太郎とかつあげ1
入学して2ヶ月。6月の某日、梅雨の合間に晴れた日の事だった。僕は誰もいない部室で、いつも朱魅さんが座っている玉座に腰をかける。なかなかいい気分だ。それに、硬そうに見えた椅子だったがクッション性も良く、何時間でも座っていられそうな感じでもある。
「ちょっと良いですか?」
「ごめんなさい!」
ノックと同時に扉が開いた。慌てて謝りながら椅子から飛び退いた僕だったが、入ってきたのは見たことも無い女子だった。メガネをかけていて黒髪を後ろで束ねている。僕が言うのもなんだけど、地味な・・・文学系少女とでも言うのだろうか。
「・・・お一人? あなたが部長さん?」
校章の色を見ると、この人は二年生だ。
「いえ、僕は副部長でして・・・」
「他の方はお休み? ・・・それにしてもこの部室・・・」
彼女はメガネを上げながら部屋を見回している。玉座三つに床には赤を基調としたペルシャ風絨毯。おまけに最近、天井にはシャンデリアが取り付けられた。
「あの・・・でも、茶華道部とかは教室に畳をしいて和室に作り変えているくらいなので・・・それと比べてもあまり変わりないかと・・・」
変わりあるに決まっている。あっちは目的があってやっていることだ。しかし、こちらには何の考えも無いと思う。はっきり言って、副部長の僕にも意味が分からない部屋だ。
「まあ・・・、今日はその件で来たのではありませんので。部長さんはまだ来られないんですか?」
「いえ・・・。さっきまでいたんですけど・・・。みんなと旅行に出かけたので・・・。月曜日は来ると思うんですけど・・・」
そう、僕を除くみんなは突然の旅行に出かけた。目指すは四国山中。明日の土曜日と日曜日を使って行ってくるらしい。
どうして副部長の僕が留守番かというと、彼らはちょっと『本気』を出す、と言うことだ。四国の山々全てを二日で草の根分けてもアレを探してくるという。アレと言うのは僕が昨日たまたまネットニュースで見つけた情報、『つちのこ』である。蛇に似た生き物で、同じように手足は無いが、胴体が少し太いというか変わっているらしい。
もちろん目撃情報なんかはまゆつば物だが、報奨金がすごい。なんと一億円だ。生きた状態のそれを見つけて持っていけばもらえるらしい。その事を先ほど伝えると、みんな目の色を変えて四国に向かって飛び出した。・・・と、言うこと。
「月曜日・・・・。では、週明けに来ますので、部長さんにお伝えください。会長がじきじきに参ります」
「・・・・かいちょう?」
彼女はそっと扉を閉めて出て行った。・・・かいちょうって聞こえたけど・・・。『怪鳥』? いや、ここは普通に『会長』なのか? うちの部員を考えると、十分怪鳥の線がありそうで怖い。
でも、今の人は普通の人っぽかったし・・・。会長なのかな。会長って言えば・・・えっと・・・。『生徒会長』? って事だろうか・・・。あまりうちの部に係わり合いにならない方が良いと思うんだけど・・・。
僕はひとしきり一人っきりの部室を満喫すると、本日の部活を終えた。
週の明けた月曜日。今日も曇り空ながら雨は降っていなかった。
「駄目だったんですってね?」
銀治君もそうだったが、全員落胆している。部室では僕以外、魂の抜けたような顔をしていた。
「誰だ・・・ツチノコがいたって嘘ついた奴は・・・。生かしてはおけないな・・・」
美沙さんがそう言うと、みんなから黒いオーラが噴き出してくる。人間の僕にも見えるとは相当怒っているようだ。彼らが探していなかったのなら、本当に四国にはいないのであろう。デマに踊らされた。逆恨みして一億円の報奨金をかけた四国のとある市に対して怒りださないことを僕は祈った。
「あ、そういえば今日、会長さんが来るって言っていましたよ」
「怪鳥? 上等よ! 相手に不足は無いわ!」
絵里香さんの目が燃えている。えっと・・・結局どっちなんだろう・・・。
[コンコン]
ノックの後扉が開いた。そこからのぞいている顔は昨日のメガネの女の子だ。しかし、今日は入って来ずに道を譲る様子を見せている。
「こんにちは。この部の部長いらっしゃいます?」
入ってきたのは綺麗な金髪、そして緑色の目をした人だった。顔つきは完全に外国人風ではなく、若干日本人的な要素が混じっている美人だ。ハーフなんだろうか。
彼女は玉座に座っている三人に目を丸くすると、天井から釣り下がっているシャンデリアに目を向ける。そして、従者のように床に座っている僕と銀治君を見ると、頭を抱えた。
「き・・・聞きしに勝る部ですわね・・・。一体なんの宗教なの・・? まあいいですわ。本日参ったのは、こちらの部が高校生の部活として相応しくない、『お金集め』をしているという噂を聞いたもので。いかがですか?」
部室内がざわつく。もちろんそんなこと・・・心当たりがありまくりだ。生田会の時の報酬と、川を掃除したときの報酬。僕はそれでゲームソフトを一本買って後は貯金をした。そんな完全に高校の部活動から逸脱している事実がどうしてばれているんだろう。それは部員しか知らないはずなのに・・・。
