天むすと不審車
「変な車?」
「福岡ナンバーの白い車が、町をうろつくように走ってたんだ。運転手はマスクしてたから顔はよくわからなかったけど、若い男みたいだった」
保田は眉をしかめる。
昨年末、比野をはじめ数人から同じ内容の不審車報告を受けていた。
田舎の人々は余所者に敏感だ。町内に防犯カメラがほとんどなくても、彼らの目がその役割を果たしている。
「その車のナンバー、わかりますか?」
教えてもらったナンバーは、以前メモしたものと同じだった。
口の渇きを感じたとき、奥さんがお茶を持って来てくれた。彼女の笑顔から、ここで召し上がれという圧を感じ取り、保田はお茶を片手に天むすにかぶりつく。
「あら、良い食べっぷり! 若い男の人はそうでなくっちゃね。ねぇ、おまわりさん、そろそろ所帯を持ってもいいんじゃないの? 比野さんの娘さんとか、どう? おまわりさんと歳も近いし、気立ての良いお嬢さんよ」
「俺なんかにはもったいないですよ」
「そんなことないわよ。男は見た目じゃないのよ。安定した収入と優しさが大事なのよ」
ははは、と苦笑いして、おにぎりの残りを口に入れ、茶で流し込む。
「比野さんは入り婿を欲しがってましたよ。俺じゃだめです。警察官は異動が多くて、いずれ他所に行くことになりますから」
「え~、おまわりさん、ずっとここにいてちょうだいよ」
「俺もそうしたいんですけどね。ごちそうさまでした。美味しかったです」
空になった茶碗を返すと、奥さんはラップのゴミも引き取ってくれた。
では、と会釈してバイクにまたがったところで、松永が「ついでだから一応聞くんだけど、」と前置きして言った。
「白岩の山道の途中に、使われてない倉庫とか工場があるじゃない? 入り口にチェーンは張ってあるけど、入ろうと思えば入れるから、物騒だと思うんだよね。なんとかならないかな?」
川尾町の上手、白岩と呼ばれる地区の道沿いには、農業用の廃倉庫や、板金や製缶などの廃工場がぽつぽつと建っている。どれも昭和の初めに建てられたものらしく、ひどく老朽化している。
赤蔵町でも廃墟に住み着いていた人が亡くなった事件があったので、保田としても撤去してほしい気持ちはあるのだが、私有地に対して強制的な働きかけはできない。
「ご心配ですよね。でも、警察じゃ対応が難しくて……市役所の建築指導課にご相談いただいたほうがいいかもしれません」
「したんだけど、相続登記未了とかで所有者が特定できないから対処しづらいって言われちゃったんだよ」
「ああ、なるほど……うーん、困りましたね。とりあえず、あの辺りの警らを増やしますね。また何かあればいつでもご相談ください」
松永夫妻に見送られて駐在所に戻った保田は、スチール机に置かれている地図を見下ろした。
「午前の警らに、白岩方面も入れないとな」
不審車の件も気になる。目撃地点を加えた経路を考えたあと、物件事故報告書をデータ入力しようとパソコンを取り出したとき、スマホが鳴った。
「守男」
低い声に、保田は肩を落とす。
「なんですか灰々津さん。俺忙しいんですけど」
「生存確認だ」
「なに言ってるんですか」
「おまえの幻覚が見えたから、もしやと思い、」
「人を勝手に幽霊にしないでください。……あ、灰々津さんも寝てないんですね。電話してるヒマあったら寝てください」
「送検準備をしていたら、ディスプレイの隅でおまえがドーナツを食べていたから、体脂肪が気になった」
「またいじる……言っておきますが俺の体脂肪は標準内なんですからね。体格が良く見えるのは筋肉があるからです」
「……」
「なんでそこで黙るんですか。もういいです。切りますよ」
「守男」
「なんですか」
「またな」
「はいはい、それが終わったらちょっとは寝てくださいよ」
通話を切ってやれやれとスマホをポケットに戻し、時計を見るともう十二時になろうとしていた。
睡眠不足でぼんやりしているのか、時間がやけに早く過ぎる。こりゃいけないとパソコンを片付けて、警らに出る。
天むすのおかげで腹は減っていない。決して体脂肪を気にしてダイエットしているわけではない。
くねくねとした川沿いの道を上っていく。鳥のさえずりが山間に響いている。風は冷たいが、天頂から降り注ぐぽかぽかとした陽光が心地いい。
民家が見えなくなり、畑と木立が続く風景に変わった。ゆるやかにカーブする細い道を走っていると、バックミラーにちらりと白いものが映った。
車だ。ナンバーを確かめて、バイクを道の端に駐める。
ゆっくりと走ってきた白い車に片手を上げて停車を促し、運転席の窓をノックすると、ニット帽とマスクを着けた男がこちらを見上げてきた。後部座席にも、同様に頭部を隠した男が座っている。
「なんすか」
「すみません、運転免許証を見せていただいてもよろしいですか」
「あー、見せなきゃダメっすか?」
「任意ですが、お願いします」
「あーはい、ええと、ちょっと待ってくださいね」
グローブボックスを探る男と後部座席の男を、保田はじっと見る。
この車のナンバーは、松永たちが言っていた不審車両と一致している。
なかなか免許証を出さない男に、ここを走っていた理由を問おうとしたとき、視界の端に人影が見えた。
警棒に手を伸ばす前に、後頭部に衝撃が走った。
殴られたと認識したときには地面に倒れ込んでいた。立ち上がろうとするが手足に力が入らない。視界がぐらぐらと揺れる。霧がかかっていく意識の中で、自分を見下ろす三人の男たちの姿を記憶しようとするが、上手くいかない。
ロープのようなもので手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされ、目隠しをされていく。脱力した身体を気力で無理やり動かして暴れようとしたが、三人がかりで押さえつけられてはどうにもならず、車に乗せられてしまった。
発車する振動を感じながら、内心で歯噛みする。その悔しさで、遠ざかろうとする意識を必死に繋ぎ止める。そうして唯一自由な耳をそばだてる。少しでも情報を得るために。
諦めるな、諦めるな、自分に何度も言い聞かせ、後ろ手に縛られた拳をゆるく握りしめた。




