風船とさくらんぼ
ママは沈痛そうに唇を引き結んだが、すぐにそれを払いのけるように笑顔を作った。
「ええ、いいわよ。なんでも聞いて」
「カオリさんを見つけたときの状況をなるべく詳しく教えてくれる?」
「……カオリちゃん、三日間無断欠勤してたの。そんなことこれまでなかったし、連絡もつかなかったから心配になって、あの子のマンションに行ったの。インターフォンを押したんだけど出てこなくて。でも電気のメーターはくるくる回ってたから、もしかしたら中で倒れてるんじゃないかって思って。あのマンションのオーナーとは顔見知りだったから相談して、ドアを開けてもらったの。ひんやりしてるわねって思いながらリビングに行ったら、カオリちゃんが床の上に倒れてたの。……頭に透明のビニール袋かぶって、目を見開いて、ひどい顔色してて、一目で死んでるってわかったわ。私、腰抜かしちゃって。オーナーが呼んでくれた警察の人にいろいろ質問されたけど、ろくに返答もできなくて……」
ハンカチを取り出して目元を拭うママに、保田はためらいがちに訊ねる。
「他に覚えていることってあるかな?」
「……カオリちゃんの周りに、膨らんでない風船が散らばってたわ。あと、……スプレー缶みたいなものと、ビールの空き瓶も何本か転がってた気がするわ」
「なんで風船が散らばってたか、わかるかな?」
「風船は、この店が今月末で十周年だから、パーティーでもしましょうかって話してたのよ。カオリちゃん、気が利く子だから、その飾りつけのために用意してくれたんだと思うわ」
クリームソーダのクリーム部分を食べきった灰々津が、抑揚のない声で訊ねた。
「カオリさんの部屋のスペアキーを所持していたのはオーナーだけだったのか?」
「ええ、そうよ。スペアキーをオーナーに渡すって条件で、あの子が自分でオートロック錠を取り付けたんだもの」
「自分で取り付けた? 賃貸のはずでは?」
「あの子のマンション、ここと同じで古いから、ちょっとした改造はオーナーの許可を取ればOKなのよ。他の住民もいろいろカスタマイズしてるみたいよ」
「オートロックにした理由は聞いているか?」
「いいえ、聞いてはないけど、だいたい想像はつくわ。この仕事、お酒を飲んで帰ることになるから、つい部屋の鍵を閉め忘れちゃうのよね。私もよくやっちゃうの」
ママは、クリームがなくなった灰々津のメロンソーダに、さくらんぼを三つ入れた。
「灰々津さんも、モリちゃんと同じで、警察官なんでしょ。カオリちゃんの事件を調べてくれてるんでしょ。……ありがとね。私も、カオリちゃんが自殺なんかするわけないって思ってるの。あの子、酔うと前後不覚になってぐでんとしちゃうの。そんな状態で袋かぶってガス吸うなんてできないわよ」
灰々津は無言でさくらんぼをぱくぱくと食べた。なんて不愛想なんだろうと思いながら、保田は質問を続ける。
「ママ、カオリさんに恋人はいないって言ってたよね」
「ええ、いなかったはずよ」
「過去にはいたかな?」
「ごめんなさい、カオリちゃんの過去の恋人についてはわからないわ。あの子、普段はべらべら喋るくせに恋愛話になると聞き役に回って、自分のことはほとんど話さなかったのよ」
奥の席でずっと灰々津を見つめていたノリが「あっ」と手を叩いた。
「ぼく、カオリさんの好みのタイプは教えてもらったよ」
「えっ、めずらしい! なになにノリちゃん、どういう人!?」
「教えてもらったっていうか、カオリさんが見てたスマホをのぞき込んだときにSNSの写真が見えて、なに見てんのぉ? って絡んだら、好みのタイプだったから見てただけよって返されたんだよね。たしかにそこそこイケメンだったから、ぼくもさりげにフォローしちゃったんだけど。え~っと……あ、あった。このアカウントの写真だよ」
見せられたスマホの画面には、女性と三歳ほどの子どもが写った写真がずらりと並んでいた。
「えっ、なにカオリちゃんったら実はノンケだったの!? しかも人妻好き!?」
「ちがうよママ、この女の人の旦那さんのほうだよ。ほら、この写真見て」
大きく表示された写真には、尾堂公園と刻まれたクラシックな時計塔を背景に、子供を抱っこする男性が写っていた。
「あらまぁ、たしかに良い男ね。でも既婚者でしょ。ナシだわね」
「付き合うわけじゃなくて見た目だけの話だからいいんじゃないの」
保田はその写真に既視感を覚えた。




