ソフトクリームと聞き込み
干されただけでもプライドが傷ついただろうに、自業自得とはいえ異動先でもあからさまに煙たがられる状況はやはり辛いだろう。しかしまったく気にしているふうには見えない。
「俺の顔に何かついているか?」
バックミラーの中で合った目を、保田はさっとそらした。
「い、いえ、行き先は尾堂署でよろしいですか?」
今回の事件の捜査本部は尾堂署に置かれている。そこへ参考人として連れて行かれた比野に話を訊きにいくものと思ったが、灰々津は「いや、」と窓の外を見た。
「今日はいい天気だな」
「え? あ、はぁ、」
「今夜から雨が降るらしい」
「えっと……」
「この辺りを一通り運転してくれないか」
保田は内心で首をひねりながらも言われたとおりに車を発進させ、道なりに流すことにした。
川沿いの道から橋を渡って田んぼの間を貫く道へ入り、山麓に建ち並ぶ住宅地を抜けて、山道を通っていく。
時おりすれ違う警察車両に会釈をするが、みな一様に怪訝な表情をしている。駐在警察官が運転する車の助手席に本部の新入刑事がいるのだ、無理もない。
ハンドルを繰りながら、保田は被害者の姿を思い返す。
その男性は、空き地の真ん中に仰向けで倒れていた。身長百六十五センチ前後、白髪混じりの長髪で、年齢は四十代後半から五十代半ばくらい。服装は、黒い長袖トレーナー、深緑色のジャージのズボン、灰色のスニーカー。鎖骨の上に刺し傷があり、服や靴に多量の血が付いていた。財布やスマホなど身元を証明する物は所持していなかった。髪にこびりついていたフケや服のへたり具合から浮浪者であった可能性も考えられる。
「甘いものでも食べるか」
隣から発せられた言葉に、保田はきょとんとした。
「コンビニへ行ってくれ」
「あ、はぁ……」
山を下りて、国道沿いにあるコンビニに着くと、灰々津は「待っていてくれ」と言い残して店内へ消えた。
「なんなんだ……」
ひとりごちて、保田はシートにもたれる。
道の向かい側にある無人駅に鈍行列車が入ってきて、数人の客を乗せて出て行く。その様子をぼんやり眺めていると、灰々津が戻ってきた。
「おすすめだそうだ」
助手席から差し出されたソフトクリームを断るのもはばかられ、「いただきます」と受け取り、ぺろりと舐める。濃いミルクの味がして美味しい。
同じものを食べている灰々津は相変わらず無表情だ。思考どころか感情さえも読み取れない。
「あの、灰々津警部補」
「貴希でいい」
「は?」
「俺も君を守男と呼ぶ」
保田は口を開けたまま固まった。
「守男、ソフトクリームが溶けるぞ」
指摘されて、垂れかけているクリームを舐めるも、もはや味どころではない。
なぜ下の名前で呼び合うことになるのか。距離感がおかしい。社交的ではないと聞いていたが、コミュニケーションの取り方がずれているのでは。
ザザッ、わずかなノイズの後「被害者特定、署で確認」と無線が流れた。
「灰々津警部補、捜査本部に行ったほうがいいのでは?」
「貴希でいいと言っただろう。一度で覚えろ」
「覚えてはいますが、会ったばかりで下の名前を呼び捨てにはできません。階級も違いますし」
「階級など気にしなくていい。俺は気にしない」
放たれる威圧感に、保田は抗うことを止めた。どのみち言い合ったところで自分の意見は通りそうにない。
「わかりました。……貴希さん」
灰々津はソフトクリームに大口でかぶりつきながら器用に話す。
「被害者の身元は、鑑識に電話して聞いている。指紋を照合したところ、四年前に山口県で捕まった万引き犯のものと一致したそうだ。名前は坂井徳二、一九六九年九月三日生まれ、山口県在住」
保田はソフトクリームの味がさらにわからなくなった。
「さて、守男、遺体発見現場から一番近い民家に向かってくれ」
ソフトクリームをあっという間に食べ終わった灰々津から指示され、保田はコーンを急いで咀嚼してエンジンをかける。
人数がまばらになった現場を横目に細い坂道を上り、畑の合間にある未舗装の道を下っていく。
赤茶けた瓦屋根が見えてきた。築五十年は経っていそうな二階建ての民家の敷地へ入り、車を停める。
「こんにちは~」
インターホンは鳴らないと知っているので引き戸を開けて屋内へ声をかけると、小柄なおばあちゃんが出てきた。
「あれまぁ、おまわりさんも来たのねぇ」
その口ぶりから、先ほど他の捜査員もここを訪れたことがうかがえた。付近住民への聞き込みは捜査の基本なのだから当然だ。
すでに捜査本部に上がっているだろうその情報に当たれば済むことだが、あえてここへ来たのは灰々津いわく自分でなければ聞き出せない言葉があるということだろう。少々荷が重いが、そこまで買われて悪い気はしない。
「ユキばあちゃん、何度もごめんね。ちょっとお話させてもらってもいいかな」
片手で拝むと、ユキばあちゃんは目尻のしわを深くしてうなずいた。




