太郎と物の怪2
8月初旬。学校が夏休みに入ってからは「暑い」と言う理由で部活を休止していた僕達だったが、この間のちょっとした海水浴が忘れられず、キャンプに出かけてみる事となった。
題して『フカヒレの臨時収入で行ってみる、美女と野獣の海と山』ツアー。一般的に訳すと、部活での合宿だ。『美女と野獣』と言うフレーズは良く使われるが、本当に『野獣』がいるのは世界の歴史を紐解いても、これが初めてではないだろうか。
目の前は海、裏手は山という環境の宿を予約して僕たちは出発した。もちろん、今回はみんなで電車に乗って出かける。この暑さで走っていくのは嫌だって事らしいが、冬だとしても人間の僕には到底お付き合いできかねるんだけど・・・ね。
電車の中のトランプでは、圧倒的に朱魅さんと美沙さんが強い。もう、どうしようもないくらい強い。また今回の大富豪では一番目に朱魅さんがあがり、すぐさま美沙さんがあがる。いつまで二人で大富豪役と富豪役を独占するのだろうか。絶対二人は怪しい力を使っていると思うんだけどなぁ・・・。
「やるな・・・美沙」
「やるな・・・朱魅」
二人は不敵に笑い合っている。ずるいよ二人とも。
最後に残る二人は絵里香さんと銀治君だ。小里ちゃんは意外と抜け目なく、そつなくあがる。僕も親戚相手に培ったテクニックをそこそこに披露する。勉強は出来ても天然の銀治君は訳の分からないカードの出し方をし、超せっかちな絵里香さんは短絡的な出し方をする。この二人で貧民と大貧民を独占だ。
「ぎゃっ! 銀治に負けた!」
「え? 俺買っちゃったの? これ勝ち?」
電車の座席を向かい合わせてトランプをする6人。その様子を見て、口に手を当てながら「ぷぷぷ・・・」と笑う隣の席の女の子がいた。
「なに笑ってんのよ! そもそも、どうして実花が来ているのよ!」
隣の席に腰掛けて金髪をかきあげているのは、ご存知僕達の高校の生徒会長、白井実花さんだ。ちなみに、天使の中の長、大天使長ミカエルだ。
「何を言っていますの、生徒会に内緒で合宿になんて出かけたりして。申請無し、保護者無しで学生達だけで宿泊する事は校則違反ですわよ。だから会長として私が責任を持って・・」
「もう! 雪奈! どうしてこんな女を誘ったのよ!」
会長さんの隣に座っている雪女の雪奈さんは絵里香さんに向かっていつものように柔らかく微笑んでいる。
「どうしてかと申されても・・・、会長さんは退屈そうになさっていましたので・・・、お誘いを・・・」
「たっ・・・退屈そうになんてしてませんですわよ! わっ・・・私は生徒会長としての仕事が忙しかったけれども・・・この問題児達の部活を放って置くわけにもいかず・・」
「ですが・・・旅行に出かける計画を話しあっている朱魅さん達の部室の外で、目を輝かして聞き耳を立てている会長さんを見ると・・・どうしても誘いたくなりまして・・・」
「聞き耳なんて立てていませんわっ! あれは・・・また悪巧みをしているんじゃないかの調査ですわっ!」
僕はそこに割って入る。いくら高校生と言えども、騒ぎすぎているようで周りの大人からの目が痛い。
「ま・・・まあ良いじゃないですか。海と山で遊ぶわけですから、人数が多いほうが絶対楽しいですって!」
「食事は自給自足だからね! 足でまといになったら何も食べれないわよ! 実花!」
「あら。私が弓を使えることをご存じない? エンジェルアローで得物を傷ひとつなく捕まえてみせますわ。それよりも、血を吸うことしか脳が無いあなたの方が心配ですわ」
「言ったわね! 夜になったら覚えてろ! 血を吸う吸血鬼に気をつけた方がいいわよ!」
「あら・・・。このミカエルと一線交える気ですか? 一瞬で焼きコウモリを作って差し上げますわ」
「はんっ! 私は不死よ! 実花の魔力が尽きるまで蘇って襲ってやるわ!」
我関せずといった様子で、まとめ役にならないといけないはずの部長の朱魅さんはその横でお菓子をほお張っている。「これも美味しいです」「これもいけるぞ」と言いながら小里ちゃんも美沙さんも目を細めてチョコやビスケットを食べている。ちなみに、『時空を操る魔人』『座敷童子』『魔王』だ。他にも外の景色を眺めて尻尾を振っている狼男の銀治君。この8人、一国を相手に十分戦えるんじゃないかと言うようなメンバーで僕たちは目的の駅に到着をした。
