太郎とかつあげ6
そこは、バスケ部の姿もバレー部の姿も見えなかった。中は照明が付いておらず、窓から差し込んだ光だけなので少し薄暗かった。
「瑠使亜! 出て来い!」
朱魅さんがそう叫ぶと、物陰から姿を現した生徒がいた。しかし、それは見覚えのある人で、体育館の横の扉を開けると慌てて出て行った。先ほど銀冶君が逃がした生徒だ。彼が瑠使亜さんと四天王に知らせたのか。
体育館に扉が開く音が聞こえた。奥の扉から二人の男が出てくる。その男達は不気味な笑い声を上げながら僕達に近づいてくる。また僕の嫌な予感がした瞬間、その人たちは体を変化させる。
「これは・・・・ミノタウロスと・・・・ケンタウロス!」
片方は牛の頭に筋骨粒々な人間の体を持つ姿になった。もう一人は人間の頭に馬の体を持つ姿だ。共に身長は銀冶君と同じくらい、3m近くはありそうだった。
「すごいですわ。早変わりって言うのですか? 変身慣れしていますわね!」
もう、会長さんは観劇でもしているかのように喜んで手を叩いている。しかし・・・うちの学校だけじゃなく、この学校にも同じような人達がいたなんて・・・。
「ここは私が引き受けよう」
しかし僕達もまだ強力なメンバーが控えている。長い黒髪が綺麗な・・・魔の者、美沙さんだ!
美沙さんが一歩前に出たところで突然ミノタウロスが前のめりに倒れた。そして、次にケンタウロスの馬の部分の足が曲がって床に膝を付いたかと思うと、さらに横に吹っ飛ばされる。美沙さんがまた怪しい攻撃を繰り出したのかと思ったが、彼女も首を捻っている。そこで僕は思い出した。姿が見えない妖精、小里ちゃんの存在を! ある意味最強かもしれない。
ミノタウロスは後頭部を抑えながら立ち上がろうとする。しかし、その顎がすぐにかち上げられる。意識朦朧といったミノタウロスだったが、今度は顔が横にねじれる。よく見ると頬には格子状の跡が付いている。この攻撃痕は、やはり小柄な小里ちゃんが振り回す超重量武器だ! どんな物かは絶対に見せてくれないからそれ以上は説明しようがないけど・・・。
気が付けばケンタウロスの方も手に持っていた弓は折れ、床に叩き伏せられていた。
「ダンス? 上手ねー。着ぐるみで踊るなんて難しそうですのに・・・」
会長さんはずっと拍手をし続けている。もはやショーだと思い込んでいるようだ。
ミノタウロスとケンタウロスは完全に沈黙した。しかし、四天王でこれなら・・・瑠使亜って人も当たり前のように人間じゃないんでは・・・? そう思った瞬間、体育館に声が響いた。
「ふははは。驚いたぞ。何者かは分からんが、人間では無い様だな」
いつの間にか舞台の上に人が立っていた。変わった特長と言えば長髪くらいで、やや美少年系の男の子だった。
すると、[バチーン]と言う音がし、彼の周りの空間が揺れ動いた気がした。すぐに小里ちゃんが姿を現し、僕の方へ走って来て後ろに隠れた。
「はははは! そんな単純な物理攻撃など、私の結界の前では無意味だ!」
結界? さっきの音は小里ちゃんの武器が結界に弾かれた音? ・・・これはただならぬ相手かもしれない。
「四天王を鮮やかに倒した事は褒めてやろう。だが、この魔王サタンを倒せるかな!」
「さ・・・サタン!」
聞いた事がある。いや、誰でも知っているだろう。地獄の王にして悪魔の首領。あの・・・魔王サタンだ! まさか・・・そんな、あんなのまで人間界にいるとは・・・。これじゃ、いくら僕達でもかなうはずがない。いや、それよりも地球はどうなるんだろう。とても人の手におえる相手じゃない!
「人間界を制圧するに当たって、まずは資金をと思ったが・・・。こんな邪魔者がはいるとはな!」
・・・・資金のために・・・高校生をかつあげ? 銀行襲ったほうが早いんじゃ・・・? もちろん、相手はサタンだ。そんな事僕は聞くことが出来なかった。
「サタンに逆らった事を地獄で後悔しろ!」
瑠使亜さんの頭上の空間がゆがむ。そして、そこから土色の十字架のような物が姿をあらわした。
「消えろ! 人間共! ・・・・・悔恨の十字架!」
その巨大な十字架は僕達に向かって飛んでくる。
「聖者の神杭!」
誰かの声が聞こえると、僕達の前に巨大な黄金の杭が現れ、十字架に突き刺さると粉々に打ち砕いた。
「サタン・・・。相手にとって不足はありませんわ!」
僕達の前に立ったのは・・・朱魅さんでも美沙さんでも、小里ちゃんでもなく・・・・、会長さんだった。彼女は後ろを振り返り、笑顔で言う。
「この事は内緒にしておいてくださいませ。わたくし、実は人ではありませんの。人間のあなた達を守るため、少し力を出させていただきますわ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・まさか・・・、会長さんも?
