太郎は太郎2
教室は、数メートル先までは昨日まで自分が協力して作り上げた物だから見覚えがある。しかし、やはりその先は異世界に繋がっているようだ。薄暗く、とりあえず太陽は出ていないようだが、月も出ていない。空は赤く燃え上がっているような、赤と黒が混じった色をしている。
日本で一番だというお化け屋敷でもこの不気味さは出せないだろう。しかも、僕はここがお化け屋敷ではなく、それにつなげられた本物の魔界だと言うことも知っている。膝がガクガクと震え、なかなかまっすぐに歩けない。今、急に肩でも叩かれたらすごい叫び声を上げてしまう自信がある。
―ポンポン―
「ぎょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
僕の肩を狙ったかのように叩いたのは亡者さんだった。いつもの赤黒い肌とギョロっとした目になぜか安心感を覚える。
「・・・すごい叫び声ですねー、太郎さん」
「健次郎さんでしたか・・・。やめてくださいよ、後ろから現れるのは・・・」
笑顔で鼻をぽりぽりと掻いているのは亡者さん達の中では中堅にあたる健次郎さん。他には・・・源左衛門さんや、・・・・・まあいいか、どうせ初見の人達には区別がつかないんだし。
「もうバッチグーです。今のところ全員叫び声を上げさせて帰らせていますっ!」
・・・健次郎さんは過去に亡くなった人なのでこのギャグセンスは仕方がない。
彼の言葉の中にあった『全員帰っている』に僕は安心をした。しかし、人間界に戻っていると言うが、このような世界に足を踏み入れた事で怪我などをしていないか僕は気になる。
「魔界とつなげたって聞いたんだけど・・・中に入った人たちは大丈夫なの? 変な物に襲われたりとか・・・」
「大丈夫ですよー。このあたりは魔界の入り口なので、いてもせいぜい体長50cm程度の羽のあるムカデみたいな奴がちょろちょろ飛んでいるくらいですからっ!」
「・・・そ・・・そうなの・・・」
それを見て悲鳴をあげない地球人なんているのだろうか・・・。と、まあ健次郎さんの口ぶりからすると、魔界に入ってすぐお客さんはみんなリタイヤしているようだ。けが人も出ていないようで僕は胸を撫で下ろすが、健次郎さんはそのにこやかな表情で怖い事を口にした。
「でも、さっき高校生の三人組が、「どうせCGだろう」と言いながら森の奥に進んで行きましたけどね。まああいつらも体長5mある禿げ鷹の腐った奴を見ればすぐにおどろい・・」
「すぐに食べられちゃうよ!」
それを聞いて慌てる僕に健次郎さんはなだめるように穏やかに言う。
「大丈夫ですよ。魔界でも我々はちょっとした顔なんですよ! なんせ美沙様に秘術をかけられて強化されていますので。その高校生達を監視している者が猛獣なんて追い払います。もちろん、十分叫び声をあげさせてからですけどね」
とはいえ、怪我をさせてしまったら一大事だ。今は朱魅さん達は説教を受けているので、新たに客が入ってくる事は無いと思うが、健次郎さんに客を入れないように朱魅さん達に伝えてくれと僕は指示を出し、森に向かった。
・・・正直、魔界の森と言うもう二度と見る事が出来ないだろう場所に少しわくわくする自分もいた。。・・・なんだか僕もこの部活に入ってたくましくなって来たと感じる反面、命知らずになってきたのではないのか? と、少し自分を心配する部分もある。
森に入ると、得体の知れない動物の鳴き声が聞こえる。まあ、これは人間世界の森に入った時もするものだ。僕は木の陰に隠れると辺りを見回し、次の木の陰にダッシュで向かうという、自分的には忍者さながらの動きをして森を進んだ。
地面はなぜかところどころ血がしみこんだように赤い場所があり、そのぬかるみの上を歩くと赤い色の液体が染み出してくる。辺りには硫黄のような匂いを感じ、同時に腐敗臭もする。やっぱりここは亡者さん達に任せて帰ろうかと思い、Uターンをしたところ、背中に悲鳴が突き刺さってきた。
「ぎゃああああああああっ、・・・・・」