そこからバスで30分。それほど広いってわけでもない海水浴場を目の前に持つ宿に到着した。メジャーどころを外した理由は大体察しがつくと思う。部員による大騒ぎでけが人が出ないようにだ。特に銀治君と絵里香さんは危ない。あ、実花さんもか・・・。あ、美沙さんも・・・小里ちゃんもだ。よく考えたら朱魅さんも・・・。・・・とにかく危ない。そんな僕の心配をよそにみんなは宿で元気爆発の勢いで着替え終わると、海へと向かう。
しかし・・・、シーズン真っ只中だというのに、なぜかビーチには人の姿がまったく無かった。
「空いていますね・・・。台風でも来るんでしたっけ・・・?」
「んなわけないっすよ太郎さん。俺の髭がひくひくしないんで、当分の間は雨降らないっす!」
そんなバカなと思うかもしれないが、どうしてか僕には銀治君のその予報が100%の的中率な気がする・・・。
「サメでも現れて評判が悪くなったとか? なら大歓迎だね! 空いている海も! サメも!」
絵里香さんは大喜びで海に向かって駆けていく。それに僕以外の全員は付いていく。・・・僕はもちろん人間だからサメが怖い。
みんながギラつく太陽の下で遊んでいる間に、僕は宿から持ってきたパラソルを砂浜に立てた。汗だくになったが、気持ちの良い気分だ。宿に帰れば水のシャワーでも浴びよう。冬に入る温泉並みに極楽な気分を味わえるだろう。
「ビーチドッジボール、太郎さんもやらないっすかぁ?」
銀治君から声がかかる。僕は笑顔で首を横に振る。なんせ彼の手にはドッジボールの球よりも硬くて重い、バスケットボールが握られている。
「そんじゃいくぜ・・・。おらぁ! 吹っ飛べ絵里香!」
銀治君はプロ野球投手以上のスピードでボールを絵里香さんに向かって投げた。日ごろの恨みを返す気満々だ。
「あまいわ! ボールが止まって見えるぞ銀治!」
絵里香さんはそれをいとも容易く上空へ蹴り上げた。そしてジャンプするとバレーのアタックのようにボールを殴りつける。
「うぉぉぉぉ! 獣人化!」
危険を感じて狼男となった銀治君は胸の前でそれを受け止める。僕の位置からでもボールから煙が出ているように見えるんだけど・・・。
「ふははは! 制服じゃない俺はいつでも狼に変身できるぜ!」
「あんた・・・それでそんなだぶだぶの水着を着ていたのか・・・。まあまあだな、銀治」
「もういっちょ行くぜ! と、見せかけてそっちの人数を減らしてやる! 食らえ! 雪奈!」
銀治君の剛球が雪奈さんへと向かう。狼男の姿になっているので、先ほどよりも数倍強力なボールだ。
「アイスウォール!」
雪奈さんの目の前に幅50cmはある氷の壁が出現した。ボールはそれを砕いて進むが、真ん中を過ぎたところで止まってしまった。その壁から小里ちゃんがボールを抜き取る。
「雪奈さんを正面から狙うのは失敗です! それじゃあ、小里いきまーす!」
ボールを軽くトスし、明らかにバットのような何かを持って振りかぶった。そして、野球のスイングのようにその見えない何かを振り、ボールを弾き飛ばした。
「ずりい! 小里! 道具使っているだろ!」
「気のせいです!」
電車の中でのトランプでもそうだったが、ルール上力を使うことはOKのようだ。小里ちゃんは何かボールを打ち出すのに適した道具を使っているはずだ。・・・いつものごとく見えないけど・・・・。
「う・・・うぉぉぉ!」
「亡者!」
ボールの威力を受け止めきれず、砂浜を滑っていく銀治君を数十人の亡者達が地面から現れて支える。
「ここは私に任せてもらおうか」
銀治君からボールを受け取った美沙さんは、それを空中に高く放りあげた。
「魔人の一撃!」
突如空間が歪み、その裂け目から紫色の巨大なこぶしが現れてボールを殴りつける。それは小里ちゃんが打ち出したボールよりも早かった。轟音を響かせて雪奈さんめがけて飛んでいく。
「あ・・・アイスウォール」
まるで薄手のガラスを割るように、ガラス窓を突き抜ける岩かと思うように氷の壁を粉々に打ち砕いた。
「危ない! 雪奈!」
間一髪横から飛びついた絵里香さんのおかげで、魔人が放ったボールは当たらず外野に向かって飛んで行く。そこには朱魅さんがぽけっと立っていた。
「朱魅さん、危ない!」
僕は立ち上がってそう叫んだ。
「時空変化」
朱魅さんがそう言うと、ボールがわずかに揺れたように見え、そしてふわっと朱魅さんの手の上に落ちた。・・・もう何がなんだか・・・。
「うぉぉぉ獣人フルパワー!」
「バンパイアモード!」
「秘密兵器! レールガン!」
「魔人の息吹!」
「絶対零度」
「オホホ! 神の御手!」
「次元破壊!」
・・・ホント、海岸にだれもいなくて良かった・・・。僕はパラソルを抜き、みんなから100m離れた地点に刺しなおして見守っていた。