「ま・・・またまたぁ。そ・・・んなわけないっすよ。そもそも・・・あなた誰っすか?」
銀治君は黙っていて欲しい。演技が下手すぎる・・・。
「あら、聞いてませんでしたの? それに見てわかりません? ・・・まあ、一年生は無理もありませんわね。わたくしは去年の9月の生徒会選挙で一年間の会長に就任した、白井実花です。次の選挙でも会長になり、二期連続を目指しますのでお見知りおきを」
そう言えば教室で誰かが話しているのを聞いたことがある。僕達の学校は、生徒会委員を決める選挙が9月にあるらしい。これは、入ったばかりの一年生の事を考えてのことである。生徒会に立候補できるのは1年生および二年生。任期は一年。三年生は任期完了前に卒業してしまうから除外される。
「会長さん、そんな話は知らないわよ。デマを信じちゃダメよ! 。・・・デマを・・・信じちゃ・・・」
絵里香さんは自分でそう言った後、何かを思い出したのか、唇を噛みながら地団太を踏んでいる。小里ちゃんの握っているシャープペンシルはへし折れ、美沙さんの影が悪魔の形になっている。
「あら・・・。絵里香さん、こんな部へ入っていましたの? ・・・通りで・・・」
「通りで・・・なんなのよ。相変わらずもやしみたいな連中の女王様気取っちゃって」
絵里香さんがそう言って気がついたが、会長さんの後について来ている人達は、同じ生徒会委員なのかもしれないが、どの人もメガネをかけて色白で細い。
「ふっ・・・。体つきが良いだけの頭の軽そうな男達をたぶらかしてばかりいるあなたに言われたくありませんわ」
会長さんは見下したような表情で絵里香さんを見ている。お・・・女の戦いだ。ここまでで絵里香さんと会長さんの間に何があったのかが大体想像できた。去年、二人とも一年生ながら、派閥を築きあげて対立していたのだろう。運動部の男子を魅了し、ファンクラブを作らせた絵里香さん。会長になり、文系の男子や女子の尊敬を集めた実花さん・・・と言ったところか。
「それで? 証拠は? あなたが出張って来たくらいだからあるのよね?」
「ふ・・・。今日は様子見。そのうち掴んでさしあげますわ。あなたがここにいると言うことで確信が持てました。夜な夜な男を誘っていかがわしいことをしているあなたなら・・・ね」
実花さんはその美しい金色の髪を書き上げると、笑顔を残して部室を出て行く。扉はメガネをかけている男子の一人が閉めていった。
「相変わらず何様なのよ、あの子」
「ぎゃぅっ!」
絵里香さんにしっぽを踏んづけられた銀治君は、涙目で僕を見ている。いや、見られても・・・。
「しかし、どういうことなんだ? 私達は悪い事をしていないとは言え、知られると学校から規制を受けるかもしれないからと・・・黙っていようと言うことにしていたが・・・」
朱魅さんは首を捻っている。
「・・・市の職員が喋ったんじゃない?」
絵里香さんがため息をついて呆れ顔をしている。どうせ大人はバカだから。そう言いたげだ。
「いや、釘を刺しておいたし、普通の業者の十分の一以下の料金で仕事をこなす私達を手放すようなミスはさすがにしない・・・と思うぞっ」
「それなら・・・部員が喋ったってこと? でも、さすがにそんな人はここに・・・。・・・・・・・ん? ・・・・おい、銀治。こっちを向け」
絵里香さんだけでなく、全員の視線が集中する。銀治君は顔を背けて窓の外を見ているが・・・・・・・・・、その尻尾が震えている。
「分かりやすいな、犬っころは・・」
絵里香さんが立ち上がった。
「ちがっ・・・。ちょっと・・・学食で特上カルビ丼大盛を食べたとき・・・周りの奴らに言ったかも・・・」
「全然違ってないだろ・・・。銀治・・・」
絵里香さんが目の前に立つと、銀治君はいつの間にか犬耳まで飛び出ていて、それはぺったんこに垂れ下がっていた。
「ゆ・・・許してください。もう言いません・・・」
ニコッと笑った絵里香さんは、猫を掴むかのように銀治君の首根っこを持ち、窓に向かって放り投げた。
[ガシャーン]
「わっ・・・。あぶ・・・。えっ・・・何これっ! 亡者が足にっ! た・・・助けて・・・」
銀治君は窓枠につかまって何とか落ちずにいた。しかし、その視線とセリフからすると、足に亡者達が何人かつかまっているようだ。・・・美沙さんの仕業だ。
「えいっ!」
「いてぇ!」
すかさず小里ちゃんが銀治君の指にシャーペンを刺した。銀治君の手は離れ、姿が窓の外に消えた。すぐ後に、[ドサッ]という音が聞こえる。普段銀治君は三階から飛び降りたりしているが・・・、今回は体に亡者が取りついていたので受身が取れたのだろうか・・・。下はコンクリート。・・・まあ、彼なら死にはしないはずだが・・・。
「どうする? あの生徒会長を消すか?」
「け・・・消しちゃあ駄目ですよっ! 美沙さん! ・・・同じ学校の生徒なんですから!」
「まあ、今のところ次の仕事が決まっていないっ。決まったら、その時考えようかなっ!」
朱魅さんはそう言ったが、翌日新しい仕事が僕達の前に現れることになる。




