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終わりのあとで

 蝉の大合唱の中、保田はバイクを走らせる。

 きゃーっという甲高い声にバイクを停め、川の中できらきらした水しぶきを上げてはしゃいでいる子供たちへ声をかける。


「あんまり深いところへ行っちゃだめだぞ! 気をつけてね!」


「はぁ~い!」


 元気な返事にうなずいて、また走りだす。熱い風が吹き付けてくる。汗がこめかみを伝う。


 川尾町で二軒の巡回連絡を終えて、警らがてら少し大回りで戻ろうと、町道を北上していく。

 民家が見えなくなり、木立ばかりが並ぶ山道のゆるいカーブを徐行で進んでいくと、ぽっかりと空いた土地がある。

 保田はそこを横目で見て、通り過ぎた。


 一年半前に起きた銀行強盗事件。

 その首謀者であった末谷は、福岡で半グレ的な活動をしていたが窃盗で捕まり、服役後に地元である尾堂市へ戻ってきた。

 駅前の工事の作業員として勤めたものの理不尽なしごきにあい、二ヶ月で退職。

 真面目に働いても無駄だという諦観に、社会に対する憤りが重なり、熊堂銀行尾堂支店への強盗を計画した。


 銀行強盗は時間との勝負だ。瞬時に威嚇できる拳銃を入手しようと考え、盗んできた車で市内を回って、駐在所の警察官に目星を付けた。

 しかし単独の犯行は無理がある。自分が銃で銀行員を脅しているあいだに金をバッグに詰める役と、すぐ逃げられるよう裏口で待機する運転手役が必要だ。


 末谷はアプリで「地域限定・即日高額報酬・簡単な仕事」と募集をかけた。

 応募してきた者たちに名前と身長体重、簡単な経歴と身分証明書を提出させて振るいにかけ、小林と横溝を選定した。


 決行当日、待ち合わせ場所にいた小林と横溝を車に乗せたあと、仕事内容を話した。

 犯罪と知っても、少年時代から非行を繰り返してまともな職に就けずにいた小林は、「一億円手に入ったら三千万やる」と聞いて即諾した。

 フリーターの横溝は、そんなことできないと怯えたが、「逃げるならこの場で殺す」と言われ従った。


 末谷が提示した一億円は、タイムロック金庫の解錠が前提の金額だった。

 支店長から「解錠には最短でも十五分以上かかる」と言われたため、やむを得ず手元金庫とカウンターにある現金だけを奪って逃げた。


 用意していた別の車に乗り換えて、高速に乗ろうとしたが、想定よりかなり早く検問が敷かれていた。

 焦った末谷は、市街地は優先して検問が敷かれるが、山間部は手薄だろうと、山越えで包囲網を突破することにした。

 けれど不安から、すでに拘束済みの警察官を人質にしようと考えた。

 そのために立ち寄った白岩地区の元板金加工工場で、彼らは全員逮捕された。


 計画立案した首謀者である末谷は、強盗と車両窃盗、銃刀法違反、組織犯罪処罰法違反。小林は強盗と傷害罪、横溝は強盗幇助にて、それぞれ起訴され、いまだ裁判中だ。


「おまわりさ~ん!」


 前方からやってきた軽自動車の助手席から、ユキばあちゃんが手を振ってきた。

 運転席にいる桜もぺこっと会釈をした。月曜日で美容室が休みなので、ユキばあちゃんを連れてどこかへ出かけるところなのだろう。


「暑いから無理しないようにねぇ。危ないところに行っちゃだめだよぉ」


 そう言って横を通り過ぎて行くユキばあちゃんに頭をぺこっと下げて、保田は苦笑いをする。


 あの事件は、大きなニュースにならなかった。同日に他県の連続殺人事件の被疑者が逮捕されたため、メディアはそちらばかりを大きく取り上げた。

 そこには警察上層部の働きかけもあったのだろう。

 警察官が拉致され奪われた拳銃で行われた強盗事件など、警察の面子丸潰れだ。批判を防ぐため、事実は公表したもののスピード逮捕を強調し、メディアの追求を抑えたうえで事件を矮小化して扱わせたのだ。


 それでも、人の口に戸は立てられない。特に田舎の人伝による情報伝達は驚くほど早い。

「警察がたくさん集まっていたのを見た」「おまわりさんが酷い目にあった場所らしい」そんな話があっという間に広まった。

 その結果、多数の要望により本腰を入れた市役所が所有者を特定して働きかけ、元板金加工工場は撤去された。


 けれど保田はいまだに受け持ち区域の住民たちから気遣われている。

 ありがたいが、守るべき対象にこちらが心配されてどうすると情けなくなる。


「ほんと、情けないよなぁ……」


 この道を定期的に通るのは、警らのためだけではなく、もう二度とあのような失態を犯すまいと気を引き締めるためでもある。

 そうして当時のことを振り返るたび、灰々津の顔が浮かぶ。


 ――警察だ。動くな。


 低い声が聞こえたとき、全身から力が抜けた。来てくれた、もう大丈夫だと思った。

 ナイフらしき物を首に当てられたときも恐怖はなかった。小林の発言から、灰々津が銃を持っていることは察せられた。彼なら撃つ。あやまたず小林の手を撃ち抜ける。そう確信したから、うなずいた。

 目隠しを外され、朱色の光の中で見えた灰々津の顔は、今でも忘れられない。


 ――謝る必要はない。


 後日、「迷惑かけてすみませんでした」と言うと、彼はそう返して、続けた。


 ――おまえが被疑者たちの説得を試みてくれたから隙を突くことができた。それに、おまえの存在が無ければ、彼らはそのまま山越えで逃げていた。そうなれば確保までに時間がかかり、一般市民が人質に取られたり撃たれる可能性もあった。おまえはよく働いた。自分を責めるな。


 あの言葉に、どれだけ救われたか。

 保田は眉を下げる。

 拉致された自分を保護し、奪われた拳銃も回収し、銀行強盗も即日捕まえた。まさに英雄的活躍だ。けれど灰々津は表彰されなかった。

 銃を所持した被疑者と人質がいる場に単身乗り込む無謀な行為は、警察組織として認められない。拳銃の発砲についても問題視された。

 とはいえ彼のおかげで事件が早期解決した事実もあるため、処分されることはなかった。


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