【第四章】一月半ばの活動
尾堂駅の裏通りには昭和の風情が残る雑居ビルが建ち並び、人通りは少なく閑散としている。
一方、表通りはあちこちで工事の柵が立ち、日に日に賑やかになっている。
電車の音に工事音が混ざる喧騒も、午前五時の今は静まっている。だからこそ自分の声がよく響く。
「はーい、止まってください」
保田は赤色誘導灯を振って、駅前の交差点付近で車を次々と止めていく。
「すみません、飲酒検知にご協力ください」
年明けから半月経っても正月気分が抜けていない人間が多いようで、飲酒運転が多発している。そこで本部が指令を出し、全市で警告目的の検問を二日間実施することになった。
その検問要員として保田も駆り出され、二十二時から翌朝六時まで、尾堂署の交通課員二人と交代で検問を行っている。
県庁所在地ではない尾堂市の夜間交通量は少ないが、駅前となれば数分に一台は通る。
「呼気検査しますので、窓を開けてください」
運転手に呼びかけるも、窓を開けてくれない。もう一度声を掛けようとしたとき、運転手が助手席のビニール袋からビールを取り出した。あっ、という間に素早く開けて一気にあおる。
「ちょっと、何してるんですか! 開けてください!」
ノックすると、運転手はようやく窓を開けて、へらっと笑った。
「あ~おまわりさぁん、いま飲んだんですよぉ。これから電車で帰りますぅ~」
そんな言い訳が通用するわけないだろ……と呆れながら呼気検査を行い、その場で飲んだだけでは出ない数値が出たため現行犯逮捕した。
交通課員に連行してもらい、保田は運転手の家族に連絡して、路肩に置いた車を引き取りに来てもらう。
六時になると尾堂署へ行き、報告書の作成に取り掛かった。逮捕者の調書は交通課が巻いてくれた。
「お疲れ様です」
署を出てバイクにまたがったとき、「保田~」と間の抜けた声がした。
振り向くと、無精ひげを生やした男がだるそうに歩いてくる。
「なんだよ野之瀬」
「もう帰るんか? せっかく顔合わせたんやけん少し話そうや」
「そうしたいのはやまやまだけど、駐在所戻んないと」
「少しくらい遅れてもよかやろ。おまえも寝ずの連勤やろ? お互い少しは休憩しようや」
「野之瀬も寝ずの連勤なのか?」
「おお、もう六日間、ろくに寝てない。酒飲んで暴行だのわいせつだの凍死だのが立て続けにあって仮眠は取れても二時間じゃ寝た気がせんし」
「……刑事課は相変わらず大変だな」
「うちだけじゃなかって。市の人口増えてるのに署の人員は増やされんのやから、どこもヒーヒー言うとる」
「そうだな。あ、よかったらこれ飲めよ」
休憩時に買ったものの飲まずじまいだった缶コーヒーを手渡すと、野之瀬のどんよりした表情が少しだけ明るくなった。
「サンキュ、もらうわ。あ、灰々津さん今うちに来とるぞ。会ってけば?」
「いいよ、こないだ会ったし」
「は? いつ?」
「五日前。やっと取れた年明け初の休みにくつろいでたら、灰々津さんがいきなりやってきて、こたつで磯辺焼きといなり寿司とみかん食べて帰っていった」
「なんだそれ」
「だよな、せっかく用意した俺の飯を……まぁ、灰々津さんも手土産で黒豆くれたからいいけど」
「いや、食べ物の話やなくて。あのひとだって休みなしで動いとるのに、なんでそげんヒマあるんだ?」
「そんなこと俺に訊かれてもわからないって」
苦笑して、野之瀬の肩をぽんと叩く。
「俺そろそろ行くわ。おまえもあんまり無理するなよ」
「お~」と気の抜けた声を背中で聞いて、保田はバイクを走らせる。署で温まった身体が一気に冷えていく。けれど眠気も覚めていくのでありがたい。
そういえば、人間が眠気や強い緊張に耐えられるのは四十時間までで、それを超えれば幻覚や幻聴が出てくるんだっけ。
灰々津がみかんを食べながら言っていた雑学を思い出して、じゃあそれをオーバーしている自分はすでに幻を見ているんだろうかと思う。自分だけでなく、野之瀬や他の警察官たちも年末年始は幻を見放題だっただろう。
どうせなら良い幻を見たいものだと軽く息を吐いて、駐在所横のガレージにバイクを駐め、執務室へ入る。
業務開始時刻を過ぎているので、保田は急いで顔を洗って水だけ飲み、執務室の掃除に取り掛かった。
外を掃いていると電話が鳴った。
「おまわりさん、ごめん、やっちゃった」
掛けてきたのは松永だった。川尾町にある自宅前のガードレールに、軽トラの荷台部分が接触したという。
「松永さんにお怪我はないんですね? よかった。はい、ではすぐに向かいますね」
電話を切って、バイクにまたがる。
現場に到着して状況を確認したところ、軽トラの荷台後部が擦れており、ガードレールも擦れてわずかにへこんでいた。
「家に入るときに、ガガッとやっちゃって……」
たしかに松永の家の前の道は細い。彼は下戸で、呼気にアルコール臭はない。
ここは町道なので、管理している町内会長の香里に電話して損傷の程度を報告したところ、「ああ、そのくらいなら構わん。ガードレールを越えたら川に落ちるから気を付けるよう松永さんに言っておいてくれ」と、穏便に済んだ。
物件事故報告書を作成して、松永に署名させ、彼の免許証を控えて処理は終わった。
「おまわりさん、忙しいのにごめんなさいね。よかったらこれ食べて」
松永の奥さんがラップに包んだおにぎりを持って来てくれた。昨夜作ったという海老の天ぷらが入った天むすだ。保田の腹がぐぅと鳴る。
素直に礼を言って受け取ると、松永が「そういえば」と額にしわを寄せた。
「先週この辺で変な車を見たんだよ」




