【第三章】小火
十一月も半ばになり、すっかり肌寒くなった。
もう制服の上着だけではバイクでの警らは厳しい。明日は防寒ジャンパーを着ようと考えていると、ガラス戸がとんとんと叩かれた。
「おまわりさ~ん!」
戸を開けると、薄紫色のランドセルを背負った女の子と、黄色のランドセルカバーを付けた男の子が立っていた。
「はい、どうしたのかな?」
腰を低くして訊ねると、彼らは真剣な表情で訴えてくる。
「ふしんしゃがいたの!」
「不審者?」
似た顔立ちの二人は、同じタイミングでこくこくとうなずく。
「あのねっ、学校にねっ、すっごくおっきくて怖そうな人がいたの!」
「ぼくもお姉ちゃんと一緒に見たよ」
「おまわりさん、ふしんしゃは怖いひとだから見つけたらすぐ知らせてって言ってたでしょ!」
「ああ、だから教えに来てくれたんだね。ありがとう」
ぺこっと頭を下げると、二人は誇らしげに目を輝かせた。
「で、その不審者はどんな見た目だったの?」
「えっとね、黒い服着てて、おっきくて、顔がぜんぜん動かないおじさん!」
保田は、ある男を思い浮かべた。まさかな、と内心で首を振ったとき、名を呼ばれた。
「守男」
声のした方へ目を向けると、黒いスーツの上に黒いコートを羽織った灰々津がこちらへ歩み寄ってきていた。
「あ~っ! ふしんしゃ!」
「おまわりさん、早くつかまえて!」
指さして騒ぐ姉弟を「落ち着いて、大丈夫だから」となだめて、灰々津に苦言を呈す。
「灰々津さん、子供たちを怖がらせるのはやめてください」
「なぜ怖がる」
灰々津から目線を向けられた姉弟は「ひっ、」と顔を強ばらせて一目散に逃げて行った。
「君たち、大丈夫だよ! このひとは不審だけど不審者じゃないからね! 車に気を付けて帰るんだよ~!」
「おい守男、俺が不審だと?」
相変わらず感情が浮かんでいない灰々津の顔を見上げ、ため息をつく。
「灰々津さん、今日はどうされたんですか? 小学校に行かれていたそうですけど」
「寒いから中に入れろ」
ずかずかと執務室へ入ってきた灰々津はスチール机の前にあるパイプ椅子に座って長い脚を組んだ。
「守男、適度に温かい茶をくれ」
反発したところで無駄だとわかっている。保田は言われたとおりに茶を淹れた。
湯気の立つ茶の表面をふーふーと吹いて、灰々津はさらっと言う。
「放火犯を探している」
「放火!?」
「今月に入り、尾堂市西園町の同一宅にて二度の小火があった。おまえも耳にしているだろう」
「あ、もしかして昌斗先生の家の件、灰々津さんが担当してるんですか?」
「そうだ」
灰々津は朗読でもするように淡々と事件を説明する。
尾堂市の西端にある西園町。そこに建つ一軒家で、二度の小火があった。
一度目は、十一月二日。庭の低木が燃えた。発見した隣家の住民が消火器をかけて鎮火させてから通報。尾堂署刑事課が現場検証を行ったが原因不明とされた。
二度目は、十一月十日。外壁の一部が燃えた。発見した家主が一一九番したあとホースで水をかけて鎮火。直後に消防到着。
通報を受けて出動した尾堂署刑事課が痕跡採取および燃焼物分析を行った結果、灯油の付着が確認され、人為的火災として本部へ報告。尾堂署に捜査チームが編成され、本部からの応援として灰々津が派遣された。
「だから、小学校に行ったんですね」
駐在所からほど近い尾堂市立尾堂北小学校には、被害宅の住人が勤務している。彼の再聴取に行ったのだろう。そう思ったのだが、
「ああ、家主の一人息子である根岸昌斗について、同僚の教師たちから話を聞いてきた」
「えっ、昌斗先生についてですか?」
「驚くことではないだろう。放火事件の捜査において、住人による自作自演の線を考えるのは当然だ。むろん第三者の犯行の線でも捜査を行っている」
「……昌斗先生は、良い先生ですよ。放火なんてする人じゃないです」
「決めつけは視野を狭める。捜査の序盤ではどのような可能性も切り捨てるべきではない」
保田はうっ、とたじろいだ。たしかに灰々津の言うとおりだ。
そして気づく。彼は、聴取のためにここへ来たのだと。
「守男、今週の月曜、小学校で防犯講話を行ったそうだな」
「……はい、さっきの子たちも、その講話を聞いてたから不審者通報に来てくれて、」
「俺を不審者呼ばわりしていたようだが」
講話の成果がしっかり出ているだろうと思ったが、口に出すのは控えた。
灰々津は追及せずに話を続けてくれた。
「おまえが小学校へ行った日は、二度目の小火が起きた翌日だ。根岸昌斗がどのような様子だったか教えてくれ」
「……いつもどおりでした。俺も、昌斗先生の家で小火があったことは耳にしていたので、心配で話しかけたんですが、特に不安げな様子もなく、笑顔を浮かべていました」
「自分の家に二度も放火されて笑っていられるものだろうか」
「俺や周りを心配させないように気を遣っていたんですよ」
「普段の彼はどのような人物だ」




