太郎は太郎3
「や・・・やばいっすよ! 太郎さん! あれは強いっすよ! 俺のパパが本気で怒った時と同じくらい・・・、いや、それ以上の力を感じます!」
銀冶君の体毛はすべて逆立っていた。人間界にいるどんな猛獣も銀冶君を見れば恐れると言うのに、今度は逆に銀冶君が完全にビビっている。・・・しっぽも完璧に垂れている。
「に・・・逃げよう!」
「な・・・なんで魔界の入り口にあんな化け物が・・・。もしかして、さっきのトラがペットで、その散歩中だったとか・・・?」
僕達は一目散に丘の上にある魔界と繋がる教室へ向かう。しかし、僕の頭には疑問が浮かぶ。
「きょ・・・教室とここが繋がっている訳だから・・・、あの竜が教室に入ってくる・・・って事ないよね?」
「きっと入ってきますよ! 奴なら狭い入り口をこじ開けて体をあっちに入れてくるかもしれません! 学校も出て出来るだけ遠くに逃げないとっ!」
「そっ・・・そんな・・・・。学校がめちゃくちゃに・・・」
「朱魅になんとか空間を閉じてもらうしかないんっすけど・・・。さっき生徒会長に指導だって生徒会室に連れられていっちゃいました!」
「えぇっ! こんな時にっ?」
頼みの綱の時空を操る魔人、朱魅さんは耳を引っ張られて(僕の想像)会長さんに引っ張られて行ったという。
「絵里香ぁ! 絵里香ぁ!」
隣を走る僕の鼓膜が破れそうなほどの大声を銀冶君はその大きな口から出す。少し先にある教室の扉が開き、めんどくさそうな顔で絵里香さんが顔を見せた。
「うっさいわね。何よ、銀冶」
「お客さん、三名お帰りぃ!」
銀冶君は軽々と担いでいた高校生三人を放り投げた。彼らは一直線に教室の中へ飛び込み、絵里香さんに抱えられた。
「何こいつら。さっきお化け屋敷クリアしたらパンツ見せろとか言ってた奴らじゃない。気絶しちゃって・・・」
バカにしたように笑い、絵里香さんは顔を上げた。しかし、僕達の後ろに見える物を見つけると、とたんに笑顔が消えた。
「・・・・って、ちょっとぉ! あんた達何連れてきてんのよっ!」
次の瞬間、地響きがした。走りながら振り返ると、竜は岩山から飛んで降りて来ており、僕達のすぐ後ろに着地をしていた。大きさはやはり、ビル一つと同じくらいだ。
「絵里香おねえさまぁ! 何とかしてぇぇぇぇ!」
銀冶君が冗談半分、本気半分でそう叫ぶ。絵里香さんは手早く教室のドアを開けると、廊下に高校生達を投げ出した。
「教室に近づけんじゃないわよ! 学校が大変な事になるよ! 今日はただでさえ、学園祭で人が大量にいるのにっ!」
「そんな事言ったって、勝てる気しねぇよぉ!」
「私だってしないわよっ!」
そういいながらも、二人は肩を並べて教室の前に立ちふさがる。
「太郎さん! 正直・・・俺達じゃ無理っす! 廊下にいる美沙を呼んできてくださいっ!」
「っ! ・・・・けど・・・・」
僕が何の役にも立たない事はわかっている。でも、二人から目を離した瞬間・・・もう二度と会えないような気がしてこの場を動けなかった。
―フッ―
何かが目の前を横切ったような気がした。そして、銀冶君が消えたのに気が付いたのと、突風が吹いてくるのは同時だった。
「ぐわぁぁぁ・・・・」
声の聞こえた右側を見ると、遥か遠くを銀冶君が転がっていく。竜はいつの間にか僕達に背を向けており、こちらを向き直った。・・・おそらく、尻尾の一撃で銀冶君を吹き飛ばしたんだと思う。威力は相当で、地面に伏した銀冶君が動く気配が無い。
「上等じゃない。トカゲのお化けが・・・調子乗っちゃって!」
絵里香さんのメイド服、その背中を突き破ってコウモリのような羽が二枚現れた。瞳も真っ赤になり、口が大きく裂けていく。
