故人を語る
保田が上申すると、まず尾堂署の刑事課へ上げられる。そうなると、事件性を見逃したことの指摘に等しいため、尾堂署の面子を守るために再評価不要とされる可能性がある。
「俺に任せろ」
力強く言ってくれた灰々津は、スマホの初期化が不自然なことや、現場が密室とは言い切れないことなどを記した上申書を、防犯カメラの映像とともに上司へ提出したそうだ。
上司からは「処理済みの案件を蒸し返して……」とため息をつかれたそうだが、他殺の可能性を見逃していたことが判明した以上、放置するわけにはいかないと判断されたのだろう。捜査会議が行われ、尾堂署にて再捜査が始まった。その実質指揮は、支援派遣された灰々津が執った。
オーナーを介して眼鏡の男性に接触し、防犯カメラの映像を正式に押収。
遺族から預かったカオリのスマホは科捜研で解析された。通信記録には、死亡推定時刻前の発信二件と着信一件。いずれも同じ番号だった。
灰々津は、捜査の進捗を伝えてくれた。再捜査のきっかけを作った警察官への伝達は、内部連携の一環だと説明していた。
「はい、確かに受け付けました。そろそろ暗くなるから気を付けて帰ってね」
駐在所を出て行く中学生に手を振って、保田は受理した自転車盗難届の報告書を作る。そうしながらも捜査状況が気になり、ついスマホをちらちら見てしまう。
報告書を作り終えたところでスマホが鳴った。
「守男、今いいか」
「はい」
「携帯キャリアに開示させた該当番号の名義人の氏名は、玉置敦士、三十八歳。免許情報を照会したところ、登録写真の顔立ちが、防犯カメラに映っていた男と酷似していた」
灰々津の声に混じって、電動ドリルらしき雑音が聞こえる。
「灰々津さん、もしかして尾堂駅前にいるんですか?」
「ああ。玉置の職場から彼を尾行している」
「もしかして、一人で尾行しているんですか?」
「抵抗や逃走の可能性が低い相手なら一人でいいが、今回はそうではないから、俺含め四人で追っている」
「そうですか」
ほっとする保田に、灰々津はあまり緊迫感のない口調で告げてきた。
「逮捕状は数時間以内に発付されるだろう。届いたらすぐに動く」
「……わかりました。お気をつけて」
スマホをデスクに置いて、保田はじっとりと汗ばんだ制服の胸元をぐっと握る。
――なにがあっても、明日はきっと今日より良くなるって信じて生きてるんだもの。
強く生きていたカオリの尊厳が、これで守られる。
玉置はオアシスピーチが入っている雑居ビル前で逮捕された。
抵抗して逃げようとしたが、捜査員たちに囲まれて動きを封じられ、そのまま尾堂署へ連行された。
初回の取調べが行われたが、
「否認している。自白には、おまえの力が必要だと判断した」
翌朝、駐在所に現れた灰々津に促され、保田はガラス戸に不在案内板を掲示して、彼の車に乗り込んだ。
道中で仔細を聞き、深く深呼吸してから、灰々津に続いて尾堂署の取調室へ向かう。
「代わってくれ」
取調べをしていた刑事が席を立ち、外へ出て行った。
「守男、ここに座ってくれ」
「……あの、灰々津さん、ここでその呼び方はちょっと、」
「それは今関係ないことだろう」
「……」
保田は諦めて、空いた席に座った。灰々津が寄り添うように横に立つ。
「なんで駐在がここに来るんだよ」
後ろからぼそっと不満げな声が聞こえた。振り向くと、供述記録を取る若い刑事がこちらを睨んでいる。
「俺が呼んだからだ。同席申請書は通っている」
灰々津が言うと、若い刑事は舌打ちをして黙った。
保田は気を取り直して正面を向く。
机を挟んで対面した男はやつれた様子で、両手でキャップをいじっている。グレー地に散りばめられた黒いブランドロゴ。その色柄は、遺族から任意提出されたカオリの財布のデザインと同じだった。
「玉置さん、そのブランド好きなんですか?」
問いかけると、玉置はややあってから「べつに」と答えた。
「そうですか。じゃあ、プレゼントでもらったのかな?」
押し黙った玉置を、じっと見据える。
「玉置さん、この前、俺と会ったの覚えてますか?」
ちらりと上げられた目線には思案の色があったが、すぐに伏せられた。
「六月二十一日の十九時頃、オアシスピーチのドアの前にいましたよね。俺を見て、逃げるようにいなくなっちゃいましたけど」
「……知らない」
「俺、あのあとあの店に入ったんです。ああいう店って初めてで、おっかなびっくりだったけど、みんな良い人たちでした。玉置さんも入ればよかったのに」
話しながら、保田は先ほど灰々津から言われたことを思い返す。
自分が臨時捜査員としてここに居られる時間は最大で三時間。その間に玉置から有効な供述を引き出さなくては。
そう意気込んでいたら、違う、そんなことは求めていないと言われた。
証拠の提示などセオリー通りの取り調べはすでに行っている。それで口を割っていないのに、同じことをしても効果はない。だから、語ってほしいと頼まれた。
カオリのことを。カオリに関わる人々のことを。
「あるお客さんは、オアシスピーチに初めて入るとき、ためらいがあったそうです。普段はゲイを隠して生きてるから、自分と同じような人に会いたかったけど、いざ足を踏み入れるのは勇気がいったそうです」




