真相
父親の逮捕を報せても、昌斗は微笑んだままだった。
「そうですか」
取調べを長時間受けているにもかかわらず、薄い笑みを浮かべ続ける唇は、それ以上を語ろうとしない。
「昌斗さん、す……」
灰々津が発しかけた言葉は、喉元で何かに遮られた。けれど無理やり押しのけて発する。
「鈴木さんが、すべて話してくれました」
昌斗はゆっくりとまぶたを伏せた。照明の白々とした光が、彼の透き通るような頬に睫毛の影を落とす。
長い沈黙のあと、彼は息を吐いた。
「……僕は、ずっと心に蓋をしていたんです。これは普通のことだって。父は僕を愛しているんだって。自分に言い聞かせて、蓋をしていた。だけど、桜ちゃんが、それは愛じゃない、虐待だって。まっすぐに突き付けてくるから。蓋をこじ開けてくるから。押さえてたものが一気に噴き出してしまった」
「だから火を着けたのですね」
「初めは、何気なく庭の木にライターを近づけただけでした。葉が枯れていたので呆気なく火が着いて、燃えました。二度目は、灯油を使いました」
「その灯油は、どこで手に入れたのですか」
「事務員さんがストーブ用に買ってきていた灯油を少しもらいました。全焼させるつもりはありませんでした。延焼したら、近所に住む子供たちが危ないから。だから目につきやすい場所を選んで、職員室から持ってきたコピー用紙を置いて、灯油を少しかけて、火を着けました。余った灯油と使った軍手は尾堂公園に埋めました。ライターは、職員室のデスクの引き出しの中にあります」
生活安全課の捜査員が報告した付近のガソリンスタンドの灯油購入者八名の中に、尾堂北小学校の事務員も入っていた。彼が購入した灯油は十八リットル。そこから五百ミリリットルが減ったところで液面の高さはほぼ変わらないので気づきはしなかっただろう。
灰々津は、確信を持って言う。
「あなたが灯油を使用したのは、灯油の痕跡があれば、警察が放火として捜査を始めると思ったからですね」
「はい」
「放火ではなく、警察に届けを出せば済んだ話です。そうしなかった理由を教えてください」
昌斗はにっこりと笑う。
「僕ね、子供のころ、一度だけ交番に行ったんです。ドラマで、警察官は正義の味方だって言っていたから。勇気を出して、助けてくださいって言いに行ったんです。でも、具体的なことは言えなくて、しばらくすると父が迎えにきました。防犯講話で顔見知りだったんでしょう、おまわりさんは保護者の名前を聞いてすぐに中学校へ連絡したそうです。父が、親子げんかをしたんです騒がせて申し訳ありませんと頭を下げると、おまわりさんは、親子仲良くねって僕の肩を叩きました。正義の味方は、僕を助けてくれない。そう心に刻みついていたので、助けてくれるように仕向けるしかないと思ったんです」
「そう、ですか」
灰々津は、昌斗の笑顔をじっと見つめる。
これは、自己防衛なのかもしれない。何があっても気にしていない、平気だと、自分の心を守るために、無意識に笑顔を作っていたのではないか。
けれど、先ほどから少しずつ、崩れ出している。彼が言葉を発するたびに、その心を吐露するたびに、本当の彼の表情がにじみ出している。
「父の僕への愛は、親としてのものではありませんでした。……憎かった、解放されたかったのに、こうして父と離れてみて、頭に思い浮かぶのは、僕を抱きしめてくれた父の笑顔なのです」
昌斗の顔が、ぐしゃっと歪んだ。
「僕は、あのひとを愛していたんでしょうか……」