聞こえない振りをするにはあまりにも大きな声。しかも、その叫び声は途中で不自然に途切れた。僕は「無理無理無理無理・・・」と懇願する自分と、「今まで通り何とかなるんじゃない?」と余裕を見せる自分の二つの意見が頭の中に浮かんだ。
「よし! ・・・無理だ」
僕はこれが映画やドラマならありえない決断をしてしまった。これこそ現実、これこそリアリティ。・・・・・・・・そう思いながらも僕の足は森の中へ向かって進む。僕も男の子、冒険者の血がわずかにでも入っていたのかもしれない・・・。95%くらいは草食動物の血に間違いないんだけど。
うっそうとした、おどろどろしい、不気味な草を掻き分けて僕は少し広場になったような場所を覗き込んだ。
「っ! ・・・・・・・・・・・」
声が出そうになるのを両手で押さえ込んだ。目の前にはまるでCG映画の一場面のような出来事。マイクロバスを思わせる大きさの・・・赤いトラ、それが脅えている高校生3人組に向かって唸っている。その中の一人は気絶し、他の二人が腕を引っ張り引きずるようにして森の中に逃げ込もうとしている。
トラは僕達の世界のそれとはまったく違い、大きさもさることながら筋肉の付き方も違う。もちろんシベリア虎などよりもはるかに筋肉質だ。まるでチンパンジーとゴリラ、イグアナとワニ、東京タワーとスカイツリー。・・・ああ、もう何がなんだか・・・。とにかく、銃を持った人間10人がいたとしても全員逃げ出すに違いないと思われる。
「無理無理無理無理・・・」またもや僕の悪魔の部分がそう叫ぶ。そして、「さあっ! あの高校生にトラが目を向けている隙に逃げちゃおう!」と、天使の僕までがそう声を大にする。「逃げろ」一点の合唱の中、僕はある地点に向かって走り出した。
「逃げよう!」
僕は倒れている高校生の腕を掴みながら残りの二人に言った。二人の前に突然現れた僕だったが、目の前にトラがいるせいで人間の僕にはさほど驚く様子も見せず、うなずくと三人で一人を引っ張りながら逃げる。三人がかりだと思いのほか軽々と一人をずるずると引きずって逃げる事が出来るが、当然あの野生感全開のトラにはのろまな餌に映っただろう。
「た・・・太郎さん、すみません・・・・。ぎっくり腰が・・・」
目の前の木陰から腰に手を当てながら這うように出てきたのは、亡者さん達のリーダーの源左衛門さんだった。彼が高校生の護衛役だったようだが・・・、死んだ人なのに体調不良って・・・。どうも僕の周りの人は少し緊張感の無い人ばかりだ・・・。
「い・・・いいんですよ! 源左衛門さんも早く逃げましょう!」
「わ・・・わかりました。あっ!」
―バクンッ―
「あーれー」
僕のすぐ横に突然現れた巨大な顔。その大きな顎に捕らえられ、源左衛門さんは口の中に消えてしまった。・・・しかし、断末魔が、「あーれー」って・・・。本当に緩い人たちだ。まあ、あの人たちは死なないから、数日後にはトラの体内から排出される・・・と思う。
「い・・・今の内に・・・。・・・・っ!」
もちろんそう甘くない。トラの体格には源左衛門さんは餌として小さすぎる。あっと言う間に飲み込むと、トラは跳ね上がり、僕達の数十m前方に着地をした。もちろん、顔はこちらを向け、よだれを垂らしている。人間からアリが逃げ切れるはずが無い、僕はそう感じた。
トラは一歩一歩近づいてくる。どれから食べようか、いや三人まとめて一口でいくか、そう考えているように見える。・・・急に気絶していた高校生の体が重くなった。振り返ると、僕以外、残りの二人も気絶してしまったようだ。茶髪にピアスもつけている彼らより先に僕が気を失わないなんて・・・、まあ、慣れかもしれない。しかし、気絶した方が幸せだったろう。あの口に捕らえられ、苦しむのを感じてしまうのだから・・・・。
表情のわからないトラだが、口を開けた時の目は嬉々としているように見えた。僕の体を縦に収める事ができそうな大口を近づけてくる。その棺桶が僕の目前に来た時、聞きなれた声が聞こえた。
