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【第二章】遭遇

 尾堂駅裏の国道沿いに、昭和の名残を感じさせるビルが建ち並んでいる。

 夕暮れ時に点され始めた灯りは駅前より少なく、寂れた雰囲気が漂っている。その端にある雑居ビル前で、保田は深呼吸をしている。 


 老朽した壁面には、複数の店舗の看板が取り付けられている。五階建てで、エレベーターはない。

 保田は覚悟を決めて、えんじ色の絨毯が敷かれた階段を昇っていく。


 二階にある店舗のドア前に、キャップを被ってサングラスとマスクを着けた男が立っていた。こちらに気づくと一瞬身体を揺らしてから、横をすり抜けて階段を下って行った。


 怪訝に思いながらも、アーチ型の木製ドアを開ける。

 ピンクのぬいぐるみや星のライトなどのファンシーな内装が目に飛び込んできて意表を突かれたところに、さらに強烈な存在が迫ってきた。


「いらっしゃぁい!」


 保田は口端を引きつらせつつ、店内へ足を踏み入れた。



「モリちゃん、また来てねん」


 ピンクドレスを着た男性がカールした金髪を揺らしながらそう言うと、横にいる筋肉質の男性二人も「また会いましょうね」「気を付けて帰るのよぉ~」と手を振ってくれた。


「ありがとうございます」


 ぺこっと頭を下げると、彼らはビルの中へ戻って行った。


「さて、帰るか……」


 駅へ向かおうとした保田は、視線を感じた。

 赤信号で停車している車の運転席から、こちらを凝視している男がいる。

 思わず「ひっ、」と声が出た。


 信号が青になって発進した車は、少し先の駐車場に入った。そこから威圧感のある男が早歩きでやってくる。逃げようか迷っているうちに肩を掴まれた。


「守男」


「……灰々津警部補」


 しばらく蛇に睨まれた蛙状態で見つめ合ったあと、灰々津が無表情で言った。


「少し、話をしないか」


 有無を言わせぬ勢いで二十メートル先にある公園へ連れて行かれ、ベンチに並んで腰かける。

 話をしないかと言ったのに灰々津は何も話さず、指先でしきりに鼻の頭を撫でている。


 保田は居心地悪く身を縮ませる。

 これは絶対に勘違いされている。違うと言いたいが、こちらから切り出せば、気にしていることの表れになる。否定しても、隠したいからだと誤解される。

 悩んだすえに、ひとまず別の話題を振ってみることにした。


「あの、今はどんな事件に関わってるんですか?」


「尾浜町の民家で起きた強盗致傷事件だ」


「あ、ネットのニュースで見ました。あの事件を担当されてるんですね。じゃあすごく忙しいですよね」


「被疑者を尾堂署に留置し、帰宅するところだった」


「あ、そうですか、お疲れ様です」


 会話が終わってしまった。ふたたび訪れた沈黙の中で、保田は灰々津について考える。


 尾浜町は尾堂市の南にある小さな漁師町だ。もしや彼は、県警本部がある熊堂市以外の事件を担当しているのだろうか。それが彼を試すための配置であるなら、もう結果は出ている。


 尾堂署の元同僚によれば、灰々津はこの二ヶ月で、保留状態の殺人事件を解決したという。赤蔵町の件と今回の強盗致傷を合わせて三件。驚異的だが、彼の捜査に付き合ったことがある保田には納得できる。それでも灰々津を評価しないのだとしたら、単に扱いにくい存在を遠ざけたいだけなのだろう。彼の突飛な言動に振り回された経験がある保田には、その気持ちもまた理解できる。

 とはいえ少し気の毒になり、店でもらったカップケーキをそっと差し出す。


「よかったら、どうぞ」


 灰々津は受け取ったカップケーキをまじまじと見て、つぶやいた。


「そういうことか」


 保田ははっとする。カップケーキの表面にはピンク色のチョコでLOVEと書かれている。


「ち、違います! 違いますからね!」


「激しい否定は、肯定と同じだ」


「違うううう!」


「ありがたくいただこう」


「うううう……」


 灰々津はカップケーキをあっという間に平らげて口端のかけらまで舐め取った。彼の誤解を解くために、保田は白状することにした。


「一週間前に、尾堂駅前三丁目のマンションで異状死体が見つかったことはご存知ですか?」


 灰々津は少し黙ってから答えた。


「ああ、尾堂署で自殺として処理された事案だろう」


「俺は、自殺じゃないと思っています」


「理由は?」


「半年前のことですが、警ら中に、川辺で座り込んでいる男性を見かけて声をかけたんです。女性のような口調で返事をされて驚きましたが、寒い時期でしたし、お酒を飲んでいたので放っておけなくて少し話をしました」


 保田は当時のことを思い返しながら説明する。

 彼は香里茂こうざとしげると名乗った。尾堂北駐在所の受け持ち区域である川尾町の町内会長を務める香里家の長男だという。


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