譲れないもの
「なんてことだ……」
署長の顔がさぁっと青くなった。
灰々津は無線を握り、本部警備部へ告げる。
「緊急。銀行強盗発生。被疑者は拳銃所持および実弾使用。警察官拉致の疑いあり。犯人男三人、車両にて逃走中。特殊部隊の出動要請を検討願います」
機動隊だけでは、この状況を制圧するには荷が重い。被疑者は拳銃を所持し、すでに発砲している。人質までいる可能性がある。銃器事案を専門とするSATの投入が必要だ。
しかし熊堂県にSATは配備されていない。最寄りの福岡県警SATがヘリで急行しても、到着まで約二時間を要する。
検討するとの返信を受けて奥歯を噛みしめたとき、設置された大型モニターに映像が映った。
盗犯係から送信された銀行の防犯カメラ映像だ。三分割された画面に、店内入り口とカウンター、駐車場が映っている。
十四時五十三分、帽子とマスクを着けた二人の男が入り口に現れた。
十四時五十五分、他の客がいなくなったと同時に、一人が拳銃を抜いてカウンターへ発砲した。銀行員たちが一斉にカウンターから離れ、銃で脅されて一箇所に集められた。その中から支店長らしい中年の男が前に出て、指示されたのかカウンター付近にある金庫を開けた。そこから出した現金を、もう一人が手早くバッグに詰めた。
十四時五十九分、男たちは支店長に銃を向けながら裏口へ移動。レバーを押して外に出ると、直結の駐車場に駐めてあった車に乗り込み、すぐに走りだす。
車内には実行犯二人と、運転手一人が映っていた。
灰々津は鼻先を撫でる。
熊堂銀行尾堂支店の建物は昭和初期に建てられたもので、昨年半ばから始まった駅前再開発に伴い、新店舗の建設が進められている。その旧式なセキュリティの隙を突いた犯行。
尾堂支店は、十五時の窓口閉店と同時に裏口の電動シャッターが降下し、内側からも二重施錠される。人感・振動センサーと赤外線も作動し、触れたとたんに警備会社へ自動通報される。
また、十五時以降は、手元金庫やトレー現金は全てタイムロック金庫へ格納され、翌朝まで開錠できなくなる。
そこで現金がカウンターにあり、なおかつ客も少ない十五時までの数分間を狙うことにしたのだろう。
時間との勝負だ。
一瞬で銀行員を服従させるには、ナイフの脅しでは弱い。カウンターに銃弾を撃ち込むことで瞬時に服従させられる。同時に、カウンター下にある足踏み通報ボタンから離すこともできる。
それにナイフだと近接しなくてはならないが、拳銃であれば遠くから威嚇できる。逃亡時も、撃たれる可能性があるとなれば銀行員や目撃者も追うことをためらう。
そのため、リスクは承知の上で警察官を襲い、拳銃を奪おうと考えた。
襲う相手として、防犯カメラもない道を警らするひとり勤務の駐在所長はうってつけだったろう。
防犯カメラに映っていた逃走車両内に、保田の姿はなかった。彼を連れていては短時間で車を乗り換えることもできなかったはずだ。彼はどこかに監禁されているか、すでに……
「灰々津、状況を報告しろ」
入室してきた捜査一課長が、開口一番に訊ねてきた。
灰々津が説明すると、課長は重苦しいため息を吐き、険しい表情で腕組みをした。
「部長はまだ特捜本部の会議中だ。これから俺が指揮を執る」
灰々津は彼に告げる。
「俺は保田さんの捜索に向かいます」
「勝手に動くな」
「銀行の防犯カメラで確認された逃走車内の人数は三人。主犯と見られる二人は後部座席に乗り込み、運転席にいた人物は座高が高かった。保田さんとは違う。助手席に人影はなかった。つまり保田さんはどこかに監禁されている可能性が高い。もし保田さんが被疑者の顔を見ていたら口封じに……彼の身が危ない」
「だからといって、おまえ一人で無暗に探したところでどうにもならんだろう」
保田はいま無線機もスマホも所持していない。GPSで探ることはできない。
それでも灰々津は、彼の居場所に目星を付けている。
「保田さんは、バイクが発見された場所から、ほど近い場所にいます」
「なぜそう言い切れる」
「俺は十二時頃、保田さんに電話しています。バイク発見の通報が十四時十分。バイクがあった場所から銀行まで車で約三十分。被疑者らが銀行へ現れた時刻が十四時五十三分。この時系列から考えて、十二時から十四時の間に拉致された可能性が高い。バイクが発見された場所は山間の小道で、その先にある白岩地区には廃工場が二つ、廃倉庫が三つあります。俺も昨年の事件でその近辺を通りましたが、防犯カメラはなく人目につかないうえ容易く出入りできる場所でした。被疑者らにとって、拳銃を奪ったあとの警察官など用済みであり早く手放したいはず。その放置先として、白岩地区は最適です」
頭の中で地図を広げ、自分が被疑者であれば、という視点で、建物が道路に面しておらず、外からは見えにくく、民家や畑からも離れている場所を絞り込んで言う。
「俺は、保田さんは白岩地区の元板金加工工場にいる可能性が高いと考えます」
課長の眉間にくっきりとした縦じわが刻まれた。
「……灰々津、おまえが係長から追い払われて俺の直属になったのも、特捜本部へやらなかったのも、そういうところのせいだ」
「そういうところ、とは」
「明らかな証拠から導き出された見立てならいいが、おまえのそれは推理に近い。推理は刑事じゃなく探偵の仕事だ。海千山千のベテランならまだしも、三十そこらの若造が直感で動いたところで現場をかき乱すだけだ」
「俺は状況証拠から導き出した見立てで動いています」
「たしかにおまえは、うちに来て一年ほどでいくつも事案をさばいている。その能力を疑ってはいない。そもそも能力を買っていたから拾ったんだ。……だがな、警察は、組織だ。個々が好き勝手に動けば、組織は成り立たないんだ」
課長の言葉はもっともだ。それに、彼がこれまで自分に配慮してくれていたことはわかっている。
所轄の捜査チームへの支援派遣が多かったのは、そちらのほうが指揮的立場になりやすく行動の自由度が高いためだ。
そうして実績を作らせ、なるべく早く警視庁に戻れるようにと計らってくれていた。しかしこのまま戻ったところでまた弾かれると考え、こうして制御を強いているのだ。
反発する気はない。だが、譲れないものがある。
「二時間ください。それで保田さんが見つからなければここへ戻り、以降はご指示に従います」
課長がなぜか大きく目を見開いた。
「……おまえ、そういう顔もできるのか」
「お願いします」
「勝手にしろ」
しっしっと手を振られた。
了承と受け取り、灰々津はコートをひるがえして踵を返す。驚いた様子の捜査員たちの間をすり抜け、待ち伏せていた記者を素早くかわして、全速力で駆け、外へ飛び出した。




