プロローグ3 太郎と小里
「帰り、付き合えよ・・・。田中!」
記念すべき僕の初会話は・・・僕に合いそうどころか、対極に位置する彼、大神銀冶君だった・・・。
「ちょ・・・ちょっと待ってよ! 僕がそれを投げた訳じゃ・・・」
「ほぉー。ボールペンが飛んできたって事を知っているってわけか・・・」
大神君を見て、胸の前で手を振りながら訳を話そうとする僕だが、順を追って説明が出来なかったせいか余計疑いを深めてしまった。彼が僕の肩を掴んでくる力はまさに万力がごとくだ。と言うか、僕の体は彼の腕一本で宙に浮かんでいる。・・・えっ! 普通のヤンキーってこんなに力持ちなの? 大神君は親切な事に僕のカバンを手にとって教室の外へ向かう。
「田中君・・・ですか?」
僕と、僕を掴んでいる大男を見上げる小さな子がドアの前で話しかけてきた。
その子はとても小柄で、身長は150cmに完全に届いていないだろう。髪は真っ直ぐで綺麗な黒髪が肩のところでそろえられている。前髪も一直線だ。かわいらしい和人形のようである。ブレザーよりも着物を着ているほうが似合うかもしれない。
「んだよ! 今忙しいんだよ!」
僕に代わって大神君が答える。大声を出されて身を震わしたその少女は僕達に向かって涙を浮かべた。
「・・・悪い。それで・・・なんだよ」
大神君もこんな小さな子の涙には弱いようで、気まずそうに言い直した。
「・・・朱魅さんが部室まで連れて来るように私に言ったのです・・・」
「朱魅さんが?」
僕がそう聞き返すと、その子はこっくりと頷く。
「申し遅れました。私の名前は三河小里です。同じクラスなので仲良くしてくださいです」
少女はペコリと頭を下げた。どこかで見た事があると思っていた。同じクラスの女子だったのか。まだ入学式と始業式を終えただけなので、同じクラスといえども名前はもちろんの事、顔も全員覚えていない。大神君はこの子の事を覚えていたのか、それともそんな事には興味が無いのか、特に表情を変えていない。
小里ちゃんは照れることなく僕と手をつなぎ、弱い力で引っ張って歩く。僕はもちろん公衆の面前で女子と手をつないで歩いているので顔は真っ赤だ。それは、依然僕と肩を組んで歩いている肉食獣の恐怖をも凌駕している。
北校舎の三階まで僕たちは歩いてくると、同人部の前で小里ちゃんは足を止めた。すぐ隣が昨日僕と朱魅さんが作った『トレハン部』の部室のようだ。もうすでに手書きの張り紙が扉に張ってある。
「私、こっちの部ですので・・・。それじゃまたです・・・」
小里ちゃんは昨日のうちに入部をしたのか、『同人部』の部室に入っていった。・・・いったいどんな活動をしているのやら・・・。
「太郎、来たか。入って来い!」
トレハン部の教室からなじみの声が聞こえてきた。もちろん、部長の朱魅さんの声だ。
大神君は文化部の校舎が物珍しいのか、きょろきょろとしている。僕は、男として「朱魅さんがボールペンを投げたんだ。僕は関係ない」とはまさか言えないが、朱魅さんが説明してくれれば少しは大神君の怒りも収まるかもしれないと思い、部室となっている教室のドアをすばやく開けた。
中はがらんとしており、中央に椅子が一つ・・・。いや、玉座と呼べるような立派な椅子が一つあり、そこに朱魅さんが腰掛けていた。
「おお、そいつも連れてきたのか! 私がボールペンを投げつけたからきっかけが出来、友達になれたのか?」
彼女はまったく臆す様子もなくそう言った。
「なに? お前がペンを投げつけたのかっ!」
大神君は僕を掴んでいた手を離し、教室の中へズカズカと入っていった。
「そうだ。お前は役に立つような気がしたからな。太郎はひ弱そうだから、お前が雑用をやってくれ! 入部を許可する!」
またもや強制的に入部させられた人がいる。その部員二号は大神銀冶君。彼は「わーい、ありがとー」と喜ぶ様子も当然なく、僕にまで聞こえてくる歯軋りをさせている。
「いい度胸しているな・・・。おい太郎! お前ドアをしめて教室の外で見張ってろ! 誰も近づけるなよ!」
下の名前で呼ぶのは友達の証拠。僕は入学二日目にして、そんな友達を二人も作ってしまったようだ・・・。
「大神君・・・。そんな・・・女の子に・・・」
「ちょっとビビらせるだけだ! 外に出てろっ!」
「なんだ? 少しこの犬っころには調教が必要かもしれんな。太郎、人に見られないようにドアを閉めていろ」
朱魅さんは目の前に立っている大神君を一瞥すると、僕に向かって手をひらひらさせて外に出ていろと言う様に合図をする。
「そんな事言われても・・・」
と、そのとき不思議な事が起きた。僕の体は中からの強い風圧でも受けたかのように教室の外に押し出され、目の前で勝手にドアが閉まった。驚いた僕だったが、朱魅さんが気にかかり、ドアを開けようと手に力を入れたが、まるで鍵がかかったかのように開かない。
[ズドーン!]
校舎が揺れたんじゃないかと思うほど大きな音だった。それに続き、「ガシャーン」とガラスの割れる音、床や天井に物が叩きつけられているような音が何度も聞こえる。
「お・・・大神君! 何やってんの! やりすぎだよっ!」
全力で僕はドアを横に引っ張るが、やはり開く気配がない。しかし、誰かの悲鳴が聞こえたかと思うと、自動でゆっくりと開いた。
「朱魅さん! だいじょう・・・ぶ・・・。・・・・あれ?」
慌てて僕が教室に踏み込んでみると、彼女はにこやかに玉座に座っていた。それに、部室は散らかった様子もなく、ガラスも一枚も割れてなどいない。天井を見上げても、蛍光灯が砕け散ったような跡もない。あの音は一体・・・?
