太郎は太郎4
僕は涙を流しながら立ち上がろうとした。しかし、立ち上がれなかった。手で地面を押すところまでは出来るのだが・・・、その先が出来ない。自分の下半身に目を向けた時、強い痛みと共に吐き気が襲ってきた。
「あああ・・・足が・・・」
僕の足は炭のようになり、体を動かすと崩れていった。足の付け根からダメなようで、とても歩けるような感じではない。焼けたせいなのか、出血こそは無いが・・・もう終わりだと思った。
僕は大げさなため息を付くと、仰向けに寝転がった。そこへ大きな影が現れた。竜ではない、そこまでは大きく無かった。
「銀冶君・・・大丈夫だったの・・・? 僕は放って置いて・・・早く逃げて!」
「太郎さん! それくらい唾つけときゃすぐ治るっすよ!」
いつものように元気良くそう言ってくれるが、銀冶君の笑顔は無理やり感があふれ出ている。
「はは・・・。銀冶君や絵里香さんと一緒にしないでよ・・・。あ・・・でも絵里香さんは・・・。はっ! 銀冶君! 後ろっ!」
竜の目と口が光る。銀冶君は後ろも見ずに僕を小脇に抱えると、超スピードで教室へ向かって走った。
「美沙ぁ! 太郎さんを・・・・うぉぉぉ!」
僕の視界は真っ赤になる。次の瞬間、宙を飛んでいるのを感じた。そんな僕の目に映ったのは、火炎の直撃を受けながら僕を守ってくれ、僕を投げ出した銀冶君だった。
「頼ん・・」
彼の言葉の途中に、あまりの熱で僕は目をつぶる。そして次に目を開けた時、僕の目に映ったのは、僕の下半身と同じく炭となった物だった・・・・。
「銀冶・・・くん・・・」
美沙さんに受け止められた僕は、腕を必死に親友に向かって伸ばす。しかし、例え届いたとしても、もうその手に銀冶君のふさふさの体は感じる事は無かっただろう。
「手に負えん。逃げるぞ太郎」
涙で視界が歪む僕に顔を寄せて美沙さんはそう言った。しかし、美沙さんは人間世界の教室へ向かわず、その場で足を止めたままだった。
「・・・・・朱魅」
美沙さんが見ているのは、教室の扉を開けて入ってきたメイド。朱魅さんだった。今まで朱魅さんが怒っているところを見た事が無かったけど・・・これが最初で・・・、そして最後になるだろう。
「なんだあれは。あのトカゲが太郎に怪我をさせたのか? せっかく・・・楽しかった世界だったのに・・・」
楽しかった世界? 僕がいて楽しかったと言ってくれていると取って良いのだろうか? 相変わらず少し場面のずれた朱魅さん節で、僕は痛みを忘れて笑顔になった。
「朱魅! 奴はブラックドラゴンだ! 魔界で忌み嫌われているだけじゃなく、力も最も強くて・・・・・・っ! フライウォール!」
また新たに炎を吐いてきた竜だったが、美沙さんがハエを集めて黒い壁を作った。どこからとも無く大量に湧き出てくるハエだが、あっという間に燃やされて壁がどんどん薄くなっていっているようだ。
「もういい、美沙。・・・・トカゲが調子にのるなよ」
「朱魅・・・」
朱魅さんはつかつかと歩き、ハエの壁のすぐ後ろに立った。壁はもう消え去る寸前で、すぐにでも朱魅さんに届きそうだ。
「しゅ・・・朱魅さんっ! 危ないよ!」
僕は力の入らなくなったお腹からではなく、喉から振り絞って小さな声だけど叫んだ。次の瞬間、朱魅さんはいつものように指をパチンと鳴らした。
「・・・・え?」
ハエは全て燃え尽きたようだった。しかし、それを突き抜けてくると思われた火炎も消えた。朱魅さんが時空を操る能力で、途中の空間でも消し去ったか切り取ったのだろうか・・・?
