第277話 勇者を狩るのが魔獣の役目
◆◇◆◇◆ ティセル ◆◇◆◇◆
ティセルは子ども部屋の二段ベッドの下で俯いていた。
あの時、どうすれば良かったのか?
何が正しかったのか?
悪ってなんだろう。
神様ってなんだろう……。
様々な感情や考えが、頭の中で回る。
考えれば考えるほどわからなかった。
どうしたらいいのか、どうすればいいのか。
必死になって考えたが、ティセルの小さな頭では答えに辿り着かなかった。
ふと顔を上げた時、ティセルは気づいた。
何かというわけではないが、とにかく静か過ぎるのだ。
村の大人たちは騎士団に率いられ、山に向かった。
残っているのは、子どもやティセルの母親のように病に伏せっている大人だけだ。
だが、それにしても静か過ぎる。
村に大人がいなくても子どもはいる。
それにティセルがいる教会は、半分子どもの遊び場になっていた。
日中は子どもの笑い声や歌声が聞こえてくるはずなのに、何も聞こえてこない。
そう気付くと、急に背筋が寒くなってきた。
部屋から廊下に出る。
幼馴染みの子どもの名前を呼んでみたものの、返事はない。
ついに礼拝堂にまで来たが、やはり誰もいないかった。
「こんなところにいたのですか、ティル?」
「ひっ!」
いきなり背後から愛称で呼ばれ、ティセルは悲鳴を上げる。
振り返ると、何食わぬ顔でヴェリオ司祭が立っていた。
「ちょうどいい。こちらへいらっしゃい」
ヴェリオ司祭はティセルの返事を待たず、歩き出す。
やってきたのは、教会の裏手だ。
そこには山があり、ぽっかりと穴が空いている。
ティセルはヴェリオ司祭が穴を出入りしていたことを知っていた。
しかし、何があるかまでは知らない。
昔、好奇心が勝って、司祭に尋ねてみたことがあったが、微笑むだけで何も答えてくれなかった。
「こちらへ」
「良いのですか?」
「ええ。みんなもこちらで待っています」
「みんなが……」
とは言ったものの、ヴェリオ司祭はそれが子どもたちのことであることを明言しなかった。
穴は大きく。
大人が横に並んでも歩けるほどだった。
それにしても不思議なのは、こんな穴が村にあったことだ。
ティセルは教会ができる前から村にいるが、こんな穴があったとは知らなかった。
「司祭様、この穴はなんですか? まるで何か大きなものが通ったような」
「怖いですか?」
「い、いいえ」
反射的に答えていた。
本当はとても怖かった。
穴の雰囲気というより、前を歩くヴェリオ司祭の醸す空気が……。
穴はずっと奥へと続いていた。
途中からティセルは眉間に皺を寄せる。
匂いだ。嫌な匂いというより、それは魔獣と遭遇した時に嗅ぐ獣臭と似ていた。
しばらくして開けた場所に出る。
「ひっ!」
ティセルは思わず尻餅をついた。
金縛りにかかったように動けなくなり、満足に悲鳴を上げることもできなかった。
恐怖に怯える瞳に映っていたのは、ブレウラントだった。
それもただのブレウラントではない。
村を度々襲撃していた巨大なブレウラントたちが、ぐるぐると渦を巻きながら、穴の底で蠢いていた。
1歩も動けないティセルに対して、ヴェリオ司祭は冷静だった。
それどころか近づいてきたブレウラントの頭を、まるで子犬でも愛でるかのように撫でている。
異常な光景に、ティセルは次第に過呼吸になる。
ゆっくりと後ずさりしようとしたが、何か手に当たった。
振り返ると、それは骨だった。
小さな、明らかに人の骨とわかるものだった。
「ひやっ!!」
ティセルは悲鳴を上げる。
しかし、幸か不幸かやっと声を出せるようになった。
「司祭様、これは? これはなんですか?」
「実験場ですよ」
「実験?」
