プロローグ4 太郎と狼男
「いやぁ、俺って友達が出来ないと思ってたのに・・・。太郎さんが仲良くしてくれて嬉しいっすよー」
僕達は部室を後にし、二人で河原の土手を歩きながら駅へと向かう。僕もほんの数時間前までは彼と話をする自分なんて想像出来なかった。例えるならライオンとウサギが二匹で歩いているといった感じだろうか・・・。
(いや・・・ひょっとして銀治君は見かけだけで弱いんじゃないだろうか? 朱魅さんに少し懲らしめられ、恥ずかしさのあまり改心した。・・・こんなごつい体の彼が女の子に負けたなんて信じられないけど・・・まさか?)
僕は次第にそう考え始めた。もちろん、だからといって彼をバカにしたりはしないが、実はそんな展開があった、と、漫画ならあるパターンだ。
「どんな部員集めましょうか? やっぱ悪者をやっつけるときに戦力になる強そうな奴にします? まあ、よく考えればどんな悪人だって俺がいればあっという間にのしちゃいますけどね! あはは!」
・・・? 銀治君は特に自信を失っている様子では無い。それとも、ただの虚勢なのだろうか・・・? そんな僕の目に河原で動く制服姿の人達が目に入った。
「あれ・・・? 何しているんだろ?」
少し離れた所だが、声も聞こえてくる。怒声のような・・・まあ穏やかな感じではなさそうだ。
「襟の校章の色からして、うちの高校の二年ですね。相手は・・・あの制服どこっすかねー? 他校の生徒みたいっすね。どうします? 見に行ってみます?」
「この距離で校章の色見えたの?」
その人たちとは50mはゆうに離れている。その襟についているバッチの色まで見分けるなんて・・・。銀治君って・・・アフリカ育ち? 彼は行きたくてたまらないようで首を伸ばしながら嬉しそうに見入っている。
「ケンカっすよ! ケンカ!」
僕には何をしているかわからないが、銀冶君の視力だとはっきり見えているようだ。
「えっ? 喧嘩? ウチの生徒なんでしょ、止めなきゃ!」
僕達は土手を走って降りて近づく。
草むらの影では、5人の生徒が倒れたり尻餅をついたりしていた。全て大谷高校の生徒だ。そのそばに立っている3人は、いずれも悪そうな顔をしている。制服はブレザーではなく詰襟型学生服。通称『学ラン』。この辺りでこの制服と言うと・・・、川を挟んだ向こう側にある、少し偏差値が低い学校の・・・『川西高校』の生徒だ。
転んでいる二年生はおそらく大谷高校のヤンキー気取りの先輩なんだろう。少し髪の毛を染めたりだらしなく制服を着たりしている。しかし、所詮は偏差値の高い学校で不良っぽい部類に入っているだけの生徒。それに対して、川西高校の生徒は三人とは言え、鼻や唇にピアスをし、本職さながらの目つきをしている方々だ。おまけに一人は金属バットまで持参している。
もちろん、河原で素振りをするために持っている訳では無い事は断っておきたい。
「あの・・喧嘩は良くないと・・」
「なぁーに先輩達。負けちゃったの? ・・・ダサッ!」
僕のセリフを遮って、銀治君は嬉しそうに同じ高校の二年生に向かって言う。その目は爛々と輝き、朝の狂犬振りを思わす。
「銀治君・・・。そんな言い方は・・・(君も女の子に負けるくらい弱いんだから・・・)」
「あー。そうっすね。一応、ウチの先輩達なんだから・・・助けないとって事っすね」
僕に向かって一度うなずくと、銀治君は極悪・凶悪・殺人鬼(僕の主観)のような川西高校の三人に向き直って笑いながら言う。
「お前ら、川より東側は俺の縄張りなんだから勝手な事するなよな」
「はぁ? 大谷のおぼっちゃん達、それも一年が何偉そうな事行ってんだぁ、コラァ」
感心するほどのベタなセリフだ。とか僕は思いつつ、辺りを見回す。この川沿いの道は人通りが少なく、大人の姿は見えない。
「銀治君・・・。あまり煽らない方が・・・(僕を戦力に考えないでね)」
「大丈夫っすよぉ。こんなガキ共なんて・・」