「太郎さん、何してんすか? ペットにするつもりですか? 餌たくさん食いそうで、金かかるからやめたほうがいいと思いますよ。ただでさえ、俺は毎日飯食いすぎて、ママから減らせって怒られるんですから・・・」
「―――――っ!」
振り返った僕の目の前には、見た目は野獣、中身はモンスターの銀冶君が腕組みをしてトラを見上げて立っていた。
「銀冶君! お・・・お客さんが! 連れて逃げて!」
僕は三人の服を掴んで銀冶君の方へ引っ張る。もちろん動かせはしないが、銀冶君がそれを見て緊急だと感じてくれればいい。そんな僕の体を生暖かい息が包む。頭の上にはトラの上あごが覆いかぶさっていた。しかし、閉じられるかと思った瞬間・・・、
「何してんだ変なトラ。太郎さんによだれがかかるだろ」
「ガゥ・・・・ウゥゥゥ・・・」
僕は見誤っていた。部活内最弱と言われる銀冶君だが(もちろん僕を除く)、その彼の力を。銀冶君はトラの下あごを踏みつけて地面に突き刺し、上あごを片手で支える。そしてそのまま僕の目の前で獣人化して、身の丈2.5mの狼男となった。それでもトラの4分の1程の大きさなので、銀冶君と言えども勝てないと決め付けていた。しかし、その迫力はトラを圧倒している。
「ガ・・・・ガウッ!」
トラは銀冶君を吐き出しながら半歩後ずさった。そして大木ほどの太さの腕を銀冶君に振り下ろす。その腕の先には茶色のにごった巨大な爪が鋭く尖っている。
[バシンッ!]
銀冶君はその攻撃を、トラに比べると遥かに細い自分の左腕で止めた。そして、そのトラの腕に今度は自分の右腕を振り下ろす。
[バキッ!]
「ガウッ! ・・・・ウゥゥゥ・・・」
僕にも分かった。銀冶君の一撃はトラの右腕を折った。片方の前足を引きずるようにして後ろに下がるトラを、銀冶君は首を右に左にとポキポキならしながら軽やかな足取りで歩いて追う。
トラも本能的なプライドでもあったのだろう。こんな小さなミニ狼に負けるのが嫌なのか、僕の目にも圧倒的力の差が感じられるというのに、力を振り絞るような鳴き声を上げながら銀冶君に向かって再度飛び掛った。
「ガウゥッ!」
「おらぁっ!」
強烈なアッパーだった。銀冶君の、地面を蹴って飛び上がりながら下から突き出したパンチはトラの顎を捕らえる。トラはものすごい勢い、扇風機の羽のように回り、半回転をすると仰向けに地面に後頭部をめり込ませた。
「つ・・・強いね・・・銀冶君・・・」
トラを動けなくした銀冶君に、あっけにとられながら言葉を発した僕だった。彼は申し訳なさそうな顔を見せながら振り返った。
「すんません・・・。ペットとして飼うんでしたっけ? なんか敵意むき出しにしているから・・・反応しちゃいました・・・。俺、もう高校生なのにこれじゃぁダメだなぁ・・・」
なぜかペコペコと頭を下げる銀冶君。僕がそんなペットを飼うわけが無いよ・・・。大きさだけで言っても僕の家のマンションに入らないんだから・・・。それに、ペット禁止だし。
「い・・・いいよ・・・。ペットは・・・もうすこし小さいのにする・・・から。餌も少なくてすむし・・・」
銀冶君は寝転んでいる高校生三人すべて担ぎ上げ、「こいつらだけでも一万五千円っすね!」とにやける。教室に戻ろうとする僕達だったが・・・、
「グオォォォォォォォォ!」
突然の、あたり一体を揺らすような鳴き声だった。僕と銀冶君はすぐに振り返って先ほどのトラを見たが、そのまま寝転んだままだった。しかし、声は収まらず、どこからか圧倒的存在感を感じる。
「・・・なんだありゃぁ!」
見つけたのは銀冶君だった。彼が見上げる方向に、上に向かって鋭く尖った岩山が見える。その先、頂点に・・・・羽の生えた・・・黒い・・・恐竜のような・・・。もう、簡単に言えばドラゴン! ファンタジーゲームに出てくるような巨大な黒い竜が赤い眼を光らせながら僕達を見下ろしていた。大きさはおそらく15mくらいはある・・・ような感じだ。はっきりわからないよ、距離あるし岩山の上に乗ってるし!




