彼の供述
尾堂署に到着後、灰々津は取調室で桜の聴取を行った。
しかし桜はこちらの問いかけに一切答えず、肩を縮こまらせて外部をすべて遮断するかのように目をつぶっていた。
二時間後、桜と入れ替わりで昌斗の取調べが始まったが、彼もただ微笑むだけで口を開くことはなかった。
翌朝、鑑識結果が出た。
公園で見つかった灯油は、火災現場の残置物から採取された灯油と成分が一致した。
また、ペットボトルに付いていた指紋と、軍手に付いていた髪の毛のDNAが、昌斗のものと一致した。
これらを証拠に、放火罪として逮捕令状を請求。三時間後、発付された。
それを告げると、昌斗は微笑みを崩さぬまま「僕がやりました」と簡潔に罪を認めた。しかし詳細な犯行の方法や、動機については黙秘した。
桜も、憔悴しつつも黙秘を続けている。
桜が退出した取調室から少し間を開けて出てきた灰々津は、廊下の壁にもたれかかった。
仮眠は取った。疲れているわけではない。ただ、これまで感じたことのない何かが、昌斗と桜への追求を遮っている。その正体不明のものに煩わされているだけだ。
――ユキばあちゃんが悲しむようなこと、してませんよね?
辛そうな保田の声が、表情が、繰り返し浮かんでくる。
辛い。悲しい。それは、記号のようなものだ。人の言動に結びつく原因、もしくは言動によって生じる結果を表す記号。それは人の言動を推察できる、便利な情報だ。
にもかかわらず、おそらく今の自分は、その情報によって不便な状態になっている。煩わせているのはどの記号か。辛い、悲しいは合致しない気がする。
なんだ、これは。
額に手を当てたとき、足音が聞こえた。
廊下の向こうから、根岸が刑事たちに連れられて歩いてくる。
灰々津はさりげなく背を向けて、根岸たちが取調室に入ったあと、開けっ放しのドアから中をのぞいた。
根岸家のリビングから押収した大量のDVD。それは、根岸親子の異常な行為の記録だった。
身柄を拘束された根岸は「あれは親子のビデオアルバムだ。もちろん昌斗も同意していた」と言い張ったが、映像内の昌斗はどう見ても十代前半だった。たとえ同意があったとしても十六歳未満との淫行は罪になる。
根岸は、公務執行妨害罪に加えて、強制わいせつ罪と強制性交等罪と児童ポルノ禁止法違反の併合罪で逮捕された。
確かな証拠はすでにある。あとは供述を取るだけだ。
根岸は激昂と不安げな態度を繰り返し、長い沈黙を挟みながら、次のように話した。
二十七歳のとき、大学時代の友人の紹介で出会った麗奈と付き合い始めた。
彼女には九歳の息子がいた。父親は身ごもった彼女を捨てて逃げたそうだ。
不憫な彼女を支えたいと、なおのこと入れ込んだ。その勢いのまま入籍し、家を建てた。
けれど麗奈は姿を消した。彼女を紹介してくれた友人から、駅で他の男と電車に乗る彼女を見かけたと聞いた。
残されたのは彼女の息子の昌斗だけ。
そこで気づいた。おそらく麗奈は昌斗を押し付けるために自分と結婚したのだ。
恋心を踏みにじられて裏切られたことへの怒りにまみれながら、昌斗を見つめた。
昌斗は状況を察したのだろう。部屋の隅で所在なさげにうずくまっていた。
麗奈は親族と疎遠で連絡先もわからないと言っていた。自分が捨てたら、この子は施設に行くことになる。母親にも捨てられ、義父からも捨てられるなど、不憫すぎる。
この子には何の罪もない。曲がりなりにも自分は教師だ。子供は好きだ。そもそも、この子の人生も支えるつもりで結婚したのだ。今さら手放すなど無責任だ。
そう思ったとき、昌斗がゆっくりとこちらを見た。その瞬間、自分の中のなにかが壊れた。
昌斗はとても麗奈に似ていた。いや、麗奈そのものに見えた。
自分を捨てて他の男のもとへ行った麗奈。自分を裏切った彼女に、復讐したい。
……いや、違う、麗奈はここにいるじゃないか。
復讐したい。麗奈を愛している。許さない。
脳内で繰り返される怒りと愛情が、歪な形となって麗奈へ……いや、昌斗へと向いた。
以来、男手ひとつで昌斗を育てながら、麗奈との蜜月を過ごし続けてきた。




