第275話 生きるためにやっていること
「守り神様に会いに来たの……」
と、切り出したティセルは語り出した。
ティセルは以前、山菜採りの最中にいつものルートを外れて、魔獣がいる山のほうへと入ってしまったらしい。そこで魔獣に襲われたティセルは、〝守り神様〟に助けてもらったのだそうだ。
守り神――と聞くと、僕とアルマは以前近くの里であったことを思い出す。
ただティセルが言う守り神様は、それとは違うようだ。
「ティセル、守り神様ってどんな姿をしていたか教えてくれる?」
「えっと……。とても綺麗な銀の毛をした大きな猫」
「銀の毛の大きな猫?」
「そう! そうだわ。お髭を生やしてた」
「髭……。それって……」
僕は横で話を聞いていたアルマのほうを振り返る。
すぐに僕はアルマに【伝声】の魔法を使い、声にせずに尋ねた。
『アルマ、この子を助けたの?』
『うーん。覚えてないなあ』
『いや、絶対アルマでしょ』
アルマの他にも山にはクアールが住んでいる。
でも、野生のクアールが人間の子どもを助けるなんてまずあり得ない。
縄張りに入ってきた人間に、容赦なく爪を立てるはずだ。
大きな猫ってところが唯一引っかかるけど、アルマは【変化】の魔法を使える。
小さくなることも、大きくなることも自由自在だ。
『見たことあるような……、ないような』
『もう。ボケるのが早すぎるよ』
『何を言ってるんだい。ボクも君も300年以上生きてるんだよ。多少物忘れが激しくたって仕方ないよ』
それを言われると、言い返しにくい。
僕もアルマも、身体こそ子どもだけど、人間なら3回は生まれ変わっているお年寄りなのだ。
「あの……。あなたたちはなんでこんなところにいるの?」
「え?」
唐突な質問に、僕は言葉に詰まる。
「野宿するにしても、魔獣がいる山でなんておかしいでしょ?」
す、鋭いなあ。
同い年ぐらいだと思うけど、大人びているというか。
小さくとも修道女として、もう働いているからかな?
「えっと……。それは――――」
きゅるる……。
それは魔獣の唸りでもなければ、寝息でもない。
小さなお腹の音だった。
最初、アルマかと思ったけど違う。
慌てて自分のお腹を隠したのは、ティセルだった。
顔を真っ赤にした姿は、先ほどまで鋭い質問を投げかけた時とは違って、年相応の姿に見える。リーリスやユランの反応とそっくりだ。
「ティセル、お腹が空いてるの?」
質問すると、気恥ずかしそうにティセルは頷いた。
「ヴェリオ司祭が剣神様に仕える者なら、試練に耐えるべきだって……」
いわゆる、断食というものだろうか。
そういう修行があることは知っているけど、ティセルは子どもだ。
育ち盛りの子どもに、ご飯を食べさせないのは、さすがに良くない。
「ねぇ、ティセ――――」
『なあ、お前。ボクの寝床に来るか?』
僕が声をかける前に、アルマが言った。
ティセルにとって魔獣は恐怖の対象でしかない。
そんな魔獣からの誘いを聞いて、ティセルの顔が一瞬強ばる。
しばらく、じっと自分よりも背の低いクアールの子どもと見つめ合った後、ティセルはこくりと頷いた。
どういう心境の変化があったのか、僕にはわからない。
もしかして、ティセルはアルマが〝守り神様〟と気づいているのかもしれないけど、確信できるほどの要素は、表情から見て取れなかった。
『じゃあ、行くか』
アルマは魔法で風の層を作る。
フレッティさんも含めて、その場にいる全員を包むと、ゆっくりと浮き上がった。
当然だけど、ティセルは目を丸くして驚いていた。
『行くぞ!』
アルマが発した途端、風の層は木の幹を超えて、夜空へと躍り出る。
玩具みたいに小さくなった里の風景を見ながら、ティセルは最後まで悲鳴を上げていた。
◆◇◆◇◆
「あれ? ティル?」
アルマのねぐらに戻ってくると、ロフルが首を傾げた。
一旦、身体の大きなフレッティさんの後ろに隠れたティセルは、ねぐらにいたロフルとマリースの姿を見つけて、目を大きく見開いた。
「ロフル、どうしてここに?」
「それはぼくが聞きたいぐらいだよ」