「久しぶりに全力で戦っちゃうわよっ!」
「えっ・・・。絵里香さん・・・今は夜じゃないのに・・・どうして・・・」
絵里香さんは吸血鬼だが、昼も太陽など恐れず生活できる。しかし、やはり夜のほうが調子が良いようで、この空が飛べるバンパイアモードは暗くなってからしか出来ないはずだと思ったけど・・・。
「ここは魔界。魔界に昼も夜も無いのよ!」
そう良いながら羽を羽ばたかせて飛び上がる。だけれど、竜と絵里香さんは・・・まるで人間とトンボ。勝てるようには見えない。
「きゃぁっ!」
ドラゴンが軽々と振った巨大な腕にかすって絵里香さんはきりもみ状態で岩山にぶつかる。
「絵里香さん! 腕がっ!」
彼女のだらりと下げた腕から血が大量に流れ落ちている。
「超再生! 減った血は利子つけて後で吸ってやるからねっ!」
銀冶君は受けたダメージも化け物特有のスピードで回復する。絵里香さんは更に上で、腕の一本や二本などなくなっても、ほぼ瞬時に再生できると言う。今回もあっという間に血が止まり、腕の傷も見えなくなった。
「メイド服・・・の恨み!」
絵里香さんは再び竜の周りを回りながら得意のテコンドーキックや爪で攻撃を加える。しかし、大してダメージを与えているようには見えない。銀冶君も、超回復があると言うのにいまだ起き上がらない。人間からすると考えられないようなダメージだったようだ。
「・・・・・・・お前達・・・正気か?」
いつの間にか教室のドアを開けて美沙さんが立っていた。珍しく表情を変え、顔を曇らせている。
「み・・・美沙さん! あれ何とかできませんかっ? 魔界の王様の美沙さんなら・・・?」
朱魅さんなら一番良かったが、魔王サタンよりも強い美沙さんなら何とかできる、そう思った僕だったが・・・。美沙さんは小さく首を振った。
「無茶言うな。あれはブラックドラゴンだ。口から吐く炎は岩を蒸発させるぞ・・・」
「そ・・・そんな? 魔界の生物なのに・・・美沙さんより強いんです・・・か?」
「お前達は人間世界の王であろう。その中で、もっとも強い者でも猛獣に素手では勝てまい。私も魔界を統べる王の中の一人だが・・・奴には手を出さない」
眉間にしわを寄せている美沙さん。魔王でもあの竜には勝てない・・・。おそらく教室の外で受付をしている小里ちゃんでも無理だろう。と、なると後は朱魅さんしかいないが・・・ただいま生徒会室で会長から説教を受けている最中だと言う・・・。
ここはやはり、まったく役立たずの僕が朱魅さんを呼びに行くしか・・・。でも、目を離した隙に銀冶君や絵里香さんがやられたりしたら・・・。いやいや、だからここに僕がいても・・・仕方が・・。
「きゃぁぁぁ!」
顔を上げると、竜の手に絵里香さんが捕まっていた。握られた手のひらから出ようと必死にもがいている彼女に向かって竜は口を開ける。その口から陽炎が立ち上り、中から赤い火の塊のようなものが見えている。
「ああっ! 絵里香さんが!」
「魔人召喚!」
美沙さんが叫んだと同時に空間が歪む。そこから紫色の肌をし、鎧に身を包んだ巨人が出てきた。この前お会いした北欧の最高神、オーディーンだ。大きさは10mをゆうに越えるだろう。ちょうどあの竜と同じくらいの背丈だ。
「おじさま・・・。あれを何とかできます?」
育ちの良いお嬢様のように美沙さんは言ったが、オーディーンさんは前のめりにになって竜を見ている。
「奴はブラックドラゴンじゃないか、美沙ちゃん! あれはちょっと・・・おじさんにもきついなぁ・・・」
「私もお手伝いしますわ。友人が危ないみたいですの・・・」
「・・・わかった! おじさん頑張るよ!」
