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【書籍化】公爵家の料理番様 ~300年生きる小さな料理人~  作者: 延野正行
第八部

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第275話 生きるためにやっていること




「守り神様に会いに来たの……」


 と、切り出したティセルは語り出した。


 ティセルは以前、山菜採りの最中にいつものルートを外れて、魔獣がいる山のほうへと入ってしまったらしい。そこで魔獣に襲われたティセルは、〝守り神様〟に助けてもらったのだそうだ。


 守り神――と聞くと、僕とアルマは以前近くの里であったことを思い出す。

 ただティセルが言う守り神様は、それとは違うようだ。


「ティセル、守り神様ってどんな姿をしていたか教えてくれる?」


「えっと……。とても綺麗な銀の毛をした大きな猫」


「銀の毛の大きな猫?」


「そう! そうだわ。お髭を生やしてた」


「髭……。それって……」


 僕は横で話を聞いていたアルマのほうを振り返る。

 すぐに僕はアルマに【伝声】の魔法を使い、声にせずに尋ねた。


『アルマ、この子を助けたの?』


『うーん。覚えてないなあ』


『いや、絶対アルマでしょ』


 アルマの他にも山にはクアールが住んでいる。

 でも、野生のクアールが人間の子どもを助けるなんてまずあり得ない。

 縄張りに入ってきた人間に、容赦なく爪を立てるはずだ。


 大きな猫ってところが唯一引っかかるけど、アルマは【変化】の魔法を使える。

 小さくなることも、大きくなることも自由自在だ。


『見たことあるような……、ないような』


『もう。ボケるのが早すぎるよ』


『何を言ってるんだい。ボクも君も300年以上生きてるんだよ。多少物忘れが激しくたって仕方ないよ』


 それを言われると、言い返しにくい。

 僕もアルマも、身体こそ子どもだけど、人間なら3回は生まれ変わっているお年寄りなのだ。


「あの……。あなたたちはなんでこんなところにいるの?」


「え?」


 唐突な質問に、僕は言葉に詰まる。


「野宿するにしても、魔獣がいる山でなんておかしいでしょ?」


 す、鋭いなあ。

 同い年ぐらいだと思うけど、大人びているというか。

 小さくとも修道女として、もう働いているからかな?


