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2.お膝元の暗雲と交差する正義-3

品川の夜、高杉晋作が掻き鳴らした三味線の、あの泣き出すように切なく激しい旋律が、今も私の耳の奥で、熱い痛みを伴って鳴り響いている。


世界を呪い、世界を愛し、己の命さえも激流の導火線にしようとするあの赫い(あかい)瞳。思い出すだけで、私の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように熱くなる。感情を捨てたはずの『影』だった私が、一人の男の孤独に、これほどまでに心を囚われてしまうなんて。

けれど、私には立ち止まっている時間などなかった。お兄ちゃんは今も、大老・井伊直弼の足元、あの悍ましい幕府の闇の底で、心を壊された『人形』として囚われているのだから。


「おい、茜。ちょっと付き合いな。退屈な江戸の街を、少しはおもしろくしてやるよ。」


翌日、神田の練兵館に現れたのは、龍馬さんではなく、あの勝海舟先生だった。先生は相変わらず不敵な笑みを浮かべ、私の身のこなしを鋭く睨みつけながら言った。


「今日、大老の井伊直弼が、ハリスとの条約の件と、市中の不逞浪士どもの取締について、密かに直参の者たちを集めて御用部屋で談判を行う。俺もその場に呼び出されてるんだが……どうにも周囲のキナ臭い気配が気に入らねえ。お前、俺の『影の護衛』として、給仕に変装してついて来な。」


大老、井伊直弼。その名を聞いた瞬間、私の身体は、憎しみと緊張で一瞬にして硬直した。

両親の仇であり、お兄ちゃんを奪った元凶。その男の懐へ、直接潜り込むチャンスが、こんなにも早く訪れるなんて。

「……行きます。勝先生。」


私は声を潜めて応じた。

桂さんや龍馬さんには内緒の、危険な単独潜入。けれど、今の私を動かしているのは、恐怖を遥かに凌駕する復讐心とお兄ちゃんへの執念だった。


江戸城の外縁に位置する、重厚な武家屋敷。

勝先生の給仕として、地味な小袖を纏い、三つ指をついて控える私の前に、その男たちは現れた。


「勝先生、お久しぶりでございます。本日の警護を仰せつかりました、試衛館の近藤勇にございます。」


現れたのは、先日、日本橋の大通りで出会った試衛館の面々だった。

先頭に立つ近藤勇の、あの人情味溢れる、けれど武士としての揺るぎない威厳に満ちた分厚い掌。彼は勝先生に対して深く頭を下げ、誠実そのものの態度を見せていた。

けれど、その背後に控える男たちの視線は、一瞬にして私を突き刺した。


「……チッ。勝先生、そこの給仕の女、どこで拾ってきた。」


低く、地を這うような冷徹な声。長い髪を後ろで結んだ土方歳三が、鋭い切れ上がった瞳で、私を蛇のように睨みつけていた。彼の右手は、いつでも刀を抜けるように柄のすぐ近くに置かれている。異常なまでの警戒心。私がどれだけ気配を殺し、ただの小娘を装っていても、彼の持つ『組織を守るための本能』は、私の纏う微かな影の臭いを見逃さなかった。


「おや、土方さん。またそんなに怖い顔をして。……こんにちは、黒猫さん。今日も神田の匂いがしますね。」


土方の隣で、色白い肌の沖田総司が、ふっと無邪気に、けれど底知れない死の影を宿した瞳で私に微笑みかけてきた。彼の腰にある長い刀が、かすかに金属音を立てて鳴る。そのニヒルな笑みの裏にあるのは、いつでも私を叩き切れるという、圧倒的な強者の余裕だった。


「これこれ、歳、総司。勝先生の連れの方に無礼を働く工作はやめろ。」


近藤が二人を窘め、私に向かって「驚かせてすまないね」と、あの陽だまりのような優しい笑顔を向けた。

私の胸が、また激しく混乱する。この近藤勇という男の優しさは本物だ。そして土方も総司も、私欲ではなく、ただ『幕府を守る』という純粋な忠義のために、命を研ぎ澄ませている。


