第八章 私の気持ち
ある日、子供が訪ねてきた。父親と一緒に、二人で、仕事で。その子はとても面白かった。感情を動かすことのなくなった私の心を、彼の鮮やかな情動が揺り動かす。に、久しぶりに楽しいという気持ちを思い出させてくれた。子供を見るのなんて何年ぶりだろう。懐かしさと、嬉しさと、ほんのわずかな罪悪感が私の心を満たした。それから坊やが時々、いや、定期的に私のもとを訪れるようになった。その時間は、彼に伝わっているかと言えばそうは思えないが、私にとって失われた過去を思い起こさせる特別なものだった。時を止めた写真のような毎日が動きを取り戻し、次第に色を蘇らせていくのを実感していた。そんな日々も木々の移ろい、風が運ぶ香りの変化、そんなものと共に移り変わっていく。次第に彼への気持ちは、罪悪感の方が大きくなっていった。それは彼に対してではない。私や、私の過去に対して。私一人がここで生きながらえていることも、こんな幸せを享受していることも。
ある日、坊やが来なくなった。何か悪いことが起きてはいないだろうか。まさか命を落としたりなどはしていないだろうか。何日も何日も気をもんだ。やがてそんな心配はすべて的を外し、また坊やがやってきた。でも、私にはもう、坊やを迎え入れることはできなかった。
それから、もう会うことはないと思っていた。そのまま何年が過ぎただろう。久しぶりに森の木々がざわめく。客人をもてなすように、悠久の彼方の先に、待ち人を見つけたように。背後に立つのが誰なのか、すぐに分かった。姿を見ずとも声を聴かずとも。まるでかつて失った愛おしい人が返ってきたような気がした。
大きくなった坊やは、もう坊やと呼ぶべき姿ではなかった。坊やの姿に、その背後に、ふと彼の姿を感じてしまう。その衝動に、その欲求に、抗う術を私は持っていなかった。また前のような日々が戻るのかと思ったら、心の奥底で沸き立つ気持ちを無視することはできなかった。ただ、現実はそう甘くはない。気づけば私のせいで彼が危機に陥り、私に助けを求めた。そして今や、彼を匿うという名目のもと、共同生活が始まった。
同じ空間で生活するうち、イヴに対する心は変わっていった。イヴはイヴだと、今を生きる、未来ある青年なのだと思うことに努めた。その背後に見える、時折イヴ自身をそうと見違えるような過去の記憶を封じ込めて。でも、無理だった。成長し、ますます背格好の似てくるイブに、失われた最愛の人を、見てしまう自分がいた。容姿こそ違うものの、私に対して見せる不器用ながらも純朴なその態度に。何より私を愛し、私に接するその心に。私には呪いがある。解けることのない呪い。たとえ愛しても報われる愛ではない。もう誰も愛さない。もう悲しい思いはしない。感情なんて、捨ててしまえ。そう心に決めていた。かといって今、イヴを外に放り出すわけにはいかない。途切れることのない思考の逡巡が、私の頭にとぐろを巻いていた。