僕は大神君の姿が無い事に気が付いた。部屋をゆっくり見まわして見ると・・・、その片隅にぼろ雑巾のように転がっている物が見える。
「何これ・・・。・・・・って! 大神君! どうしたのっ!」
近づいてみるとそれは完全に気を失った彼だった。目は漫画のように渦巻いている。
「立て!」
朱魅さんがそう言うと、意識が無かったはずの大神君が立ち上がり頭を下げる。
「お前はこれから平部員一号だ。副部長の太郎に逆らってはダメだぞ!」
「太郎さん! ボールペンお返しします」
大神君は自分の服でごしごしとペンを拭くと、両手に乗せて僕にそれを返してくる。
「大神君・・・何があったの・・・?」
「銀治でいいっすよ!」
「じゃあ・・・銀治君よろしくね・・・」
彼の身に何が起こったのか判断付きかねるが、朱魅さんに忠誠を誓ったようだ。それに伴い、副部長の僕にも敬意を払うことになったみたいだ。
これで・・・ひょっとすると、僕はこれから彼に怯える事無く高校生活を送れるのではないか? ・・・そんな気がする。
だけど、もし・・・僕がこの部を辞めたなら・・・僕と朱魅さんの繋がりは切れ、これからの一年間、同じクラス、同じ檻の中の肉食獣と草食獣の関係に戻る? この部活にいれば彼とはこのまま平穏な時を過ごせそうな気が・・・、いや、困った時には助けてくれさえするような気がする・・・。
楽しい他の部活に入り肉食獣に怯えるのと、変な部活に入り銀治君と仲良くするのでは・・・。ひょっとしたら高校三年間を通じてみると後者の方が良いのかもしれない。それに、訳の分からない部活と言えども・・・もしかしたら楽しいかもしれないし・・・。
僕がそんな事を考えているほんの1~2分の間に、銀治君はいつの間にか姿を消していて、気が付いた時には飲み物を買って来ていた。それを笑顔で朱魅さんと僕に差し出してくる。
「あ・・・ありがとう・・・」
不思議だ。どうなっているんだ? どうして彼は僅かな時間で飲み物を買って来れたんだ? ジュースはちゃんと冷えている。これを買ってくるには食堂の自動販売機まで行かなければいけない。
僕ならどんなに廊下を全力で走っても往復3分、買うのに30秒かかるはずだ。彼はどうしてこんな短時間で飲み物を入手出来たのだろう?
不思議ついでに思い出したが、先ほど教室の中で物が割れたりする音がしたのも一体何だったんだ? なぜあんな激しい音がしたというのに、何も教室に変化は無いのだ? もちろん、録音して出したような音と、実際した音との区別はいくらなんでも僕にも付く。間違いなく、あれはすぐ近くで物が割れた音のはずだ・・・けど・・・?
「では本日の議題。トレハン部のトレジャーとは財宝の意味ではなく、もっと広義で価値あるもの、つまり基本『お金』として話を進める。どうやってお金を儲けるか・・・だ。いい案を出してくれ!」
僕の中にはいろいろ突っ込みどころや気になる事があると言うのに、朱魅さんは何事も無かったかのように玉座から声を出す。その姿はまるでどこぞの王のようだ。僕と銀冶君は教室の床に座布団を敷き、座って王を見上げる。
「はーい! はーい!」
銀治君はまるで小学一年生のように手を上げて声を出す。尻尾があれば振っているかのような様子だ。
「では銀治、答えろ!」
「空き缶を集めるってのはどうっすか? アルミを持っていくとお金をくれるし、町も綺麗になる。近くの河原に結構落ちていましたよ」
銀冶君は言い終わった後、鼻を膨らましながらまた座る。
「なるほど、それはいい案だ! やるな銀治。太郎は何か無いか?」
朱魅さんは銀治君を見ながら感心した後、僕にも意見を求める。僕は銀治君の話で一つ思い付いた事があった。
「・・・すみません。お金にはならないかもしれませんが・・・。思い出したんですけど、近くの山でどこかの業者による不法投棄が頻繁に起こっているらしいんですよ。ゴミだけじゃなく、環境を汚染するような物質まで。そう言うのを・・・何とかしたいですよね・・・」
僕は議題から外れていると分かっているので、最後の方は消え去りそうな声になった。
「なるほど。確かに一見お金にはならんな。しかし、悪い奴を捕まえると言う事は良い事だ。それに伴い、・・・もしかするとどこからか多額な報酬が転がり込んで来る可能性もある。採用!」
「さすが太郎さん!」
銀治君は僕に向かって拍手をする。一体彼は先ほどの狂犬ぶりからどうしてこんなに変わってしまったのか・・・? もはや飼い犬のようだ。
それに・・・、朱魅さんが言った多額な報酬って? 僕はもちろんそんな事を考えて言った訳じゃなかったし、いくら考えても感謝こそされるかもしれないが、お金が入るようには思えない。朱魅さんの考えは相変わらず掴み所が無いと言うか、少し理解に苦しむ。
結局、部活動にうつりたいが、どうも三人では締まらない。その日の結論は、『人が足りないのでもう少し部員を増やす』と言う事になった。その後、部の活動(主に金儲け)に入ると言う流れになりそうだ。