そんな彼らが、命を懸けて守ろうとする頂点――。

重々しい足音が響き、御用部屋の襖が開かれた。


「皆、よう集まったな。」 


その場にいた全員が、一斉に畳に平伏した。私もまた、深く頭を下げる。上座に座したのは、一国の全権を握る大老、井伊直弼その人だった。


初めて間近で見る、両親の仇。その佇まいは、私の想像していたような『血に飢えた怪物』ではなかった。むしろ、氷のように冷徹でありながらも、どこか哀しいまでの静寂と、圧倒的な孤高の覚悟を宿した、一人の冷徹な政治家(武士)の姿だった。


「勝。ハリスとの通商条約の締結は、間もなくすべて完了する。異国による武力侵略を阻むには、今はこれしか道はない。だが、市中の長州の久坂や過激派どもは、これを『国を売る暴挙』と呼び、私の首を狙って蠢いているようだな。」


井伊直弼の声は、冷たく、けれど微塵の揺らぎもなかった。勝先生が、眉をひそめて直訴する。


「大老様。ハリスとの談判は至極真っ当、世界の大局を見据えれば条約は不可避でございます。ですが……そのために国内の志士たち、吉田松陰や公家たちを片っ端から処刑する『安政の大獄』は、いささか血が流れすぎております! これでは国内が引き裂かれる!」


勝先生の激昂に対しても、井伊直弼は表情ひとつ変えなかった。彼は静かに窓の外、どんよりとした暗雲が立ち込める江戸の空を見つめ、低く、地鳴りのような声で言い放った。


「血が流れるだと? 結構なことではないか。勝、この国を異国の鉄砲から、侵略の魔手から守るためなら、私はいくらでも悪鬼になろう。国内の反乱分子を叩き潰し、徳川の天下という一枚の絶対の盾を維持する。そのためなら、幾万の命を奪い、歴史に最凶の悪人として名を残そうとも、私の覚悟は微塵も揺るがん。」

「大老様……。」


「近藤、土方。市中の鼠どもを、一人残らず狩れ。この国を守るための大義だ。刃を向ける者は、誰であれ容赦はせぬ。」

「ははっ……! 試衛館の命に代えましても、江戸の治安、そして大老様の御命、お守り通してみせます。」


近藤勇が、畳に額を擦りつけるようにして、狂おしいほどの忠義を誓った。


その光景を、私は平伏したまま、じっと見つめていた。

私の身体の中で、激しい地殻変動が起きていた。

私の故郷を焼き、両親を惨殺し、お兄ちゃんの心を壊した大老、井伊直弼。彼は、私にとっては絶対に許せない、狂った大罪人だ。けれど、彼の口から語られたのは、この日本ひのもとという国を異国から守り抜くための、凄まじいまでの『愛国心』と『修羅の覚悟』だった。


悪人が、国を守ろうとしている。

正義の味方が、私の家族を殺した幕府のために、命を捧げている。


倒幕派の高杉晋作や久坂玄瑞が掲げる熱き炎も、佐幕派の井伊直弼や新選組が貫く強固な氷の意志も、どちらもこの国を想う、切ないほどの純粋な『信念』なのだ。

何が、正しいの……。私は、誰を斬ればいいの……?

引き裂かれそうなほどの葛藤が、私の胸を激しくかき乱す。涙が、畳の上にポツリと落ちそうになるのを、私は必死に堪えた。


その後、談判が終わり、退出する廊下でのことだった。

勝先生が先を歩く中、背後から音もなく近づいてきた土方歳三が、私のすれ違いざまに、耳元で冷酷な一言を囁いた。


「おい、山猫。大老様の前で、よくそれだけの殺気を押し殺したな。近藤さんは騙せても、俺と総司の目は誤魔化せねえ。……次、お前がその懐の苦無に指をかけたら、その時は、お前の首をここに並べてやる。二度と、俺たちの前に現れるな。」


