完璧な教師
「いつも笑顔で、会うと丁寧に挨拶してくれます。昼休みには校庭で子供たちと遊んでいる姿も見かけます。みんなから昌斗先生、昌斗先生と呼ばれて引っ張りだこです。俺もつい昌斗先生と呼んでしまったんですが、その呼び方のままで大丈夫ですよって笑ってくれて、本当に素敵な先生です」
「教員たちの話とほぼ同じだな。放火されて不安だろうに笑顔を絶やさず普段通りに勤務する姿が健気だと、心酔ぎみに話す者もいた。保護者にもファンが多いそうだ」
保田は、昌斗のどこか儚げで綺麗な顔立ちを思い出し、納得する。
「昌斗先生、王子様みたいですもんね。顔もそうですけど、なんというか落ち着いていて、立ち居振る舞いもどこか上品っていうか」
「教員である父親からしっかりと教育を受けたのだろうな」
「えっ、昌斗先生のお父さんも先生なんですか?」
「ああ。彼の父親の根岸宏二は、熊堂市立中学校の教員だ」
「へぇ~、親子で教育者なんですね。血筋ってやつですかね」
「いや、彼らに血の繋がりはない」
「え?」
「根岸が二十七歳のときに結婚した相手の連れ子が、昌斗だ。結婚と同時に家を建て始めたが、完成前に妻が失踪している」
「失踪!? なぜですか?」
灰々津はそれには答えず、ようやく茶を一口飲んで、息を吐く。
「捜索願は出されているが、行方は依然わかっていない」
「……じゃあ、お父さんが男手ひとつで育て上げたんですね」
「そうなるな。近隣の者の話では、根岸は一人息子をとても可愛がっているそうだ」
良い話だなぁとほろりとする保田だが、灰々津はなんの感情も出さずに言う。
「血の繋がりがなくとも父親に愛され、同じ教育の道を歩いて、誰からも好かれている。絵に描いたようにできすぎている」
「そんなことはないでしょう。……あの、もしかして本当に、昌斗先生のことを疑ってるんですか?」
抗議するように問うと、灰々津がじっとこちらを見てきた。
昌斗とは系統が違うものの、灰々津の顔立ちも整っている。だからこそ真顔ではあまりに作り物めいて見えて、不気味に感じる。
「そうだ、疑っている。だが彼には一応アリバイがある」
「アリバイ?」
「彼は二度の火災時、友人の鈴木桜の犬の散歩に付き合って公園にいた。鈴木も一緒にいたと証言している。公園の防犯カメラを調べたところ、火災から十分後の映像に、彼らの姿があった。それ以前の映像はないが、あの公園は防犯カメラの数が少ないため、映っていないことを不自然とは言い切れない」
保田はほっと胸を撫でおろしてから、ん? と首をかしげる。
「鈴木桜……どこかで聞いた気が」
「彼女はユキさんの孫だ」
「あっ! シロを飼ってくれたっていうお孫さん!」
シロは、以前の事件で出会った犬だ。当時は野良犬で、山手にある小屋を寝ぐらにしていた。しかし事件後、その小屋と敷地は封鎖された。
寝ぐらを追い出されてさまよっていたシロは、ユキばあちゃんに保護されたが、彼女は脚が不自由で散歩に連れていけない。それで孫に散歩を頼んだところ、犬好きの孫は自分が飼うと申し出て、シロを迎えてくれたそうだ。
ユキばあちゃんが見せてきたスマホの待ち受けには、彼女と二十代後半くらいの女性がシロを挟んで写っていた。彼女たちの笑顔はよく似ていた。
「ユキばあちゃん、桜がね、桜がね、って話してました。かるがもスーパーがなくなってから、近くのスーパーが配達を始めてくれて買い物の面では困らないけど、遠藤さんの不在はやっぱり寂しかったみたいで、しばらく落ち込んでたんです。でもお孫さんが励ましてくれたみたいで、今ではすっかり元気になって……」
にこにこと話していたが、徐々に不穏な考えが頭に浮かんできた。途中で言葉を切って、おそるおそる訊ねる。
「あの、灰々津さん、まさか桜さんまで疑ってるとか、ないですよね?」
「どのような可能性も切り捨てはしない」
きっぱりと言われて、保田はつい彼を睨んでしまう。
すると、かっちりとワックスで固められた黒髪の一筋が、彼の額にはらりと落ちた。
「また来る」
急くように茶を飲み干してガラス戸を開ける動作は、普段の彼らしくなく、どこかぎくしゃくとしていた。




