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太郎と物の怪1

 夏。今年の夏は特に暑い、絶対そうだ。なんせ6月が終わる前に梅雨が明け、更には観測史上、6月の平均気温の最高記録を打ち破ったらしい。


 僕は教室で机に突っ伏したままピクリとも動かない。うだるような暑さとはまさにこれだったのか。生まれて16年目にしてやっと分かったよ。


普通の犬と同じく熱さに弱い銀治君は、掃除用具入れの上で器用に丸くなっている。どうもあそこが一番涼しいとの事だ。


冷房? 学校に? 残念ながら僕達の学校はかなり歴史のある学校。早い話が年季の入った校舎。銀治君に言わせるとボロ校舎。絵里香さんに言わせると旧時代の遺品・・・だ。


冷房器具と言えばプラスチック製の下敷きかな。残念ながら僕の下敷きは2時間目の休憩時間、過酷な労働に耐えかねて真っ二つに折れてしまった。これからは予備の下敷きも用意しよう。熱射病が問題になる昨今、人は意外に熱に強いものだと感心してしまう。あ、そうそう。この机に出来た水溜りはよだれじゃないよ、汗だよ。



 6時間目が始まり、僕たちは陽炎が立ち上る教室で授業を受ける。もう少しだ・・・もう少しすれば・・・。少し離れた席にいる銀治君は青い目をして僕を見ながら・・・気を失っているようだが・・・もう少しだ。


[キーン コーン カーン コーン]


・・・授業が終わらない。先生はこの暑い中、汗をかきながら熱心に授業をまとめようとしている。大変ありがたい事なんだけど・・・それは室温が30℃以下の時だけにお願いしたい。なんせ僕の冷房器具は壊れているんだから・・・。


ようやく終わり、先生に向かって礼を終えると同時に筆記用具をカバンにしまう。銀治君もなんとか目を覚ましたようで、同じように急ぎ、僕と一緒に教室を飛び出た。僕たちは廊下を走る、走る。暑いのにそんなに走って大丈夫かって? それが大丈夫なんだなぁ。 


そして、僕と銀治君はいつもの部室に飛び込んだ。


「はあ・・・・涼しい・・・」


 この瞬間が至福。外気との温度差15℃はあるだろう。クーラー? 節電? ご安心を。うちの部室の冷房設備は電気代0円の環境に優しい天然システムですから。


「あー。雪奈先輩。結婚してくださいっす!」


 銀治君が絵里香さんの横にいる人に擦り寄っていく。


「近寄るな! 銀治は暑苦しい!」


 しかし、すぐに絵里香さんに蹴飛ばされて教室の隅へ転がされる。


 そう、雪菜さんは雪女。本当は茶華道部の人なんだけど、親友の絵里香さんが頼み込んで夏の間こちらの部に在籍してもらっている。もしかすると本人も同じ種類の人ばかりいるこの部の事をなんとなく気に入ってくれているのかもしれないが。


 銀治君は蹴飛ばされてもくじけず、雪奈さんのそばへ寄り、絨毯に頭をつける。


「今日もひとつ! 山をお願いいたします!」


 雪菜さんが小さく笑い、手をかざすと、教室に氷の山が現れた。銀治君はすぐさま狼男の状態になると、その山に飛びつく。どうもそれが最も気持ちいいらしい。


「でもちょっとストレスたまるわねー。こんな部室に閉じこもりっきりなんて・・・」


 絵里香さんはいつものように不満を言う。活発な絵里香さんにとってじっとしていることは気分の良い事ではないようだ。しかし、暑さに負けて外に出る気もないらしい。


 小里ちゃんも美沙さんも、雪奈さんのそばでそれぞれの趣味、お絵かきと読書をしている。暑さに弱いのは人間だけじゃないようだ。朱魅さんはと言うと、先ほどからなにやら一人で地図を見ている。かなり詳細な地図のようだけど、開いている地域は太平洋だ。


「よしっ! ここにしよう!」


 そう言いながら朱魅さんは立ち上がる。そして僕たちに向かって笑顔で言う。


「暑いからって涼んでばかりいるのは脳がないぞっ! 暑さは暑さをもって制するのであるっ!」


 僕達がポカンとしている前で、朱魅さんはいつものように指をパチンと鳴らした。すると、教室の窓と壁がすべて取っ払われ、緑色に輝く海と白い砂浜が現れた。一応言っておくけど、ここは校舎の三階ね。その窓の外にビーチが出現した。外からこの教室を見上げた人には・・・どう見えているのかはさっぱりだ。