土方の瞳には、一片の容赦もない、冷徹な『守護者』の刃があった。その隣で、沖田総司が「またね、黒猫さん。次は、どちらの命が散る時でしょうかねえ」と、ニヒルに微笑みながら、長い刀の鞘をカチャリと鳴らした。


二人の影が、薄暗い廊下の向こうへと消えていく。

私は、自らの冷え切った両手を、強く、強く握りしめた。

討幕派の狂気的な情熱。佐幕派の譲れない正義。その二つの巨大な天秤の狭間で、私はただの『影』として、押しつぶされそうになっていた。


けれど、どんなに世界が複雑に絡み合おうとも、私の中に、消えない光があった。


あの三味線を掻き鳴らした高杉晋作の、孤独な横顔。

そして、あの闇の底で、虚ろな瞳をしていた、世界でたった一人の大切なお兄ちゃん。私は、龍馬さんに貰った『茜』という名前を、心の中で何度も、何度も唱えた。

私はもう、名前のない道具じゃない。私は、自分の意志で、この激動の運命を切り開く。例えあの男たちと刃を交えることになろうとも、例え大老の修羅の覚悟を打ち砕くことになろうとも、私はお兄ちゃんを、あの深淵から絶対に救い出す。


どんよりとした江戸の空から、ついに激しい雨が降り出し、世界を白く塗りつぶしていった。その雨の音を聴きながら、私は自らの刀を、さらに深く、心に研ぎ澄ますのだった。



激しい雨は、江戸の街のすべてを容赦なく叩きつけていた。

大老邸での緊迫した談判から数日。私は、井伊直弼の口から語られた「修羅の覚悟」と、新選組の男たちが掲げる「正義」の重圧に押しつぶされそうになりながらも、ただ一つ掴んだ手がかり――お兄ちゃんが江戸の闇の底にいるという事実だけを頼りに、夜の市中を這い回っていた。

雨音に紛れ、私は漆黒の夜の帳を駆ける。

泥水を跳ね上げ、行き着いたのは、桜田門からほど近い、幕府の輜重しちょうが運び込まれるという古びた倉庫街の片隅だった。


霧混じりの雨の中、前方にぽつりと、一つの人影が立っているのが見えた。その影は傘も差さず、激しい雨に打たれながら、ただじっと佇んでいる。近づくにつれ、私の心臓が狂ったように鐘を突き始めた。全身の血が、沸騰したかと思うほどに熱くなる。見間違うはずがなかった。あの独特の立ち姿、そして腰に差された、私と同じ一対の刀。


「……お兄ちゃん。」


震える声で、私はその名前を呼んだ。里を滅ぼされ、離れ離れになってから、ずっと呼び続けた愛しい名前。

人影が、ゆっくりとこちらを振り返った。

雨水に濡れた長い髪の隙間から見えたのは、やはり、私のお兄ちゃんの顔だった。けれど、その瞳に私の姿は映っていなかった。光を失い、完全に濁りきった、感情を持たない硝子玉のような両眸。大老・井伊直弼の『最高の人形』として、精神を完全に破壊され、調整された哀れな姿。


「お兄ちゃん、私だよ! 迎えに来たの……!」


私が一歩踏み出した瞬間、お兄ちゃんの身体から、爆発的な殺気が膨れ上がった。

言葉はなかった。

ただ、冷徹な機械のように、腰の一対の刀が音もなく引き抜かれる。雨を切り裂いて、銀色の閃光が私の視界を埋め尽くした。


「――っ!」


本能的に腰の短刀を抜き放ち、迎え撃つ。

キン、と、鼓膜を引き裂くような甲高い金属音が、激しい雨音を吹き飛ばした。

強い!

