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赤く染まった景色

「殺害現場と思われる廃屋のそばに落ちていたナイフには、君の血も付着しているはずだ。身に覚えがあるんじゃないかな」


 遠藤は目を伏せて、ゆっくりと立ち上がった。


「……そうですね。そうです、僕がやりました」


 両手を揃えて差し出してくる遠藤に、保田はぎゅっと眉根を寄せる。


「ユキばあちゃんがね、君はすごく良い子だって言っていたよ。高卒で働いて、貯めたお金でかるがもスーパーを始めたんだってね。お年寄りたちの役に立つ仕事がしたいからって。そんな優しい君が、妹さんのためだとしても、人を殺せるだろうか」


 先ほど灰々津が語った言葉をなぞるように、語りかける。


「俺の話はただの推測だから、まともに受け取らなくていいし、違っていたら否定してくれていい。……君の軽トラに吊り下げられていた交通安全のお守りは、どれも可愛らしい色をしていた。あれは、妹さんが君のために買ってきたものなんじゃないか」


 遠藤が、小さくうなずいた。

 保田は思う。年寄りは往々にして信心深いものだ。祖父に育てられた兄妹も、自然と神仏を信じるようになったのかもしれない、と。

 けれど、より信心深い者がいた。


「あの廃屋の柱には、仏像が彫られていた。借金の取り立てに抗うための護身用だったのか、持っていたナイフで、坂井さんが手持ちぶさたに彫ったんだろう。追い詰められて逃げてきて、もう神仏の奇跡にしかすがるものがなかったのかもしれない。他者の血を捧げることで願いを叶える地蔵の話を聞いて、その存在を意識し続けるうちに欲に呑まれてしまった彼は、人の良い君を地蔵の前へ連れて行き、ナイフで襲った」


 背後に、灰々津の気配を感じる。こちらをじっと見守っている。これはすべて、彼が導き出した筋立てだ。


「君は抵抗した。揉みあいになった拍子に、ナイフが坂井さんに刺さった。あわててナイフを抜いて、おびただしい量の血を浴びた君は、救急車を呼ぶことさえできずに立ち尽くした。そこで視線に気づいた。君がいつもエサをあげていたシロの視線に。君は坂井さんを軽トラの助手席に乗せてその場を離れ、麓近くの空き地に彼を置いた。そこなら、きっと誰かが見つけてくれると思ったんだろう」


 遠藤の頭が垂れ下がっていく。


「自分を殺そうとした相手であっても、その遺体が弔われることを望んだんだろう」


 灰々津は、かるがもスーパーの事業所の近くにある大型スーパーに電話をかけて仕入れ先と特定し、これまでと今朝で、仕入れの時間や商品数に差があったか訊ねたそうだ。

 すると、今朝はいつもより三時間遅れて来て、少量の生鮮食品だけ仕入れて行ったと回答を得た。その際、遠藤は言ったそうだ。これまでお世話になりました、と。


「君は罪の意識に苦しんでいる。こうして全部を自分ひとりで被ろうとするほどに」


 遠藤の差し出されたままの手を、包むように両手で握る。


「……でもね、そんなこと、君にお守りを渡してくれた妹さんは、望まないよ」


 握った手が小刻みに震えだす。遠藤がゆるゆると首を振った。


「嘘じゃ……ないんです。僕は、あのとき願っていた。坂井さんの血を浴びた地蔵に、美冬を生き返らせてくださいって。動かなくなった坂井さんをそのままに、ひたすら願い続けてしまった」


 遠藤の足下に、ぼたぼたと水滴が落ちて、黒い沁みを作っていく。


「でも、家に帰っても、美冬はいなくて……きっとすぐには無理なんだ、時間がかかるんだって思って、その間に、お得意様には挨拶をしておこうと思って……でも、わかってたんです。生き返るなんて、ありえないって。それでも、どうしても最後に、ここに来て確かめたかった。ここに、美冬がいる気がしたから。行ってらっしゃいって笑ってほしかった。……会いたかった」


 保田は込み上げてくる涙をこらえようとしたが、無理だった。次から次へとあふれ出てくる。


「遠藤さん、署に行ったら、事実をすべて話してください」


「でも、僕……」


「自分で断罪しないでください。裁きは、法に任せてください」 


 ごめんなさい、ごめんなさいと泣きじゃくる遠藤を支えて、少し離れたところで電話をしている灰々津を見やる。こちらの視線に気づいたのだろう。電話を切って近づいてくる。


「熊堂県警捜査一課の灰々津です」警察手帳を見せて、「遠藤さん、あなたに任意同行を求めます。よろしいですか」


 遠藤はこくりとうなずいた。

 それを見て、灰々津はおもむろに腰を低くした。墓石に向かって手を合わせる。


「遠藤美冬さん、お兄さんの身柄を預からせていただきます。捜査本部は設置されていますが、鑑識結果はまだ出揃っていません。現時点でお兄さんが出頭の意志を示して任意同行に応じた。これが自首として評価され、情状面で考慮される可能性があります。ご心配でしょうが、後は我々に任せて、どうか安らかにお眠りください」


 そう言って立ち上がり、「行きましょう」と促す。

 歩き出す遠藤に付き添いながら、保田は袖口で目元を拭う。

 赤く染まった景色の中で、先を行く大きな背中が、目印のように見えた。


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