↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/34

第24話 交代の方を、お待ちしております

「こちらが、相談役様のお部屋でございます」

 侍従の方が開けた扉の向こうに、ほうきが三本、立てかけてある。


 壊れた椅子が二脚と古い衣装箪笥(いしょうだんす)が一つ、窓は小さいのが一つ。


 どう見ても、物置だ。ゲームなら、最初の村の納屋から始まるやつだ。


 肩書きなら最上階の角部屋なのに、実際はほうきと相部屋らしい。


「騎士団のほうで、ほかのお部屋は、ふさがっていると……」

 侍従の方は、申し訳なさそうに目を伏せた。


 騎士団の意地が、部屋割りにまで届いている。


 出口は扉が一つきりだと、職業病でもう数えてしまった。


 問題は、脚が一本折れて扉のほうへ傾いている衣装箪笥で、倒れたらたった一つの出口がふさがる。


「侍従の方、箪笥の前から、横へ。この箪笥、動かしてもよろしいですか」

「は、はい、のちほど人を……」

 のちほどは、要らなかった。相談役の初仕事が、箪笥の救出?


 片手で起こして、出口から遠い壁へ寄せる。


 折れた脚の下に、壊れた椅子の脚を一本差しこんで、壁のほうへほんの少し傾けた。


 ずしん、と床が鳴って、侍従の方がほうきと並んで固まっている。


(……軽すぎますわね、この箪笥)

 先輩の基準で言わないでください。


 机がわりに空の木箱を裏返して、夜会の日の記憶で、ゆうべ描いた宮殿の間取り図を広げる。


 この物置が、今日から私の防災センター。前の職場でいう、警備員の本部だ。


 六時の鐘には、アンナが馬車で迎えに来る。人生で初めての、定時上がりだ。


  ◇


「おはようございます」

 扉の前に立つ騎士の方が、すっと顔をそむけた。


 次の扉で「お疲れさまです」に変えても、その次で「本日もよろしくお願いいたします」まで伸ばしても、そむける角度は同じだ。


 挨拶は、九回、空振りした。


 背中のほうで、ひそひそ声がする。

「……団長の言いつけだぞ。狂犬と口をきくな」

 聞こえてます。


 道も聞けないので、間取り図だけを頼りに歩く。


 巡回では、扉の向こうの階段まで見る。前の職場でも、いちばん何かあるのは階段だった。


 廊下のいちばん奥に、手を離すとひとりでに閉まる、重たい木の扉があった。


 開けると、洗濯場へ下りる古い石の階段が、暗いほうへ続いている。


 いちばん下に、乾いたシーツが白く散らばっていた。


 その真ん中で、小さな背中が丸まっている。


(……人ですわ)

 分かってる。


 駆け下りたいのを、手すりでこらえた。散らばったシーツは、踏めば滑る。


 そばに膝をつくと、白い髪の、年配の侍女の方だった。


「どうされましたか? 聞こえますか」

「……朝に、洗い物を運んでいて……足を、踏み外して」

「頭は、打ちましたか?」

「いいえ……」

「首は、痛みませんか。足の指、動かせますか」

「首は、平気です。指も、動きます。でも、腰が、どうにも」

 頭も首も大丈夫で、足の指は動くなら、守るのは腰だ。


 腰か、脚の付け根。お年寄りは転んだだけでそこが折れることがあるから、起こさない。


「朝から、誰も、通らなくて……。この階段は、私しか使いませんので」

 胸の奥が、きゅっと縮んだ。


 いまは、もう昼を過ぎている。


「動かなくて大丈夫です。このままで」

 本当は、冷たい石とのあいだに敷きたい。でも、動かせないから、乾いたシーツを上から何枚も重ねていく。


 いちばん上の段に戻って、重たい扉を背中で押さえた。


 ここからなら、下の侍女の方と、二十歩先の騎士の方の持ち場が、両方見える。


 この扉が閉まっていれば、廊下からは何も見えないし、声も届かない。


「騎士の方! 人が倒れています!」

 騎士の方が、こちらを見たまま動かなくなった。


 持ち場を離れてはいけない。狂犬と口をきいてもいけない。


 治癒術士の方がどこにいるのか、私は知らない。なにしろ、道を聞けなかったので。


 だから、持ち場のほうを私が引き受ける。


「あなたの扉は、私がここから見ています! 階段から落ちた侍女の方です。話はできますが、腰が痛くて立てません。治癒術士の方と、担架を!」

 騎士の方は、ひと言も言わずに走りだした。


 見張りはあっても、巡回がない。扉の前に立てば扉は守れるけれど、扉と扉のあいだは、誰の持ち場でもなくなる。


 やがて、治癒術士の方と担架が駆けつけた。


「朝、階段で足を踏み外されたそうです。腰か脚の付け根が痛くて、立てません。頭は打っていない、とご本人が。動かしていません」

「……なぜ、ここに人がいると」

「巡回、なので」

 治癒術士の方は、その言葉を、薬の名前でも覚えるみたいに手帳に書きつけた。


 戻ってきた騎士の方に、持ち場を返す。


「持ち場、お返しします。どなたも、いらっしゃいませんでした」

「……朝に、何か落ちる音は、した」

 低い声だった。言いつけを一つ破った声。

「でも、扉を離れるわけには」

「離れなかったのは、正しいです。離れていい仕組みが、なかっただけです」


  ◇


 六時の鐘が鳴った。


 定時だ。昨日、紅茶一杯ぶんの勝負で勝ち取った、定時のある初めての夕方になる。


 ……交代が、来ない。


 門の外では、もうアンナの馬車が待っているはずだ。


 侍従の方に、詰所へは「交代がまだです」と、西の門の外のアンナへは「少し遅れます」と、言づけを頼んだ。詰所の扉は、私には開かないので。


 交代が来るまで持ち場を空けないのは、前の職場の当たり前だ。


 着任二日目にして、残業。残業代って、この国にもあるんだろうか?