「トカゲ、お前も消えろ」
そう朱魅さんは言いながら、また指を鳴らすと・・・・いつの間にか竜の姿は無かった。美沙さんはあっけにとられた顔をしながら、僕を教室の机の上にそっと横たえた。僕を見下ろしている美沙さんの隣に朱魅さんもすぐに来てくれた。
「朱魅さん・・・あれを空間ごと消し去った・・・の?」
僕の質問に、朱魅さんはいつもの笑顔、いつもの様子で答えてくれる。
「・・・・そうだなっ。・・・今回は・・・奴の存在自体を消し去ったのだ!」
「・・・存在を?」
「まあな! 実は・・・私は何でも出来るのだっ!」
「・・・なんでも? ・・・時空に関する事なら何でもって事かな・・・?」
「いや、すべての物事、なんでもだ。なんせ私は神様だからな!」
「神様? 時空・・・神。時空神みたいな? それともオーディーンさんみたいにどこかの神様? ゼウスとか・・・」
「惜しいな。私はラクシュミだ。またの名をビシュヌとも言う!」
「ラクシュミ・・・ってどこかで聞いたことあるかな・・・。ん? ああ、それで・・・ラク・・・朱魅。朱魅さんなんだ・・・」
僕の意識は次第に遠くなってきた。やはり下半身を無くしてしまったら・・・死んでしまうみたいだ。とてもこれから病院にいっても間に合わない事は本能的に感じる。
「き・・・君がビシュヌかっ! 維持神ビシュヌ!」
朱魅さんと美沙さんの後ろにオーディーンさんがいつの間にか立っていた。
「オーディーンおじ様、お知り合いですの?」
美沙さんも朱魅さんの正体は知らなかったようで、同じ神族のオーディーンさんに尋ねている。
「知り合い・・・とかではもちろん無い! ビシュヌ様といえばおじさんよりも遥かに格上の神様なんだ。格上と言うか、世界を作った三大神、創造神ブラフマー、維持神ビシュヌ、破壊神シヴァのうちの一人なんだぞっ! 維持神とは、現在の世界をまかされている最高神だ!」
「任されていると言うか、ブラフマーの爺様とシヴァおじさんが慰安旅行だから、無理やり押し付けられているだけだぞっ!」
なぜかそこで朱魅さんは胸を張って言う。まだまだ続く・・・朱魅節だ。
「最高神? なら太郎を治してあげたら? どんな事でも出来るんでしょ?」
僕は薄れ行く意識の中で、僕の体の事を心配してくれる美沙さんに驚いた。いつものイメージなら、クールにお別れを言いそうなのに・・・。
「僕よりも・・・銀冶君達を・・・」
僕のかすれた声は届いたはずだが、朱魅さんはうつむく。
「それが・・・。銀冶達や絵里香は・・・・。いや、それより・・・太郎は・・・」
僕はそうそううまい事は無いと心の中で笑った。
「そう・・・だよね。神様といえども、人の命は自由にならないってやつだよね・・・。それじゃあ・・・朱魅さん・・・美沙さん・・・さようなら・・・。小里ちゃんにもよろしく・・・。他にも・・・会長さんや・・・雪奈さんにも・・・」
自分の命が燃え尽きていくのを感じる。僕が目をつぶると、朱魅さんが慌てたように叫んだ。
「違うぞっ! 太郎! お前は特別なんだっ! 生きたいと願え! この世界が続くと望め! そうすれば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
朱魅さんの張りのある声を聞きながら僕は深い底へ落ちて行った・・・。
思い返せば・・・この半年ほど、すごく楽しかった。中学生の時のように、同じ毎日を繰り返すものではなく・・・。いや、高校生になってからは同じ日が来たらホッとするのにと思いながら奇想天外な毎日。どういう訳か僕の入った高校はモンスタースクール。あげく、隣の高校もそれが普通のようにモンスターがいた。
不法投棄をしていた悪者と闘い、浜辺に現れた妖怪と戦い、最後には魔界のドラゴンと戦う。どうして僕の高校生活はこんなだったんだろう。でも、後悔なんてしていない。太く短く、熱く楽しんだ。
・・・望み? 望め? 朱魅さんはそう言った。僕の・・・望みと言えば・・・。このメンバーで続く高校生活だろう。2年生、3年生・・・と、まだまだ楽しめる。
銀冶君のママはまだ見ていないし、絵里香さんのボリュームある水着姿ももう一度見てみたい。小里ちゃんの持っている武器も謎だし、美沙さんの魔界にあるお城にも行ってみたい。他にも・・・他にも・・・・。朱魅さんの笑顔もいつも見ていたいし・・・。
でも、どうして僕を部活に誘ってくれたんだろう。
どうして・・・この人並みはずれ過ぎた中に僕がいるんだろう。
僕だけが普通でみんなは特別。
待てよ、朱魅さんは最期に言った。
僕は特別。太郎は特別。
もしかして・・・僕は・・・・もしかして・・・・・・僕も・・・・・・
「はっ!」
・・・・机の上で僕は目を覚ました。いつもの変わりない教室。周りには・・・いつものようにみんながいた。玉座に座っている朱魅さん、絵里香さん、美沙さん。窓際の席で漫画を描いている小里ちゃん。絵里香さんの投げたボールを追っている銀冶君。・・・いつもの部室だ。
なんてね。死ぬ間際に見た幻想。
でも・・・戻りたい・・・。もっと続けばよかったのに。あの・・・『楽しい世界が』。・・・あれ? そう言えば・・・朱魅さんも言っていたな。『せっかくの楽しい世界が』だったかな。何か意味があるのかな? うん、世界最強になった『トレハン部』だけど、まだまだ続いてもいいと思う。次は・・・・、
宇宙にでもみんなで行ってみるかっ!
・・・とか言ったりして・・・




