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閉ざされた家へ

「昌斗さんも鈴木さんも成人しています。大人同士が合意のうえで行動を共にすることは、教育倫理に反しないでしょう」


「いいえ、そういうことではありません」声音に明らかな苛立ちが混ざった。「あの子はまだ教育者として未熟です。女性にうつつを抜かす暇などありません」


「そうでしょうか。すでに良い先生だと評判のようですが」


「あの子のことは私が一番よくわかっています」


 きっぱりと断言され、灰々津はしばらく黙った。

 すると根岸はうかがうようにこちらを見上げてきた。


「あの、刑事さん、実は……私は、その女性が、昌斗をそそのかしていると思うのです。聞けば、その女性は美容師だと言うではありませんか。職業差別をするつもりはありませんが、一般的に派手な容姿の方が多い職種です。昌斗のように純粋で清らかな子は、すぐに騙されてしまいます。私は親として、昌斗を守らなくてはなりません。しかし昌斗はその女性の連絡先は知らず、ただ気が向いたときだけ彼女が散歩を始める時刻に待ち合わせ場所に行くのだと言います。たしかに昌斗のスマホに女性の連絡先は入っていませんでした。刑事さんであればその女性の連絡先がわかりますよね? お願いです、その女性に、もう昌斗に関わらないよう言っていただけませんか。刑事さんから言われれば、女性も聞くと思うのです」


「それはできかねます」


「そうですか……」


 落胆した様子の根岸に、灰々津は声をかける。


「鈴木さんには一度お会いしましたが、善良そうな女性でした」


 昨日、彼女の勤務先である美容室を訪ねて話を聞いた。

 祖母に似た面差しの彼女は、小柄な身体をさらに小さく縮めつつ質問に答えてくれた。


 ――尾堂市へ引っ越してきたのは、ひとり暮らしの祖母が心配だったからです。でも赤蔵町からだと通勤が大変なので、勤務先に近いアパートを借りました。


 ――シロですか? はい、祖母が保護した犬です。私のアパートはペット可でしたし、脚が不自由な祖母よりも私のほうが散歩に連れて行けると思って引き取りました。シロはとってもいい子で、吠えないし、飛び掛かったりもしないんです。たいていの人には初めからなつきます。あ、昌斗くんにもよくなついてて、彼も犬好きみたいで可愛がってくれるんです。近ごろは仕事終わりに尾堂公園で待ち合わせて一緒に散歩してて。


 ――私、小学生のころ昌斗くんの近所に住んでて、尾堂公園でよく会ってたんです。昌斗くん面倒見いいからよく遊んでくれて。でも私、中学からは親の転勤で他県に行くことになって。……久しぶりに昌斗くんに会えて、こうしてまた仲良くできて嬉しいんです。


 はにかむ彼女は、少なくとも昌斗をそそのかすような女性には見えなかった。


「もういいです」


 そう言って根岸は背を向けた。玄関に入ろうとする彼を「根岸さん、」と呼び止める。


「家の中を見せてもらってもよろしいでしょうか」


「放火された場所は屋外です。屋内を調べる必要はないでしょう」


「先ほど申し上げたとおり、根岸さんのことを知る必要があるんです」


「もう十分でしょう。こちらは被害者ですよ。これ以上プライバシーを侵害されたくありません」


 バタン! と強くドアを閉められた。

 灰々津は踵を返し、駐車場へ向かいながら思考を整理する。


 根岸は、初動捜査でも家の中への立ち入りを拒んでいる。

 二度も自宅に放火された場合、被害者は一刻も早く犯人を捕まえたいと協力姿勢を取るものだ。にもかかわらず頑なに拒む。その態度は、家の中に隠している物があると示すようなものだ。たとえば、灯油が入った容器やその購入履歴など。


 灰々津は鼻の頭をひと撫でする。

 なにか、違う気がする。それでも調べたほうがいいと強く感じる。確証はない。肌感覚だ。

 スマホを取り出し、尾堂署の刑事課長へ電話する。

 刑事課長は、初回会議の冒頭で「君たちに任せる」と言って退席してから、一度も関わってこない。建物の一部が焦げただけで人的被害のない事件にかかずらう暇はないのだろう。

 応答した声はやはり面倒そうだった。話すうちに嫌そうな声に変化したが、かまわず話し続ける。

 やがて、ため息混じりの「わかった……」とともに電話は切られた。



 二度にわたる放火の被害は軽微で、建物の損壊を目的とした犯行とは断定しがたい。

 着火地点はいずれも発見されやすい位置で、内部事情に精通した人物の関与が疑われる。

 被害者は被害を訴えつつも家宅への立ち入りを一貫して拒んでおり、証拠の存在やその隠匿の可能性を排除できない状況である。

 家庭内の事情が動機と関係する可能性があり、建物内に手がかりがあると考えられたため、証拠保全の必要性が高いと判断された。


 一週間後の十三時、玄関ドアを開けた根岸に、ようやく発布された家宅捜索差押許可状を突きつけた。


「根岸さん、家の中を調べさせていただきます」


 返答を待たず、灰々津は根岸を押しのけるようにして玄関の中へ入る。後ろから刑事四人と鑑識係が続く。

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