(……帰りませんの?)

 交代が来るまでは。

(……わたくし、お腹が空きましたわ)

 知ってます。私もです。


 待つあいだに、間取り図の、誰の扉からも見えない場所を炭で一つずつ塗っていく。


 宮殿の図が、みるみる黒くなる。


 誰もいない廊下へ向かって、つい、受付の口が動いた。


「交代の方を、お待ちしております」

 誰も答えない物置の中で、私の声だけが元気だった。もしかして、私ごと忘れられてる?


 七時の鐘の少し前、廊下に鎧の音がした。一人じゃない。


「交代に、まいりました!」

 大柄な若い騎士の方が、物置の入口いっぱいに立っていた。


 その顔を、私は覚えている。祝福式の広場で、この人の心臓は止まっていた。騎士の方たちと交代しながら胸を押してつなぎ、聖女様が戻した。


「オットーです。あの日は、ありがとうございました」

 後ろに四人いて、物置に入りきらず、鎧ごと廊下にはみ出している。


「騎士団長が、出たい者が出ろ、と。誰も、出ませんでした。なので、俺たちが」

 オットーさんは、胸を張った。

「あの日、俺の胸は、交代で押していただいたと聞きました。だから、今度は俺が交代です」

 それから、少し声を落とした。

「夜の門は、朝まで一人です。途中で替わりに来た者は、一人もいません。今夜の門の番を頼むのに、一時間かかりました。……初めて、頼みました」


 意地悪だけじゃなかった。この騎士団には、交代を回す仕組みが、もともとないのだ。


「……お待ちしておりました」

 声が、少し揺れた。


「では、申し送りをします。今日あったことを、次の番の方に渡します。明日の朝は、皆さんから私へ」


 間取り図を入口まで持っていって広げると、五人がのぞきこんで、そろって青ざめた。


「……自分の門の裏も、真っ黒です」

 いちばん眠そうな人が、ぼそりと言った。


 黒いところを指でなぞって、今日の階段のことを渡していく。


「あの階段は、誰の持ち場でもありません。一時間に一度、どなたか歩いてください」

「はっ!」

 五人の声が、物置の天井で跳ね返った。


 オットーさんが、最後に一つ足した。


「それと、詰所の牢の番から、申し送りを預かってきました。あの男は、今日も何も話していません。ただ、『狂犬』と聞いて、一度だけ笑ったそうです」


 先輩は、何も言わなかった。


 言葉になるまで待つ、と決めたのは私だ。だから今夜は、聞かない。


  ◇


 宮殿の西の門を出たのは、七時の鐘のあとだった。


 門の前に、白い髭の大きな影が立っている。


 騎士団長だ。今日は一日、ひと言も口をきいてもらえなかった。


「陛下は、相談役の交代を騎士団から出せと仰せだった。だから、手を挙げる者を待った」

 騎士団長は、腕を組んだまま続けた。

「わしの騎士が、狂犬の交代に立った」

「はい。助かりました。叱るなら、私を。口をきかせたのは、申し送りをした私です」

「……誰も、叱らん」

 白い髭が、もぞりと動く。

「……あの侍女はな。わしが見習いのころから、詰所のシーツを洗っておった」


 ……それで、門で待っていたの?


「礼は言わん」

「はい」

「勝負だ、狂犬。竜が来たときに民を守れるのは、騎士か狂犬か。広場で鐘を一つ鳴らす。民を先に一人残らず広場の外へ出したほうの勝ちだ」


 ……それ、避難訓練です。


 ぐう。


 騎士団長の手が、剣の柄に飛んだ。


「失礼しました。……お腹です」

(……わたくしでは、ございませんわ)

 体は先輩のなので、連帯責任です。


「承知しました。ただ、定時を一時間過ぎておりますので、詳しいお話は、明日の朝、相談役室で伺います」

 騎士団長が、目をむいた。

「……物置でか」

「物置でです」


 騎士団長はくるりと背を向けて、詰所のほうへ歩きだした。


 大きな背中の向こうで、ふん、と鼻が鳴った。笑った? まさか。……たぶん、まさか。


 門の外の馬車から、アンナが日傘を抱えて飛び出してきた。

「お嬢様! 一時間、お待ちしておりました!」

「ごめん、アンナ。残業だった」

「存じております。待つのは、わたしの持ち場ですので」


 ……アンナの残業代も、要るのでは?


 王宮警備相談役、着任二日目。


 勝負のお申し込みは、物置で承ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。