第279話 いけない縄張り
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「公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人」8巻!!
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強い魔獣の臭いに混じって、キツい腐敗臭がした。
ここは魔獣の巣であることは間違いない事実だろう。
そんな穴底の奧で出会ったのは、聖カリバルディア剣教の司祭服を身に纏ったヴェリオ司祭だった。
「表に放っておいたブレウラントはどうしました?」
「眠らせました」
『子守歌を聴きながら、スヤスヤ寝てるぜ』
アルマはニヤリと笑う。
村の外周に現れたブレウラントは、説明通り眠ってもらった。
今頃は、リーリスの美しい声の子守歌を聴いて、ぐっすり眠っているはずだ。
リーリスの歌声は2年間、僕の魔獣料理を食べたことによって不思議な力を得ていた。
それはあらゆる猛獣や魔獣を大人しくさせる【天使の歌声】だ。
しかも、以前聞かせてもらった時以上に、今は声も伸びやかで美しい。
相手がたとえAランクの魔獣でも抗うことは難しいだろう。
正直に言うと、今リーリスがどういう能力を持っているか、僕もすべて把握していない。
この2年間、リーリスは僕の魔獣料理を作るたびに手伝ってくれていた。
試食をしてくれた回数は、レティヴィア家の中でもトップだろう。
その度に、リーリスは色々な能力を獲得してきたのだ。
『なんだか、昔のルーシェルみたいだね』
「そうだね」
僕は苦笑いを浮かべた。
いつかリーリスがブレウラントを素手で倒してしまうようになってしまったら、と思うと、少々複雑だ。将来お嫁さんに行くことになった時、果たしてお婿さんの目に魔獣よりも強い公爵令嬢とはどんな目に映るのだろう。
『ま、その時はルーシェルが責任持つしかないよな』
「え? 僕?? ……そ、それはそうかもしれないけど――――って、アルマ! 勝手に僕の心を読まないでくれる?」
『魔法で読まなくたって、ルーシェルが考えていることなんてすぐわかるさ。だって、ボクの相棒だからね』
もう……。本当に僕の相棒は、姿こそ可愛いのに、性格は本当に可愛くないんだから。
でも、決して嫌いじゃない。
そんな僕とアルマのやりとりを見て、ヴェリオ司祭は微笑む。
「なるほど。……どうやらあなたたちを少々侮っていたようですね」
「ヴェリオ司祭……。あなたは魔獣憎しと口にしながら、本当は魔獣を操っていた張本人だったんですね」
「その通り。……そもそも聖カリバルディア剣教は魔獣を邪なものという教えはありません。むしろあなた方の聖霊教よりも寛容と言えるでしょう」
「その魔獣をあなたはこの山間の村を孤立させるために使った」
『同時に村人が外に出ないようにもしたんだな』
「賢い、さすが子爵閣下とその使い魔だ。田舎者の村人よりもはるかに頭がいい」
ヴェリオ司祭は僕に拍手を送る。
僕たちは応じず、真剣な表情を崩さずに本命の質問をした。
「司祭、あなたの目的は村の子どもたちですね」
「ほう。何故、そう思うんです?」
ヴェリオ司祭は口を結び、鋭い視線を向けた。
「きっかけはフレッティさんからの報告でした」
最初、レティヴィア騎士団と村を見て回った時、フレッティさんは村の大人たちがやせ細っていることに気づいた。当初は剣教騎士団から搾取されているかと思ったけど、そんなことをすれば村人の忠誠心を損なうことになる。
だから、僕はこう考えることにした。
村の大人たちは全員ブレウラントの胞子毒にかかっていたのではないか、と……。
「ブレウラントの胞子毒は、実は大人だけにしか効かないんです」
実際、大きなブレウラントが何度も村を襲い、胞子毒をまき散らす中、教会の子どもたちは元気に走り回っていた。
ブレウラントの胞子毒は、遅効性でゆっくりと効いてくる。
ただ個人差はあって、ロフルの母親のように寝込んでしまう人もいれば、身体は痩せても通常生活を問題なく送る人もいる。
「ただ危険な毒であることは間違いありません。あと1年もすれば、村は子どもだけを残して全滅するでしょう。その子どもたちの面倒を見るのは、ヴェリオ司祭――あなたということになる。違いますか?」
「ふふふ……。あははははははははは! 素晴らしい! 素晴らしいですよ、子爵閣下。よもや我が計画を、そんな角度から見破るとは……!」
「褒められても何も嬉しくありません。さあ、教会の子どもたちを解放してください。ティセルをどこへやったんですか?」
「おや。そこからは見えませんか? なら呼びましょうか」
ティル、こちらに……。
子爵閣下の背後に突如として、巨大ブレウラントが登場する。
僕とアルマは反射的に構えたが、ブレウラントの頭はゆっくりとヴェリオ司祭に近づいていく。
差し出された頭を、ヴェリオ司祭は優しく撫でた。
『まさか……』
「そのまさかですよ。さあ、ティル。生まれ変わったあなたの姿を子爵閣下に見ていただきなさい」
ブレウラントがこちらを向く。
鋭い牙がついた口を開いた。
「…………るー…………しぇ………………」
ブレウラントの口から「ルーシェ……」と聞こえた。
魔獣食も食べてないブレウラントが、人間の言葉を喋ることなんてあり得ない。
しかし、もっとあり得なかったのは、ブレウラントの目から涙が流れていたことだった。
「るー…………しぇ…………。てぃ……る…………」
「すばらしいよ、ティル。もう2つも単語を言えるようになったんだね」
『お前……!!』
アルマが毛を逆立てる。
今、まさに司祭に牙を突き立てん、とばかりに動こうとした時、横切る影があった。
僕だ。
ヴェリオ司祭に向かって飛びかかると、大きく拳を振りかぶった。
「え?」
どごぉおおぉぉおぉおっぉおっぉおおおぉっぉぉお!!
ヴェリオ司祭はそのまま吹き飛ぶ。
ブレウラントたちが蠢く穴を越え、岩壁に突き刺さった。
『あ~あ。知らねぇぞ』
「な、なんだ……。今の力は――――」
ヴェリオ司祭はかろうじて意識を保っていた。
しかし、その頬が大きく晴れ、顔面の骨が折れたことで、いびつに曲がっている。
気づけば普段抑えている魔力を解放していた。
それでもかろうじて理性を保てているらしい。
本気で殴っていれば、ヴェリオ司祭は魚の餌より小さく粉々になっていたはずだ。
でも、僕は自分を戒めようとは思わない。
許せなかった。
ティセルは真剣に司祭を愛し、剣教の教えを信じようとしていた。
しかし、ティセルの想いをヴェリオ司祭は紙クズのように切り捨てた。
「許せない。あなただけは許すわけにはいかない!」
僕は叫ぶ。
そんな僕を見ながら、アルマは呟いた。
『司祭様……。お前はこの世界でもっとも踏み込んじゃいけない縄張りに足を踏み入れちゃったんだ』