「誰がガキだぁ!」
[バキッ]
川西高校の生徒の一人が金属バットを銀治君に向かって振った。それは頭を捉え、銀治君は前のめりに倒れた。
「ぎ・・・銀治君!」
「ギャハハ! ざ・・・ざまあ見やがれ」
そう言いながらも、彼らは少しやりすぎたかというような顔をして後ずさった。
「何をするんだ! バットで殴るなんてひどいじゃないかっ!」
僕は知り合ったばかりとは言え、先ほどまで楽しく歩いていたクラスメートが倒れたことでカッとなって飛び掛った。
「う・・・うるせぇよ!」
銀治君をバットで殴った人だったが、さすがにこれ以上バットは使えないと思ったのか、僕に対しては左手で殴ってきた。それでも喧嘩などをした事が無い僕には十分な威力で、仰向けに倒れる。あごに今まで味わったことの無いような感覚の痛みがする。
「太郎さんに何してんだぁ・・・こらぁ・・・」
少し体を起こして見ると、銀治君が立ち上がっていた。頭からはまったく出血のようなものは無く、首をコキコキと左右に鳴らしている。
「・・・・喰われてえのかぁ?」
僕は目を疑った。銀治君の顔が銀色の毛で覆われていく。口が突き出し、耳が立ち上がり・・・まるで犬・・・、いや、狼のようだ。
「ひっ・・・ば・・・化け物っ!」
川西の生徒が金属バットを銀治君に投げつけた。それを軽々と口にくわえ、悠々と口を閉じる。銀治君の口の隙間で金属バットはひしゃげ、ぐにゃぐにゃになった。青い瞳を輝かせながらそれを吐き出すと、金属で出来た棒には無数の牙で開けられた穴が見えた。
「た・・・助けてぇぇぇぇー」
川西の悪そうな生徒だったが、涙を流しよだれをたらし、何度か転びながら逃げ出した。もちろん、大谷高校の先輩達も声にならない悲鳴を上げながら逆方向へ逃げていく。
「ぎ・・・銀治君・・・なの?」
僕ももちろん逃げ出したかったが、あごを殴られたからか体が自由に動かなかった。そんな僕の手を引き、体を立たせると、狼は青い目を僕に向けながら笑った。
「危ない、あぶない。もうちょっとで完全体になるとこっすよ。制服を破いちゃうとママに殺されちゃうんで・・・」
「・・・ママ?」
銀治君はその風貌に似合わず、母親の事を『ママ』と呼ぶのか・・・。もしかして・・・マザコン? ・・・いや、今ここで重要なことはそれでは無いだろう。彼の姿だ。それに・・・『完全体』ってなんだ?
「いやぁ。ウチは結構貧しくてですね、この学校に俺を通わすためにママはものすごく頑張っていて頭があがらんのですよ。まあそれだけじゃなくて、力もママにまったく及ばないんっすけどね・・・。メチャ凶悪っすよ、ウチのママは・・・」
気が付けば銀治君の顔は先ほどのように、・・・えっと、普通の人間のようになっていた。僕は目を何度かこする。ひょっとして・・・ただの錯覚? 銀治君を恐れるあまりそう見えたとか・・・?
「あ・・・。錯覚とか今思ってます? 気のせいじゃないっすよ。俺って狼男ですから!」
「・・・へっ?」
銀治君は使い物にならなくなった金属バットを拾い上げ「これ金属として買い取ってくれるかなぁ」って言いながら首を傾げている。ゴミを片付け、リサイクルを考えたり、部のために換金を考えていたりするようだ。立派だなぁ。・・・って、だからそっちじゃない! 今・・・。あまり聞いた事のないすごい話をカミングアウトされたような・・・。
「おおかみ・・男? って・・・。あの物語の?」
「物語じゃないっすよ! 実際にいますよ! 俺はここに! 言っておきますけど、銀の弾を心臓に打ち込まれなきゃ、そうそう俺は死なないから超使える奴っすよ!」
「そ・・・そう? ・・・強いんだね・・・」
ここで僕の頭の回路は焼き切れてしまった。何事も無かったように銀治君と今まで通り話をし、駅で別れて帰った。
「狼男ぉぉぉ! マジでぇ?」
翌日の朝方、起きたとたん叫んだ僕の声は隣三間に聞こえたと言う・・・。