夜さんぽ
保田は、尾堂公園と刻まれた時計台を見上げる。
アンティークのような装飾が施された針が、十八時十分を指している。
「……俺、また何してんだろうな」
あの時計台を背景に写っていた親子は、離れ離れになった。
警察官として正しいことをしたのだとしても、人として正しいことをしたとは思えない。
にもかかわらず、どうしてまた同じことをしようとしているのか。……いや、違う。あのときとは違う。
保田はぶるぶると首を振って、遊歩道へ向かって歩き出す。
一昨日、課外授業中の昌斗に会った。
「火事のこと、ご不安でしょう。大丈夫です、きっと犯人は捕まりますからね」と励ますと、彼は黙って微笑んだ。
そのとき感じた違和感が、消えない。
今日は休みだが、もしかしたら今夜も昌斗は桜とともにシロの散歩をしているのではと思い、電車と徒歩でここへやってきた。
予想は当たり、遊歩道の先に彼らの姿が見えた。並んでシロの散歩をしている。一周約一キロの遊歩道を順路に沿ってゆっくりと歩く彼らの後ろを、数十メートルの距離を取って付いて行く。
尾堂駅と西園町のちょうど中間地点に位置するこの公園は、昼間は親子連れで賑わうが、夕方以降は閑散とする。今も、自分たちの他に人影はない。
蛇をかたどったモニュメントの前に来たところで、シロがそれを大きく避けるように道の一番端を歩いた。
どうしたのだろうと思ったとき、後ろから声がした。
「守男」
驚いて叫びかけた口を、素早く伸びてきた大きな手に塞がれた。
「静かに。俺だ」
ささやかれて振り向くと、灰々津が立っていた。いつもどおりの無表情になぜかほっとしつつ、小声で訊ねる。
「なんでここに? ……あ、」
昌斗と桜を疑っていた灰々津が、二人の散歩コースにいるのだ。その目的は捜査に決まっている。
先日はつい抗議してしまったが、放火事件の捜査において被害者やその関係者を疑うことは決しておかしいことではない。
むしろ私情で捜査に口を挟んだ自分のほうが、警察官としておかしいのだ。
わかっているが、やはり信じたい気持ちから、確認する。
「昌斗先生には、アリバイがありますよね。ここの防犯カメラに映っていたそうですし、鈴木さんも一緒に居たって言っているみたいだし」
「防犯カメラの映像はあくまで存在を確認するだけで、放火時刻の完全なアリバイにはならない。しかも昌斗さんの姿は放火時刻の十分後にしか確認されていない。彼の家から近隣駐車場まで徒歩二分、そこからこの公園まで車で五分。犯行は十分に可能だ。鈴木さんの証言も、口裏を合わせたものである可能性がある」
淡々と言われ、保田は肩を落とす。
灰々津が唐突に言った。
「尾堂北小学校には、バレークラブも、放課後クラブもない」
え? と戸惑いつつも、相づちを打つ。
「あ、はい、そういうのはないみたいです」
「尾堂市の美容室の閉店時間は、十七時台が多い」
「ん? ああ、そうですね。退勤後に髪を切りに行きたくても間に合いません」
「意外だな。守男は床屋にしか行かないと思っていた」
「それどういう意味ですか」
「散歩は好きか?」
「……まぁ、普通です」
「では、これから一緒に散歩をしよう」
すっと隣を歩き出した灰々津に、保田はもはや抗わずに従う。
しかし灰々津の一歩は大きい。脚の長さの違いが恨めしい。一緒に散歩と言ったわりに自分のペースでどんどん先へ行く灰々津を追いかけていたら、シロがぱっとこちらを振り向いて大きく尻尾を振った。
昌斗と桜も同時に振り向く。
「あ、刑事さん」
見つかった……
うろたえていると、灰々津がぼそっと言った。
「守男は尾行が下手だな」
「俺のせいですか?」
「俺はシロに嫌われているから、俺の存在だけならシロはこちらを向かなかった。シロに好かれているおまえのせいだ」
怒っていいのか喜んでいいのかわからないまま、立ち止まっている昌斗たちのもとへ二人で近づいて行く。
「こんばんは」
「こんばんは。事件についてのお話でしょうか?」
「昌斗さん、普段どこで寝ていますか?」
いきなり奇妙なことを訊ねた灰々津に、保田はぎょっとした。
「灰々津さん、なにを……」
そこで一瞬、桜の表情が固まったのを目にして、口を閉じる。
昌斗は普段通りの微笑みで答えた。
「家の寝室ですよ」
「あの家に、居室は一部屋だけ。ベッドもその部屋にひとつあるだけです」
「はい、そうですね」
「あなたはそこで、おひとりで寝ているんですか?」
「いいえ、父と寝ています」
保田は冷や水を浴びせられたような心地になった。混乱するも、なるべく表情には出さないようにして昌斗たちを見る。
昌斗は微笑んだままだ。けれど桜は、薄暗がりでもわかるほど頬を強ばらせている。
「そうですか」灰々津は無表情で言う。「お父様の言葉との食い違いが出れば、万一共犯だった場合には綻びとして使えるかと思っていたんです。そちらのほうが、ある意味良かったかもしれません」
「そうですね」
昌斗の長めの前髪が風に揺れる。その下で、目がふっと細められた。
「刑事さん、家の中に入ったんでしょう?」