北欧の最高の神様が尻ごみをしそうになるって・・・。ひょっとして・・・あの竜は魔界だけじゃなく、人間界はもちろん、神界にも敵がいないってくらいの・・・最悪の怪物な・・・気がする。地球で一番? 魔界は地球じゃないのか・・・? なら宇宙で一番厄介な相手なのかも。
僕達もついにここまで来たのか・・・。これを倒せば宇宙で敵なしのトレハン部なんだけど・・・。さすがにここで力尽きるかもしれない。朱魅さんは時空を捻じ曲げる力があるけど、純粋に戦力としては美沙さんとオーディーンさんコンビの方が上だろう。この二人がやられたら・・・。
「行くぞっ! 美沙ちゃん!」
オーディーンさんは軽い地震を起こしながら走って竜へ向かった。竜に向かって体当たりをしてみるも、半歩後ろに下がらせただけであまり効果は無かったようだ。15mクラスの巨人と竜が組み合って押し合う。完全にリアルウルトラマンだ・・・。
「冥界の沼!」
美沙さんが指を組んでそう言うと、竜の足元の地面が盛り上がって足を包み込んだ。
「ナイスだ美沙ちゃん! 神槍グングニル!」
オーディーンさんの手に巨大な槍が握られていた。これはヤマタノオロチに風穴を開けたほどの威力の攻撃だ。しかし、その槍を竜に向かって突き出すが、竜の体に浅く突き刺さっただけで槍はぴたりと止まった。
―ドカンッ―
竜は体を反転させて尻尾を振った。先ほど銀冶君に行った攻撃だ。尾はオーディーンさんわき腹辺りを直撃し、うめき声を上げる彼を岩山に叩き付けた。
「不浄の雨!」
美沙さんがそう言ったとたん、空に雨雲のような物が現れた。それはすさまじい羽音を鳴り響かせて竜に向かった。
「は・・・・ハエだ・・・・」
美沙さんの本来の名前は『バアル・ゼブル』。普通の人にはルシファーさんが彼女の名前を悪口で言った名前、『ベルゼブブ』と言った方が分かりやすい。ハエの王といわれるだけあって、やはりハエを使った技もあるんだ。
竜は炎をハエの雲に向かって吐いたが、数百万匹かと思われるハエからもなにやら得体の知れない半透明の液体が吐かれる。それはぶつかり合い、光を放った。
「え・・・・絵里香さんは?」
その光に照らされた竜の手のひらには絵里香さんはいなかった。周りを見回すの僕の目に、足を引きずりながら竜から遠ざかるぼろぼろのメイド服を着た女の子が映った。両足を完全に握りつぶされたようで、超再生がすぐには追いついていないようだ。
「絵里香さん! 早く逃げないとっ!」
竜と僕達のちょうど中間の距離にいる絵里香さんへ向かって僕は走った。彼女程度の体重なら、僕にも担ぐ事が出来るだろう。それに絵里香さんも今、頭の上から炎を吐きかけられたらただではすまない。僕はもつれる足で絵里香さんの目の前に来た時、彼女は顔を上げて僕に気がついた。
「ばかっ! 来るんじゃないわよっ! 太郎!」
僕は、呼吸の荒い絵里香さんの脇から腕を差し込み、立ち上がらせたところで・・・・竜と目が合った。
「グワァァァ」
僕を正面に見据え、口を開いた竜。その奥からオレンジ色の光がのぞいている。すでにやけどしそうな熱気が口から漏れ出ている。
「逃げなさいっ! 太郎!」
絵里香さんは僕を強く突き飛ばした。さすがに足がボロボロでも人間とは比べ物にならない力があるようで、僕は数十m吹っ飛ばされて固い地面を転がる。うつぶせになった僕だったが強い熱を感じた。それに気が付いて顔を上げると・・・先ほど絵里香さんがいた場所には誰もいなく、焼け焦げた場所が広範囲に渡って煙を上げているだけだった。
「え・・・絵里香さん?」
眩暈がした。まさか・・・あの絵里香さんが・・・。それほど長い間ではなかったが、もう友達と言っても許してくれそうに親しくなった絵里香さんが・・・。そんな・・・・。