サタンに向き直った会長さんの背中から白い羽が生えた。それは片側三枚、合計6枚もある。これは・・・天使でも最高位の、『織天使』だ! 神々を守る織天使、この人ならば・・・ひょっとしてサタンを・・・。しかし、サタンの表情は余裕に満ち満ちていた。
「織天使一人で何が出来る? お前は誰だ? 私の知っている奴か?」
「なんですって? 私の名前はミカエルですわっ!」
来ちゃったよ・・・。天使でも本当に最高位、神の右腕となるミカエルがすぐそばにいるよ・・・。
「ミカエルか・・・。懐かしい名前だ。私の事を忘れたか? 前天使長の私の名前を・・・」
「ま・・・まさか・・・」
会長さんは思い当たる節があるようだ。そういえば・・・何か話に聞いたことが・・・。確か、神の世界を追放された偉い天使が地獄に落ちて・・・とか・・・?
サタンは指にはまっている指輪を輝かせた。
「そう! 私の名前は・・・ルシ・・」
待てよ・・・。あの指輪・・・。どこかで同じ物を見た事あるような・・・・。
その瞬間だった。サタンのすぐ横の空間がねじれ、そこから巨大なこぶしが現れた。それに殴りつけられたサタンはぴゅーっとばかりに飛んで壁に叩きつけられた。
「・・・魔人の一撃」
美沙さんだ。天使の羽を背中に持つ会長さんとは対照的に、背中から黒いオーラが舞い上がり、それが翼のように見える。
「久しぶりだな。探したぞ。ルシフェル」
やっぱりだ! 美沙さんの指にはサタンと同じ指輪が光っている。・・・って、いつもしていた指輪がサタンと同じ物って・・・一体・・・。
「誰がルシフェルだっ! 俺の名前はルシファーだっ! しかし・・・。どうしてその名を・・・。・・・はっ! きっ・・・きさまは・・・」
サタンは美沙さんの指輪を見ると、顔がすぐに青くなった。
「べ・・・ベルゼブブ・・」
「誰がベルゼブブだっ!」
すぐさまサタンの上にまた巨大なこぶしが現れて殴りつける。今度はサタンの頭が床にめり込んだ。美沙さんが珍しく表情をあらわにして怒っている。そんな美沙さんに会長さんは口を開く。
「ベルゼブブ。魔界の副王。まさか・・・あなたが・・・」
「違うって言っているだろっ!」
美沙さんはビシッとばかりに会長さんを指差した。
「私の名前は、バアル・ゼブル! ベルゼブブって言うのはこのバカがつけた名前だ!」
美沙さんを覆っている黒いオーラはますます大きく膨らんでいく。
「人を勝手に魔界の『副』王呼ばわりして、私の制裁を恐れて人間界に逃げおった。ずっとこいつを探していたのだ・・・」
「ほ・・・ほんの冗談だったんですけども・・・」
サタンは腰が抜けて立てないようだ。足がぷるぷると震えている。
「おまけに指輪も私の家の宝物庫から盗んで行き、勝手に魔王サタンを名乗る始末・・・。許すと思うか? ルシフェルよ・・・。それに誰がルシファーだ?」
「すんません、すんません! ルシファーの方がかっこいいかと思っちゃいまして・・・。ベルゼブブもちょっと影で言っちゃったら・・・広まっちゃいまして・・・」
僕が先ほど最強だと思ってしまったルシファーは、床に頭をこすり付けて土下座している。それに、魔王サタンって言うのは称号や階級のことであって、名前じゃなかったんだ・・・。
「666回殺した挙句、消滅の刑でいいな、ルシフェルよ」
「まっ・・・待ってください!」
元魔王、ルシフェルさんは涙と鼻水をたらしながら美沙さんに許してくれと懇願する。天使長として後輩に当たる会長さんもがっかりした顔をしている。
「まあ待て、美沙。ここでルシフェルを消してしまったら、お前は人間界にいる必要が無くなってしまうのではないか? ここはこいつを生かしたまま、川西高校を勢力下にしたほうが後々仕事に都合が良いかもしれないぞっ?」
朱魅さんのその言葉を、美沙さんは小さなため息を付きながら腕組みをして考えている。僕も、あまりにもルシフェルさんが情けなく可哀想なので肩を持ってあげたくなった。
「美沙さん。焼肉・・・このあと行きますよね?」
それを聞くと、彼女は僕の言いたい事を理解して笑顔になった。
「おいルシフェル! 今まで荒稼ぎした金をこのミカエルに返してやれ! そして、今日の焼肉はお前がおごるのだ! その上でこれ以後、下僕となるのなら許してやろう!」
「そっ・・・そんな! 使っちゃった分とかが・・・」
「そうか、では消えろ」
「ま・・・待ってください! 分かりました! うちの奴らから借りたり、肉体労働したりして必ず返します!」
「犯罪はダメだぞ。私達も人のためになる事で金を稼いでいるんだからな」
とても魔王クラスの人たちの会話とは思えない。僕は犯罪を犯している人間達の事を考えると恥ずかしくなった・・・・。
体育館の外へ出ると石や砂の塊が散らばっていて、おそらく数十体以上のゴーレムが倒された跡があった。どうやら相手は建物の陰に隠れていたゴーレムマスター一人だったようで、その人を探すのに時間がかかったという事だ。
これで無事事件は解決。僕達は焼肉屋へ行き、遠慮なく『特上』や『上』の肉を頼みまくった。ルシフェルこと、瑠使亜さんは一人ずっと目に涙を溜めながら水を飲んでいた。