かつて里で私に優しく剣を教えてくれた時とは、次元が違っていた。迷いも、慈悲も、人間らしい揺らぎも一切排除された、ただ「標的を効率的に殺害する」ためだけに研ぎ澄まされた純粋な氷の凶刃。一対の刀が、変幻自在の軌道を描いて私を襲う。


「お兄ちゃん、やめて! 私を忘れたの!?」


必死の叫びも、彼の耳には届かない。お兄ちゃんの突きが、私の肩を掠めて小袖を切り裂き、鮮血が雨の中に飛び散った。

心が激しく拒絶していた。

大好きなお兄ちゃんに、本気で刃を向けることなんてできない。その僅かな迷いと躊躇いを、暗殺人形と化した兄が見逃すはずはなかった。


「あ……!」


視界が歪んだ。

お兄ちゃんの凄まじい蹴りが私の腹部を捉え、私は泥水が溜まった地面へと激しく吹き飛ばされた。

全身を襲う激痛。短刀が手からこぼれ落ち、遠くへ転がっていく。起き上がろうとする私を見下ろし、お兄ちゃんは一歩、また一歩と近づいてくる。その表情は、どこまでも冷酷な無表情のままだった。彼は右手の刀を、私の胸元へと真っ直ぐに突き下ろした。


ああ……お兄ちゃんの手で死ぬなら、それもいいのかもしれない……。


走馬灯のように、幼い頃の隠れ里の記憶が駆け巡る。私が静かに目を閉じた、その刹那だった。

――バァンッ!

激しい銃声が闇を切り裂き、お兄ちゃんの刀の刃先を弾いた。


「茜に手を出すなあああッ!」


聞き慣れた、けれどこれまでに聞いたことがないほど怒りに満ちた龍馬さんの怒号が響いた。目を開けると、龍馬さんがリボルバーを構え、泥まみれの私の前に立ちはだかっていた。


「チッ、不細工な戦いをしてんじゃねえよ、山猫!」


さらに、闇の中からもう一つの影が躍り出た。高杉晋作だった。高杉さんは不敵な笑みを浮かべながらも、その瞳には凍りつくような烈火を宿し、手にした刀でお兄ちゃんの一撃を正面から受け止めた。

火花が散り、激しい剣風が雨を吹き飛ばす。


「龍馬、この人形、尋常じゃねえ強さだ! 長居は無用だ、茜を連れてズラかるぞ!」


高杉さんがお兄ちゃんの刀を力任せに押し返し、一瞬の隙を作る。その隙に、龍馬さんが私の身体を大きな両腕で抱き上げた。


「すまん、茜! 一度退くぞ!」


遠ざかる視界の中で、私は必死にお兄ちゃんの方へ手を伸ばした。激しい雨の中、お兄ちゃんは追ってくることはせず、ただ冷徹な瞳で、私たちが消えていく闇を見つめていた。その姿が、私の意識が途切れる前の、最後の記憶だった。


どれほどの時間が流れただろう。

ふっと、鼻腔をくすぐる微かな白梅の香りと、トントンと静かに響く、どこか心地よい三味線の音で、私は目を覚ました。


「……ん……ッ!」


痛む身体を起こそうとすると、激しい激痛が走り、思わず小さな悲鳴が漏れた。


「無理に動くな。傷口が開くぞ。」


低く、退屈そうでありながらも、妙に耳に残る男の声。

驚いて視線を向けると、部屋の隅、行灯の薄暗い光の中に、高杉晋作が座っていた。彼は大きな漆黒の三味線を膝に置き、バチを弄びながら、冷ややかな、けれどどこか優しい瞳で私を見つめていた。


「高杉……さん? ここは……。龍馬さんは?」

「坂本なら、お前のために薬と医者を探しに、雨の中を血相変えて飛び出していったよ。全く、あいつはお前を甘やかしすぎだ。」


高杉さんはフッとニヒルに笑うと、三味線を壁に立て掛け、私の枕元へと歩み寄ってきた。そして、私の額にそっと手を当てる。その掌は、驚くほど熱かった。


「あの雨の中、お前を襲ったあの『人形』……。お前の身内だな?」


高杉さんの一言に、私は呼吸を止めた。やはり、この男の鋭い洞察力からは、何も隠し通すことはできないのだ。

私は布団を強く握り締め、ぽつり、ぽつりと、これまで誰にも話したことのなかった自分の生い立ちを話し始めた。

自分の心が、どうしてかこの高杉晋作という男の前では、嘘をつけなくなってしまっていた。彼の持つ、世界を拒絶するような深い孤独が、私の『影』としての孤独と、どこかで深く共鳴しているのを感じていたからかもしれない。