「知っていますか、ティセル。人は魔獣の肉を食べると、その力を得ることができるのです……」
その言葉を聞いて、ティセルは昨夜のことを思い出す。
恐怖のあまり、あの時食べた肉の味を思い出すことはなかったが、一瞬鮮明に味噌ベースの鍋の姿が頭の中に浮かんだ。
「では、逆ならどうでしょうか?」
「まさか……」
ティセルは近くにあった骨を見る。
もしかして、これは魔獣に食べられた子どもの骨では――と恐ろしい想像が浮かぶ。
「残念ですが、そううまくいかなかった。しょせんは人間です。純粋な魔力生物ではないものを食ったところで、身体に変化は起きない。拙僧が長年研究してきた結論です」
「じゃあ、司祭様は何をしているんですか? 子どもたちはどうしたんですか?」
「良い質問です、ティル。……そう。成果は上がりませんでしたが、興味深い副産物を生み出すことができました。すなわち――――」
魔獣に人間の頭脳を加えることです……。
何を言っているのかわからなかった。
ただヴェリオ司祭が恐ろしいことをしようとしていることだけはわかった。
「魔獣は【使役】することはできますが、魔法で縛ることにはリスクを伴います。何より細かい命令を聞くことができない。『行け』『止まれ』『暴れろ』といった一言で表せる命令がせいぜいです。簡単に言うなら、ティル。あなたよりもこの魔獣は頭が悪い」
ヴェリオ司祭はティセルの喉を掴む。
そのまま物のように扱い、ブレウラントの前に差し出した。
「だから、ティル。これからはあなたがブレウラントの頭脳となるのです」
「司祭様、やめて! 正気に戻って」
「正気ですよ。拙僧はいつまでも優しい司祭です。あなたのような田舎娘を、我が神の尖兵として役立てるようにするのですから!」
ヴェリオ司祭は魔法を唱える。
それは彼が長年研究してきたオリジナルの魔法だった。
ティセルの身体が禍々しい魔力に包まれていく。
波にもまれるようにティセルは叫ぶ。
「――――! ――――!!」
しかし、その声が魔力の中に飲み込まれていった。
◆◇◆◇◆ ルーシェル ◆◇◆◇◆
「ふふ……。またね、ルーシェルちゃ~ん!」
激しい投げキッスをしながら、幻獣ミラーは虚空へ消えた。
顔にキスマークをつけながら、ルーシェルは苦笑いを浮かべ見送る。
ホッと息を吐いたのつかの間、様子を見ていた相棒とリーリスのほうに振り返った。
「村の人たちは安全圏に逃がしたよ」
「ひとまず安心ですね」
リーリスはホッと息を吐く。
一方、アルマはじっと村のほうを見ていた。
「アルマさん。ティセルのことが気になりますか?」
『べ、べべべつに! あ、あとさ。そのアルマさんってのは止してよ。なんだかくすぐったいからさ。アルマでいいよ。ボクもリーリスっていうし』
アルマはジト目で睨む。
本気で困ってるというか、さん付けされて、照れてるようだ。
「とにかく村に行こう。たぶん、そこに何か秘密が隠されてるはずだ」
『おう』
「はい」
僕たちは再び山間の村に踏み込む。
その直後だった。
轟音とともに、大地が隆起する。
それも村のあちこちでだ。
積もった雪をはね飛ばし、僕たちの前に立ちはだかったのはあのブレウラントだった。
「まるで村を襲うためというよりは、僕たちを村に入れないようにしてるみたいだ」
『みたいだ――じゃなくて、実際そうなんだろう。いいじゃん。お姫様を救出する勇者には必ずあるシチュエーションだ』
「その勇者って誰だよ。アルマなのかい?」
『馬鹿いうなよ、ルーシェル。ボクは魔獣だよ。どちらかというと、勇者に襲いかかるほうだろ?』
そう言って、アルマはギラリと牙を光らせた。







