クッキーと世間話
「ええよぉ、ちょうど親戚が送ってきたお菓子があるから上がんなさい」
おかまいなくと言うより先に台所へ行ってしまった小さい背中を見送って、保田は「お邪魔します」と靴を脱いだ。
居間のちゃぶ台の前に灰々津と並んで正座すると、ユキばあちゃんは個包装のクッキーが盛られた器とお茶を出して、向かいの座椅子に座った。
「どうぞ食べて」
「いただきます」
勧められるままクッキーをひとつ食べて、お茶に口をつける。灰々津も横で同じ動作をしている。
「そこの空き地で人が亡くなってたんだってねぇ。見つけたのは比野さんらしいけど、驚いたろうねぇ。さっきの刑事さんたちから、変わった人を見なかったかとか変な声を聞いたりしなかったかって聞かれたけど、あたしゃ近ごろ家にこもりっぱなしで、人と会うことも声を聞くこともあんまりないからねぇ」
保田は眉を下げる。
「さっきは普通に歩けているようだったけど、足の具合はあんまり良くないの?」
「平地では歩けるんだけどねぇ。この辺は坂が多いから、ちときついねぇ」
「そっか。もし困ったことがあったら駐在所の番号に電話してね」
「ありがとねぇ。心強いよ」
へへ、と制帽を少し持ち上げて頭を掻いたところで、元気な声がした。
「ユキばあちゃ~ん! こんにちは~! かるがもスーパーで~す!」
ユキばあちゃんは「ちょっとごめんねぇ」と言うとテーブルに手を着いてよっこらせと立ち上がり、玄関へ向かった。
灰々津がクッキーを頬張りながらユキばあちゃんに続いたので、保田も彼らを追う。
玄関前には小さな軽トラが駐まっていた。扉が開け放たれた荷台の棚には、野菜や肉などの生鮮食品や日用品が並んでいる。
そこからユキばあちゃんが選んだ品物を、かるがものイラストが描かれたエプロンを着けた青年がビニール袋に入れていく。
「毎度あり」
代金を受け取った青年は、大きく膨らんだビニール袋を玄関の上り口に置いた。
こちらに会釈して軽トラに戻って行く青年を、ユキばあちゃんが呼び止める。
「あら、透ちゃん、今日は寄ってかないのかい?」
青年は困ったように微笑んだ。
「今日はお客さんがいるみたいだから遠慮するよ」
「そうかい、ならまた今度ね。待っとるねぇ」
方向転換する軽トラのバックミラーに、お守りがいくつか吊り下げられている。ピンクや水色など可愛らしい色合いだが、おそらく交通安全のお守りだろう。それはいいが、あの位置に付けると運転時の視界を妨げてしまう。
あっという間に走り去ってしまったので、まぁ今度見かけたときにそれとなく注意しようと考えて、ユキばあちゃんが持ち上げようとしているビニール袋を手に取る。
「俺が台所まで運ぶよ」
「あら、ありがとねぇ」
台所のテーブルにビニール袋を置いたところで、持ち手に赤いものが付いていることに気づいた。そういえば先ほどの青年の親指には絆創膏が巻かれていた。そこからにじんだ血が付いたのだろう。
品物を冷蔵庫へ仕舞っていくユキばあちゃんがにこにこと話しかけてくる。
「かるがもスーパーが来てくれるようになって大助かりだよ。一人暮らしで免許も返納しちゃったからねぇ、この足じゃ麓のスーパーにも行けないし。心配した孫が市内に越してきてちょくちょく世話しに来てくれるけど、あの子にも仕事があるから面倒掛けたくないしねぇ。それに透ちゃんはすごく良い子で、あたしの話し相手にもなってくれるんだよ」
透ちゃんとは、かるがもスーパーの店主の青年のことだろう。
保田も彼のことは知っている。かるがもスーパーがこの地域で配達を始めたころに道案内をしたこともある。そのときも素直な好青年だと思ったが、ユキばあちゃんに優しく接する姿を見て、その印象がますます強まった。
買い物が困難なお年寄りが多い地域では、彼が行うサービスは非常にありがたいものだ。それに彼の存在自体も、お年寄りたちの心の支えになっているのかもしれない。
「透ちゃんは、育ててくれたおじいちゃんが亡くなったあと、おじいちゃんには返せない恩を、お年寄りの役に立つ仕事をすることで返そうと思ったんだってさ。だから高校卒業してから働いて貯めたお金で、かるがもスーパーを始めたんだって。あのかるがもの絵は、妹さんが描いてくれたそうだよ」
「へぇ、そうなんですね」
良い話だなぁと思いながら居間に戻ると、灰々津が大きな置物のように座っていた。
「刑事さん、お待たせしてごめんなさいねぇ」
向かいに腰を下ろしたユキばあちゃんに、灰々津はにこりともせず話しかける。
「この熊堂県の地名は、大昔にいた大きな暴れ熊を退治して供養のために建てたお堂が由来だそうです。この尾堂市も、大昔にいた大きな暴れ蛇を退治して供養のために建てたお堂が由来だそうですが、蛇堂が長い年月を経てなまって尾堂になったそうです。これらの情報はネット上にありましたが、この赤蔵町の地名の由来はありませんでした。ユキさんはご存知ですか?」




