家宅捜索
「私の家に入るな!」
これまでの礼節ある態度を一変させて大声で怒鳴った根岸が、灰々津の腕を掴んできた。
「そげんことしたらだめですよ根岸さん、大人しくしてください」
割り入ってきた野之瀬を、根岸は勢いよく払いのけた。なおも追いすがってくる彼を、若い刑事が両腕を広げて阻む。
「どけ! プライバシーの侵害だ! 国家権力の横暴だ!」
叫びを背中で聞いて、灰々津は階段を昇る。
野之瀬がぼそっとつぶやいた。
「車庫を調べたときは、素直に従ってたんですがね……」
ただの被害者であれば、令状を見せれば渋々ながらも従うものだ。
あれほど激昂するのは、家の中に絶対に見られたくない物があると言っているに等しい。
刑事たちの顔にありありと浮かんでいる思考をちらと見て、灰々津は二階の居室のドアを開ける。
火災原因調査のために取得されていた建築確認申請書には目を通している。建物の構造と図面は把握済みだ。……だからこそ、強い疑問が出てくる。
灰々津は、広々とした部屋の四分の一を埋めるキングサイズのベッドを一瞥して、左右二箇所に設えられたクローゼットを一つずつ開けていく。
どちらのクローゼットにも衣服類が収められている。一人分にしては多すぎるうえ、それぞれの服の雰囲気も異なっている。引っ掛かりを感じつつも、それらをかき分けて奥の奥まで丹念に探す。
しかしどれほど探しても放火に関係する物は見つからなかった。ベッドの下も覗いたが、何もなかった。
続いて納戸、キッチン、トイレ、風呂、リビングと、手分けして隅々まで調べていく。
リビングにあるノートパソコンを調べるために根岸を立ち会わせてパスワードを訊ねたが、拒否された。
「構いません。押収してこちらで調べます」
「何を勝手な!」と暴れた根岸の拳が、彼を制していた若い刑事のあごに入った。
「傷害罪で現行犯逮捕します」
若い刑事にしっかりと押さえられた根岸は、顔を真っ赤にして「ふざけるな!」と怒鳴り続けている。
それを無視して、灰々津は棚へ向かい、そこにずらりと並んだ映画のDVDのケースを開ける。
通常の市販DVDは表面にプリントがあるが、そこに入っていたものは無地だった。他のケースも開けたが、いずれも同様だった。中古ケースだけを購入し、自分でデータを焼いたDVDを入れたのかもしれない。
「このDVD、再生して確認します」
デッキに入れようとすると、根岸が尋常ではない様子で暴れ出した。
その奇声が聞こえたのだろう、他の場所を調べていた野之瀬たちが駆けつけてきて、根岸を押さえる若い刑事に加勢した。
唾を飛ばしてわめく根岸をじっと見て、灰々津はすでに得ていた確信を深めた。再生ボタンを押す手を止めて、問いかける。
「建築確認申請書の平面図では、二階の居室は二部屋でした。しかし実際は一部屋になっている。なぜですか?」
根岸はしばらくうめいていたが、何度も問いを重ねるうちに落ち着きを取り戻したらしく、嗄れた声で答えた。
「……建ててから一年後にリフォームしたんだ」
この規模の木造住宅において非耐力壁を撤去してドアを一つ減らしても、採光や避難に問題がなければ申請の必要はない。だから記載がなかったのだ。
「では、昌斗さんの部屋はどこですか?」
この家のドアというドアはすべて開けたが、個人の部屋らしきものは二階の居室ひとつだけだった。大きさからして家主の寝室だろう。
だが、この家には昌斗も同居している。納戸に寝起きの形跡はなかった。この家の図面には屋根裏や地下室などのスペースはなく、二階の居室以外は、現況との照合に相違はない。壁を叩きもしたが空洞音はしなかった。
根岸が、不自然に押し黙った。
「根岸さん、答えてください」
「……昌斗の部屋はない」
目線を逸らしてぼそっと言う根岸へ、灰々津は問いを重ねる。
「では昌斗さんはどこで寝ているんですか?」
根岸は乱れきったグレーヘアをさらに振り乱したあと、吐き捨てるように言った。
「私と一緒に寝ている」
野之瀬がはっ、と鼻で笑った。
「嘘つくならまともな嘘をつかんといけんですよ。三十歳の男が、父親と同じベッドで寝るわけなかでしょ」
「嘘などついていない。昌斗は私と同じベッドで寝ている。あの子が幼いころからずっとそうしてきたんだ。親子が同じベッドで寝ることの何がいけない。今は多様性の時代だ。家族ごとに違う形があるんだ」
根岸は開き直ったように堂々と言ってのける。
灰々津は、そっと鼻の頭を撫でる。
灯油やコピー用紙、それらの購入を示すレシートなどは見つかっていない。
しかし根岸は明らかに何かを隠したがっている。
二階の居室のリフォーム。左右のクローゼットの衣服。一人で寝るにしては大きすぎるベッド。
仲が良すぎる、血が繋がらない父と息子。その息子と親しくしている女性。
向かいの住人が目にしたという、一度目の火災時に駆けていく男性。
「……昌斗さんはご不在のようですが、どこへ行かれているんですか?」
「今日はバレークラブの試合の引率だと言っていた。……まったく、尾堂北小学校は教員を働かせすぎだ。保護者会だなんだと毎週のように休日出勤させて、平日も放課後クラブなどで居残らせて。警察はそういった職務環境のほうを取り締まるべきだ」
「それは教育委員会に言ってください」
灰々津は、再生ボタンを押した。




