第276話 決起
◆◇◆◇◆ ティセル ◆◇◆◇◆
「我々は魔獣を駆逐するのです!」
ヴェリオ司祭の言葉は、勇ましく村の中に響いた。
村の人々は持っていた鍬やホークを掲げて、声を張りあげる。
司祭が発した物騒な言葉に、誰一人として疑問に思う人はいないらしい。
それを見ながら、逆にティセルの心は冷えていく。
改めて遺体を見つめた。
(ホント? 本当に魔獣がやったの?)
ティセルは昨日見た魔獣の姿を思い出す。
銀の毛に、髭を生やした小さな魔獣。
あの日見た神獣と特徴は似ている。
唯一違う部分があるとすれば、大きさぐらいだろう。
ティセルはあの小さな魔獣が、実はあの時の神獣だと思い始めていた。
あるいは、神獣の子どもかもしれないと……。
自分を守ってくれたのも、決して偶然ではないと考えていた。
でも、確証が持てない。
そして同じくらい魔獣が、剣教騎士団の人を殺したことが信じられなかった。
いや、人を殺したのは間違いない。
でも、果たして魔獣だけが悪いのだろうか?
それだけが理由で、魔獣を全部殺していいのだろうか?
それは悪いことでも、良いことでもない。まして神様が禁止したことでもない。
生きるためにそうしているのさ……。
「司祭様、待って!」
ティセルは反射的に叫んでいた。
皆の視線が一瞬にしてティセルに向かう。
その血走った目を見て、少女はうっと小さく悲鳴を上げた。
みんなが殺気立つ中で、ヴェリオ司祭だけがいつも通りの笑顔を浮かべた。
「ティセル、無事だったのですね」
司祭の言葉を聞いて、ティセルは自分が行方不明扱いになっていたことを知る。
その姿を見て、司祭だけではなく、村の人も安堵した様子だった。
ヴェリオ司祭はやわらかな毛布をティセルにかけるように抱きしめる。
「心配したんですよ」
「ご、ごめんなさい」
「謝る必要はありません。あなたが無事で拙僧は嬉しいのです」
「司祭様、あの……」
「ところで、ティセル。ロフルたちは見かけませんでしたか?」
「え? 領主様と山に――――」
言いかけて、ティセルは「しまった」と思った。
何故、そう感じたのか、幼い少女は説明できなかった。
しかし、ヴェリオ司祭の身体が蛙の皮膚のように冷えていく。
司祭はどんな時も温かく、優しく自分を抱きしめてくれた。
だから「逃げたい」と思ったのは、これが初めてだ。
「皆様、聞きましたか」
ティセルを抱き上げながら、ヴェリオ司祭は村人たちに語りかけた。
「あの領主は魔獣と結託していることは明白。これまでの魔獣の襲撃も、あの領主の仕業で間違いない。いや、あの小さな子どももまた真の悪魔の傀儡なのかもしれません。なんといたわしや……」
「司祭様、それはちが――――」
ティセルは反論しようとしたが、それを止めたのはティセルの言葉ではなく、目に浮かんだ涙だった。
「もはや我らの土地を救うのは、我々しかいません。皆さん、これこそ聖戦なのです!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおお!』
猛獣、いや魔獣の咆哮のような声が村中に響き渡る。
聖カリバルディア剣教騎士団団長イグナーツは、早速馬に乗った。
自ら先頭となって、騎士と村人たちを導く。
ヴェリオ司祭とティセルはそれらを見送った。
「さあ、ティセル。教会に戻りましょう」
ヴェリオ司祭はいつも通り微笑む。
今まさに村人たちを戦場に送り出したばかりだというのに……。
言われるままティセルは、ヴェリオ司祭の手を取る。
濁流となった人の負の感情を、小さなティセルではもう止められない。
彼女ができることといえば、祈ることだけだった。
(神様……。神獣様……。どうか村のみんなを助けてください)
◆◇◆◇◆
先頭を行くイグナーツは振り返る
殺気立った村人たちが、列を成していた。
騎士団も合わせて、100名。
軍隊というには、いささか数が少ない。
しかし、その士気だけを見れば、一流の軍人のようにも見える。
「馬鹿なヤツらだ。のせられているとも知らずに」
こっそり微笑む。
遺体は山を焼こうとした騎士団団員たちだ。
だが、作戦は失敗。おめおめ帰ってきた団員を殺したのがイグナーツだった。
その後、魔獣の仕業として擬装し、村人をけしかけることに成功した。
「いくら領主様といえど、村の人間にはさすがに手が出せねぇだろ」
ここで領主を討ち、事実上聖カリバルディア剣教が村を占拠する。
貴族を討てば、王国が黙っていないだろうが、村を守って魔獣に殺された――とでもいえば、目くじらを立てることはないはず。
逆に手厚く葬ったといえば、聖カリバルディア剣教の株が上がるかもしれない。
「つっても……。あの司祭様は別の事を考えているみたいだけどな」
イグナーツから見ても、ヴェリオ司祭は不気味な存在だった。
付き合いはもう2、3年になるが、未だに底が知れない。
今回、辺境の村を占拠した理由も、ヴェリオ司祭なりの理由があることは明白だ。
「我が輩は上から言われた命令に従うだけだ。触らぬ神に祟りなしってな……ん?」
山へと向かう道すがら、イグナーツは馬を止めた。
同時に隊列全体も停止する。
イグナーツの前に現れたのは、3人の騎士だった。
「お前ら、領主様の……」
「レティヴィア騎士団団長フレッティ・ヘイムルド!」
そう言って、フレッティは剣を抜く。
真冬の陽光を受けて、赤い剣は鋭く閃いた。
団長が得物を抜くと、他のメンバーたちも構える。
その姿を見て、イグナーツは思わず顔を手で覆った。
「ふふふ……。アハハハハハハハ! まさかお前ら、この人数相手に、3人で戦うというのかよ? ブハハハハハ!! 馬鹿じゃねぇの!!」
「ふん。よく見てみろ」
「あん?」
イグナーツは振り返ると、絶句した。
騎士団の後ろに控えていた村人たちが、忽然と姿を消したのである。
「なっ! どういうことだ、これは?」
「わ、わかりません。突然、村人たちが光ったと思ったら、もう――――」
最後尾にいた騎士が慌てた様子で声を張りあげる。
前代未聞の出来事に、イグナーツは呆然とする。
ちょっと間抜けな表情を見て、フレッティは声を出して笑った。
「騎士団の数は20名弱。3名であれば、1人7人なら十分勝機はある」
フレッティは魔剣フレイムタンに魔力を通す。
ごぉ、と音を立てて、炎が立ち上った。
滝を昇る龍が如く逆巻く火を見て、剣教騎士団たちは恐れおののいた。
「イグナーツ、お前も持っているんだろ?」
フレッティが挑発すると、イグナーツは赤い大剣を掲げた。
魔剣フレイムタンと同じく、炎の渦を巻き、煌々と辺りを照らす。
「面白い。どっちが魔剣士としてふさわしいか」
「ああ……。そうだな」
フレッティはフレイムタンを構える。
「1度魔剣と戦ってみたかったんだ」
ここに炎の魔剣を扱う者同士の戦いの幕が切られるのだった。
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