「私は……、外界から隔絶された、ある隠れ里で生まれました。そこは、幕府の裏の仕事を請け負う、密偵と暗殺者の里でした。」


高杉さんは煙管に火をつけ、静かに私の話に耳を傾けている。紫煙が、薄暗い部屋に揺らめく。


「私とお兄ちゃんは、物心ついた頃から、人を殺すための技だけを叩き込まれて育ちました。名前なんてありません。ただの『道具』だったんです。でも、お兄ちゃんだけは違いました。私に『いつかこの里を出て、本物の海を見に行こう』って、いつも優しく笑ってくれた……。」


胸の奥が、締め付けられるように痛む。高杉さんの涼しげな瞳が、じっと私を見つめている。


「ある夜……里は突然、幕府の『暗部』に襲われました。大老・井伊直弼の命を受けた忍びたちが、里を焼き、両親を殺し、お兄ちゃんを連れ去ったんです。私は一人、炎の中で生き残って……。それから、お兄ちゃんを取り戻すことだけを生きがいに、復讐のために生きてきました。でも、今日会ったお兄ちゃんは……もう、私の知っているお兄ちゃんじゃなかった。心を壊されて、私を殺そうとした……ッ!」


涙が、堰を切ったように目から溢れ、私の頬を伝って布団にシミを作っていった。声を上げて泣くことさえ忘れていた『影』の私が、この男の前で、子供のように涙を流していた。


「私は……どうすればいいんでしょう。お兄ちゃんを救うために、あの浪士組の男たちの正義を斬り、大老の覚悟を打ち砕かなきゃいけない。でも、私には、お兄ちゃんを斬ることなんて、絶対にできない……!」


私の震える肩を、高杉さんの温かい手が、不器用ながらも力強く包み込んだ。高杉さんは煙管の煙をふぅと吐き出し、私の涙を、その長い指先でそっと拭った。


「おもしろくねえな…。」


高杉さんは、吐き捨てるように、けれどひどく愛おしそうに呟いた。


「お前みたいな小さな娘に、そこまでの泥を背負わせるこの世界も、そのお兄ちゃんって奴の運命も、反吐が出るほどつまらねえ。……だが、茜。だったら、お前がその『おもしろくねえ世界』を、力尽くでぶち壊してやればいいじゃないか。」

「世界を……ぶち壊す……?」

「そうだ。正義だの、大義だの、そんなものは後からついてくる飾りに過ぎん。お前はお前の『志し』のために、大老の首を狙い、浪士組を蹴散らし、そのお兄ちゃんって奴の心を力尽くで叩き起こしてやればいい。そのために世界が狂うって言うなら、俺がこの国ごと、お前と一緒に灰にしてやるよ。」


高杉さんはニヤリと、悪魔のようでありながらも、胸が焦げるほどに美しい微笑みを浮かべた。

その瞬間、私の胸の奥で、何かが決定的に、音を立てて爆発した。この男は、狂っている。世界を敵に回すことを、これほどまでに愉しそうに語るなんて。けれど、彼のその圧倒的な狂気と、背中合わせの深い優しさが、私の凍りついた心を、激しく、情熱的に溶かしていく。


ああ……私は、この人の放つ光から、もう二度と逃れられない……。


心臓の鼓動が、今までで一番激しく鳴り響く。傷の痛みさえも忘れるほどの、甘く、切ない初めての…熱。


「高杉、茜! 医者を連れて戻ったぜよ!」


どたどたと廊下を走る龍馬さんの大きな足音が聞こえ、私たちは自然と身体を離した。高杉さんは再び三味線を引き寄せると、窓の外の雨空を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……おもしろきこともなき世を、おもしろく、さ。茜、お前のその覚悟、最後まで俺に見せてみろよ。」


その言葉を胸の奥に深く刻みながら、私は自らの内に宿る、復讐の炎とは異なる『新たな熱』を静かに燃やし始めるのだった。

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