「うわぁ・・・すごーい!」


 すぐに熱気が伝わってくるが、絵里香さんは大喜びだ。躊躇なく砂浜に出て行って、そのまま海に入る。膝まで水に浸かり、気持ち良さそうにしている。


「ミクロネシアにある赤道直下の無人島。そこと教室の時空をつないだぞっ! 海で遊ぶのだっ!」


 朱魅さんも海へ向かって駆けていく。小里ちゃんも美沙さんも雪奈さんもだ。銀治君も水に濡れるのが嫌いだったはずなのに、夏はやっぱり別なのか、尻尾を振りながら教室を出て海に向かう・・・が、向かったところで絵里香さんに蹴飛ばされて転がって戻ってきた。


「銀治! 気が利かないにも程があるよ! 水着を人数分買って来い! サイズを間違えたら毛をむしるよ!」


「水着って・・・学校にはスクール水着しか売ってないぜ・・・」


「それでいいから行って来い!」


 銀治君は相変わらず三階から飛び降り、最短距離で購買部を往復してきた。水着を女の子に渡すと、恐らく美沙さんの力だと思うが、なぜか僕と銀治君は教室の中で闇に捕らわれた。数分後、視界が元に戻ると女の子達は全員水着に着替え終わった後だった。


「太郎さん! もちろん俺達の分も買ってきているっすよ!」


 僕は銀治君から水着を渡されて、いそいそと教卓の影で着替える。銀治君はというと、堂々と教室の真ん中でパンツを脱いだところで、その頭部に絵里香さんが投げた巨大な貝が直撃した。



「うわぁ・・・。気持ちいいなぁ」


 僕は砂浜に立つと深呼吸をした。ここは南の島。日差しは夕方近くになったとは言え、まだ強力だ。しかし、湿度が低いので蒸し暑いといった風でなく、さっぱりとした感じだ。同じ暑さでも、日本のスタミナを消耗するようなものとは違う。おまけに、目の前には海がある。それも、エメラルド色に輝き、ストレスなどが吹き飛んで行ってしまう。


「こらっ! 小里! 水かけないでよ!」


「美沙さんにも・・・えいっ!」


「ぺっぺっ・・・。やったな小里。なら私も・・・」


「ぽわぁ! それじゃあ私もだっ!」


「朱魅までっ! それじゃあ、私も本気だすよ!」


 女の子達は水をかけあって遊んでいる。実に和やかな様子だ。女の子達って・・・かわいいな。


「きゃぁ! あれ何!」


「い・・イルカ?」


「違うな・・・。あれはサメだ」


「えぇぇ! サメ!」


 みんなが遊んでいるすぐそば、10mくらいのところにいくつかの黒い背びれが見える。それは、彼女達に向かって近づいてきているようだ。一瞬にて楽しげだった海岸に恐怖が訪れた。・・・と、僕だけが思っていた。


「捕まえろっ!」


「逃がすな!」


「飼える? 部室で飼える?」


「背びれは売ったら高いぞ!」


「ふ・・・フカヒレぇ!」


 逆にサメに向かう部員達。サメは本能的に恐怖を感じたのか、沖に逃げていこうとする。


「亡者共! 取り押さえろ!」


「小里の秘密兵器! 水中銃!」


「銀治も岩投げろ! 岩投げろ! とわぁ! よしっ! 当たった! 浮いてきた!」


「冷凍にして鮮度良く持ち帰りましょうね」


「痛てぇ! こいつ噛み付きやがった! じゃあ俺も噛んでやる!」


「銀治! ヒレに歯形つけるなよ!」


 阿鼻叫喚。もちろん、サメにとってだったが・・・。



 数分後、可憐なレディ達は水を滴らせて砂浜に上がってきた。その手にサメを握っていなければ映画のワンシーンのようだったのに・・・。


「とりあえず、ヒレと言うヒレは全部切ったらいいのよね? 雪奈、氷で包丁作って」


「おお! ざっくり切れるなっ!」


「余った魚肉食っていい? ・・・まずっ! サメまずっ!」


「では、身は亡者共にやろう。ほれ・・・ごほうびだ」


「わぁ。これって内臓ですかぁ?」


 新しいジャンルのホラーだった。様子は各自で想像して欲しい。まあ・・・可愛い女の子達とグロい映像。これはこれでマニアに需要があるかもしれないが・・・。


 しかし、楽しい夏を予感させる一日だった。




 

それから一週間後、僕たちは一学期の期末テストに入った。僕は楽しい部活に呆けていた事もあり、テストにかなり危機感を感じていた。だけれども、驚くことに銀治君から勉強を教えてもらう。そのおかげで、なんとか平均点でテストを乗り切ることが出来た。


そして、僕のクラス一位にして、部活内の一年生でも最高の成績を叩き出したのは・・・狼男の銀治君だ。素行が悪い彼に教師達が何も注意しない訳が良くわかった。銀治君は中間テストでも全教科満点に近い点数をとっていたらしい。


本人曰く、「ママが勉強しろってうるさくて・・・」と、言う事だが、・・・・僕も頑張らないとと思う高校生活の1コマである・・・。




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