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教育者として

 灰々津はざっと車庫の中を見回す。

 ここは初動捜査でも調べられているが、灯油缶など火事に関わりそうな物は見つかっていない。念のため根岸に許可をもらって再度調べたが、やはり怪しい物はなかった。


「刑事さん、捜査に必要とおっしゃいますけど、私の家を調べる必要があるんでしょうか?」


 不満げな声音で訊ねてきた根岸に、灰々津は淡々と説明する。


「二度もこの家に火を付けたことから、通り魔的犯行ではなく、根岸さんに対する嫌がらせや恨みによる犯行だと考えられます。その犯人像を浮かび上がらせるために、まずは被害者である根岸さんのことを知る必要があるのです」


 被害者、を強調したことで根岸は溜飲を下げたようだ。元の和やかな声音で話しかけてくる。


「そうですか。それにしても刑事さんは大変ですね。土曜なのに捜査されているなんて」


「放火は重大犯罪です。市民の安全を守るためであれば土日にかかわらず捜査します」


「ご立派ですね」


「教員も、土日出勤があるのでは?」


「ああ、部活などで休みが返上になることはありますね。帰りが遅くなることも」


「火事があったときは通常の帰宅時間でしたか?」


「一度目は、部活に顔を出したので少し遅れたと思います。外部の監督さんに任せているんですが顧問として週に一度は様子を見るようにしているんです。そうして帰ると、家の前に消防車が停まっていてお隣さんが駆け寄ってきたので驚きました」


 根岸は庭を見やった。ブロック塀を背に設えられた小ぶりな緑地の端に、無残に焦げた低木がある。


「なので翌日から定時で帰るようにしていました。だから二度目の火災に対応できたんです」


「そうですか」


 灰々津は敷地内を見渡し、ブロック塀の向こうに視線を向けた。

 昼間なので張り込み班の姿はない。二度の小火はいずれも夜間に発生している。三度目があるとすれば、同じく夜間に行われる可能性が高い。そこで張り込みは夜間に絞り、日中は生活安全課による定期的な警らを頼んでいる。


「近々、防犯カメラを付けようと考えているんです。田舎育ちなこともあり防犯意識が薄かったのですが、このような目に遭ったことで意識が変わりました」


「良いことだと思います」


 地方は、都会と比べて防犯カメラが少ない。灰々津が車を駐めた近隣の駐車場にも設置されていなかった。防犯意識の甘さはこれまで平和だったことの表れだ。しかしその平和は恒久的に続くわけではない。事件が起きたときに防犯カメラがあれば捜査が格段にしやすくなる。そう考えながら、言葉の一部を捉えて返す。


「田舎育ちとおっしゃいましたが、ご出身はどちらですか?」


 根岸の戸籍謄本は取得済みで、出身地も把握している。これは確認だ。


「香川県です。実家には兄家族が住んでいます」


「お兄様やそのご家族との交流はありますか?」


「いいえ、両親が亡くなってから交流はありません」


 灰々津は先ほど見た通帳などを頭の中に並べる。

 根岸には四十八歳という年齢に相応しい貯蓄額がある。家と車のローンも完済しているうえ、親の介護費用も不要だ。親子ともに公務員なので家計は安定しているはず。やはり、わざわざ犯罪のリスクを負ってまで保険金を求めるなど考えにくい。

 思考しつつ、訊ねる。


「なぜ熊堂県で教員になったのですか?」


「旅行がてら熊堂大学のオープンキャンパスに行ったところ、とても雰囲気が良く、カリキュラムも充実していたので入学を決め、そのまま教員資格を取ったのです」


「なぜ尾堂市に家を建てたのですか?」


「尾堂市は、土地が安くて自然も豊かなので」


「遠い学校へ異動になると、ここからでは通勤が大変なのでは?」


「遠くても県内ですし、通勤できないことはありません」


「根岸さんは二十七歳のときにこの家を建てたそうですね」


「はい。結婚と同時に。……恥ずかしながら、妻には逃げられてしまいましたが」


「恨めしさはありますか?」


 根岸は苦笑して、休日でも上品に整えられたグレーヘアを撫でた。


「恨めしく思ったこともありますが、彼女は私に昌斗を残してくれた。あの子のおかげで私はこの二十一年間、幸せに暮らすことができました。今では彼女に感謝していますよ」


 その口調から嘘は感じられない。SNSのやり取りを見るかぎり、彼と昌斗の間にも怨恨はなさそうだ。


「昌斗さんの交友関係で、トラブルがあったなどの話を耳にしたことは?」


「いえ、特に。……ですが、近ごろ、ある女性と会うことが多いようで心配しています」


「心配?」


「その女性の犬の散歩に付き合っているそうですが、夜間の散歩など、女性だけでなく昌斗にとっても危険です。なにせ物騒な世の中ですからね」


「その女性とは、鈴木桜さんのことですね」


「ああ……はい、たしかそのような名前でした。二度の火災時にも彼女と一緒にいたと、昌斗が話していました」


 根岸は恰幅の良い身体の前で腕を組んだ。


「困ったものです。結婚前のお嬢さんを夜間に連れ回すなど、教育者としてあるまじき行為です」


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