じると、彼女は10mほど廊下を滑って行った。しかし、手を使わずに起き上がる。重力を無視した立ち上がり方だ。
「銀治君! 一体どうなってんのぉ! この学校! ・・・とりあえずありがとう」
「俺が言うのもなんっすけど・・・化け物がいっぱいっすね。どういたしまして」
彼女は普通にスタスタと僕達の前に歩いて来ると、その茶色のパーマがかかったロングヘアをかきあげながら口を尖らした。
「化け物って何よ! 私は二年生で大人気の美女、八代絵里香よ! 聞いたこと無いの? って、一年生ならまだ知らないか・・・」
「や・・・八代って・・・」
「次行こうと思っていた人っすね・・・」
僕達は顔を見合わせる。候補に挙がっていた二人とも・・・人間では無い。この学校では変わった人イコール化け物なのだろうか・・・?
「あら、知っていたの? まあ、当然ね。ファンクラブ入る?」
「血・・・血をすわなきゃ・・・入れてもらっても・・・」
僕はそのファンクラブに入れば見逃してもらえるかと思ってそう言ってみた。
「会員の特典はたまに血を吸われる事よ?」
「じゃ・・・遠慮しまーっす!」
僕と銀治君が振り返って駆け出そうとすると、すでに目の前に絵里香さんが回り込んでいた。と・・・とんでもない速さだ。
「お・・・狼・・・きぃーっく!」
しかし今度は、銀治君の右足は音も無く摑まれていた。
[ズドンッ!]
そのまま腹を絵里香さんに蹴り上げられる。その威力で天井に張り付けられていた銀治君は、数秒後に廊下の上に落ちた。
「さあ・・・君から頂きましょうか・・・」
「ひっ・・・・・・・う・・・・」
絵里香さんの指が僕の首元に触れた瞬間に力が抜けた。彼女の顔が段々と僕の首に近づいて来る。少しきつめだが、鼻も高くかなりの美人だ。血を吸われるファンクラブが本当にあるのかどうか分からないが、・・・気持ちは少し分かる・・・かも・・・。
「ワオォ――――――ン!」
犬? より、遥かに迫力があり、空気を震わせるような鳴き声がした。絵里香さんの向こうでは獣人化した銀治君が立ち上がる。
・・・ご丁寧に制服は畳んで廊下の隅に置いてある。いつの間に・・・。そっちのほうが怖いよ銀治君・・・。
「へー。狼男か。初めて見たわ。いるのね、実際に・・・。血はまずそうだけど」
絵里香さんは僕から手を離して銀治君に向き直った。僕は逃げようにも何かをされたようで、体に力がはいらずに廊下にへたり込んでしまう。
「こっちだって同じだぜ! バンパイアなら相手に不足はねぇ!」
「狼男は私と同じで不死族でしょ? 多少では死なないわよね。手加減しないわよ」
「手加減なんかしてたら痛い目にあうぜっ!」
僕の目で追えないくらいのスピードで飛び掛ったのであろう銀治君は、気が付けば絵里香さんによって頭を掴まれ、廊下に叩きつけられていた。床が砕けて破片が飛び散る。
「い・・・いでぇ!」
金属バットで殴られてもなんとも無かった銀治君だったが、さすがに顔をあげると額から出血していた。
「ほらぁ!」
その顔を、絵里香さんは華麗なフォームで蹴り上げる。銀治君はでんぐり返しを無数に繰り返しながら廊下を転がる。
「て・・・テコンドー?」
テレビで見た事がある蹴り方だ。そうつぶやいた僕の顔をみて絵里香さんは優しく微笑む。
「よく知っているわね。バンパイアだからってかっこ悪く爪や牙を立てて襲い掛かるなんてダサいでしょ? だから私は小さな頃からこれを習ったの。華麗に襲えると思わない? ねっ?」
とてつもなく恐ろしいことを彼女は言っているというのに、その笑顔に僕は顔を赤くしてしまった。