質問を受けて、どう話したらいいかわからず、ティセルは僕に助けを求めた。
「麓近くで魔獣に襲われててね」
と、説明する。
剣教騎士団のことについては、1度伏せておくことにした。
一方、ティセルはきょろきょろと周りを見渡していた。
居づらいのか、怖いのか、緊張しているのか、あるいは全部かわからないけど、ひとまず座ってもらうことにする。
僕は早速、茸と肉団子の魔獣鍋の残りを器に盛った。
村では滅多に食べられない豪勢な鍋に、ティセルの顔はたちまち輝く。
スープを一口、肉団子を1つ、茸を2つと食べると、ティセルの口から白い湯気が吐き出される。そして、叫んだ。
「おいしい」
それまで恐る恐るという感じで箸を進めていたティセルは、音を鳴らして慌てて食べ始める。よほどお腹が空いていたのだろう。作り手が喜ぶような豪快な食べ方だ。
「こんなにおいしいご飯、はじめて食べました。一体、だれが作ったんですか?」
「僕だよ。良かった。気に入ってくれて」
「領主様が……」
ティセルは目をぱちくりさせる。
なんか「領主様」って改めて言われると照れるな。
「すごいだろ。それ――――魔獣のお肉とか骨が入ってるんだぜ、ティル!」
(あ。ロフル、それは言っちゃ……)
さっきも言ったけど、ティセルは魔獣を嫌っている。
いや、魔獣が好きなんて人は、1000人いているかいないかだろう。
中でもティセルが持つ魔獣に対する恐怖は、他の人よりも強い。
一見可愛い姿をしていても、魔獣と聞いた瞬間に豹変するほどだった。
そんなティセルが魔獣料理を食べたと知ったら、どんなことになるか。
いや、黙って食べさせた僕も悪いんだけど……。
「あの……」
ティセルはギュッと箸を掴んだ。
『どうだ? ルーシェルの料理はうまいだろ?』
「……え? はい」
唐突なアルマの質問に、なぜかティセルは素直に応じた。
一瞬膨れ上がった怒りの気配が沈んでいく。
『もう夜も遅いから、ボクのねぐらで泊まっていけよ。ここは里よりも暖かいだろ?』
「え? そういえば……。焚き火もしてないのに」
『ファイヤバードの糞を地中に埋めてるのさ。あいつらの糞は温度が高くて、熱がなかなか引かないんだ。土とまぜれば、匂いも気にならない』
「魔獣のふんにそんな使いみちが……」
『畑に撒けば養分にもなるし、冬でも野菜を育てられる。だからこの辺の魔獣は飢えを知らないんだ。人間なんか襲うより、野菜や木の実を食べたほうがよっぽどリスクが少ないし、うまいからな』
「で、でも、魔獣は人間を襲うことも……」
『人間だって、村に魔獣が襲ってきたら抵抗するだろ』
「――――ッ!」
『ボクたちも同じことをしてるだけだよ。それは悪いことでも、良いことでもない。まして神様が禁止したことでもない』
生きるためにそうしているのさ……。
アルマはティセルの前にちょこんと座る。
『ボクたちを怖がるのは結構だけど、それだけは覚えておいて』
◆◇◆◇◆ ティセル ◆◇◆◇◆
翌朝、ティセルは村へと帰された。
頭の中は昨日、小さな魔獣で言われた言葉でいっぱいだった。
ヴェリオ司祭は魔獣が悪だと言った。
魔獣は生きるためだと言った。
そして、ティセルは魔獣に助けられた。
2度ならず、3度も……。
何が悪で、何が正しいことなのか。
ティセルは空を見上げ、剣神に尋ねたが、答えが返っては来なかった。
朝日を浴びながら、村の中の道を歩いていると、村人が集まっていた。
嗚咽のような声も聞こえる。
ティセルは人垣を掻き分けた。
「……っ!」
思わず「うっ」と悲鳴を上げそうになる。
それは大人の遺体だった。
しかも身体に無数の爪の痕がある。
人の仕業じゃないことは、子どものティセルでもわかった。
遺体に静かに祈りを捧げていたヴェリオ司祭は、聖カリバルディア剣教の意匠を握りながら立ち上がる。
普段、温厚な司祭の瞳が大きくつり上がっていた。
「もはや一刻も猶予もなりません、皆様。我らの神は望んでおられる。これ以上、犠牲者を出す前に……」
我々が魔獣を駆逐するのです!