「えっと……。それは――――」


 きゅるる……。


 それは魔獣の唸りでもなければ、寝息でもない。

 小さなお腹の音だった。


 最初、アルマかと思ったけど違う。

 慌てて自分のお腹を隠したのは、ティセルだった。

 顔を真っ赤にした姿は、先ほどまで鋭い質問を投げかけた時とは違って、年相応の姿に見える。リーリスやユランの反応とそっくりだ。


「ティセル、お腹が空いてるの?」


 質問すると、気恥ずかしそうにティセルは頷いた。


「ヴェリオ司祭が剣神様に仕える者なら、試練に耐えるべきだって……」


 いわゆる、断食というものだろうか。

 そういう修行があることは知っているけど、ティセルは子どもだ。

 育ち盛りの子どもに、ご飯を食べさせないのは、さすがに良くない。


「ねぇ、ティセ――――」


『なあ、お前。ボクの寝床に来るか?』


 僕が声をかける前に、アルマが言った。


 ティセルにとって魔獣は恐怖の対象でしかない。

 そんな魔獣からの誘いを聞いて、ティセルの顔が一瞬強ばる。

 しばらく、じっと自分よりも背の低いクアールの子どもと見つめ合った後、ティセルはこくりと頷いた。


 どういう心境の変化があったのか、僕にはわからない。

 もしかして、ティセルはアルマが〝守り神様〟と気づいているのかもしれないけど、確信できるほどの要素は、表情から見て取れなかった。


『じゃあ、行くか』


 アルマは魔法で風の層を作る。

 フレッティさんも含めて、その場にいる全員を包むと、ゆっくりと浮き上がった。

 当然だけど、ティセルは目を丸くして驚いていた。


『行くぞ!』


 アルマが発した途端、風の層は木の幹を超えて、夜空へと躍り出る。

 玩具みたいに小さくなった里の風景を見ながら、ティセルは最後まで悲鳴を上げていた。



 ◆◇◆◇◆



「あれ? ティル?」


 アルマのねぐらに戻ってくると、ロフルが首を傾げた。

 一旦、身体の大きなフレッティさんの後ろに隠れたティセルは、ねぐらにいたロフルとマリースの姿を見つけて、目を大きく見開いた。


「ロフル、どうしてここに?」


「それはぼくが聞きたいぐらいだよ」


 質問を受けて、どう話したらいいかわからず、ティセルは僕に助けを求めた。


「麓近くで魔獣に襲われててね」


 と、説明する。

 剣教騎士団のことについては、1度伏せておくことにした。


 一方、ティセルはきょろきょろと周りを見渡していた。

 居づらいのか、怖いのか、緊張しているのか、あるいは全部かわからないけど、ひとまず座ってもらうことにする。

 僕は早速、茸と肉団子の魔獣鍋の残りを器に盛った。


 村では滅多に食べられない豪勢な鍋に、ティセルの顔はたちまち輝く。

 スープを一口、肉団子を1つ、茸を2つと食べると、ティセルの口から白い湯気が吐き出される。そして、叫んだ。


「おいしい」


 それまで恐る恐るという感じで箸を進めていたティセルは、音を鳴らして慌てて食べ始める。よほどお腹が空いていたのだろう。作り手が喜ぶような豪快な食べ方だ。


「こんなにおいしいご飯、はじめて食べました。一体、だれが作ったんですか?」


「僕だよ。良かった。気に入ってくれて」


「領主様が……」


 ティセルは目をぱちくりさせる。


 なんか「領主様」って改めて言われると照れるな。


「すごいだろ。それ――――魔獣のお肉とか骨が入ってるんだぜ、ティル!」


(あ。ロフル、それは言っちゃ……)


 さっきも言ったけど、ティセルは魔獣を嫌っている。

 いや、魔獣が好きなんて人は、1000人いているかいないかだろう。

 中でもティセルが持つ魔獣に対する恐怖は、他の人よりも強い。

 一見可愛い姿をしていても、魔獣と聞いた瞬間に豹変するほどだった。


 そんなティセルが魔獣料理を食べたと知ったら、どんなことになるか。


 いや、黙って食べさせた僕も悪いんだけど……。


「あの……」


 ティセルはギュッと箸を掴んだ。


『どうだ? ルーシェルの料理はうまいだろ?』


「……え? はい」


 唐突なアルマの質問に、なぜかティセルは素直に応じた。

 一瞬膨れ上がった怒りの気配が沈んでいく。


『もう夜も遅いから、ボクのねぐらで泊まっていけよ。ここは里よりも暖かいだろ?』


「え? そういえば……。焚き火もしてないのに」


『ファイヤバードの糞を地中に埋めてるのさ。あいつらの糞は温度が高くて、熱がなかなか引かないんだ。土とまぜれば、匂いも気にならない』


「魔獣のふんにそんな使いみちが……」


『畑に撒けば養分にもなるし、冬でも野菜を育てられる。だからこの辺の魔獣は飢えを知らないんだ。人間なんか襲うより、野菜や木の実を食べたほうがよっぽどリスクが少ないし、うまいからな』


「で、でも、魔獣は人間を襲うことも……」


『人間だって、村に魔獣が襲ってきたら抵抗するだろ』


「――――ッ!」


『ボクたちも同じことをしてるだけだよ。それは悪いことでも、良いことでもない。まして神様が禁止したことでもない』



 生きるためにそうしているのさ……。



 アルマはティセルの前にちょこんと座る。


『ボクたちを怖がるのは結構だけど、それだけは覚えておいて』



 ◆◇◆◇◆  ティセル  ◆◇◆◇◆



 翌朝、ティセルは村へと帰された。

 頭の中は昨日、小さな魔獣で言われた言葉でいっぱいだった。


 ヴェリオ司祭は魔獣が悪だと言った。

 魔獣は生きるためだと言った。

 そして、ティセルは魔獣に助けられた。

 2度ならず、3度も……。


 何が悪で、何が正しいことなのか。

 ティセルは空を見上げ、剣神に尋ねたが、答えが返っては来なかった。


 朝日を浴びながら、村の中の道を歩いていると、村人が集まっていた。

 嗚咽のような声も聞こえる。

 ティセルは人垣を掻き分けた。


「……っ!」


 思わず「うっ」と悲鳴を上げそうになる。


 それは大人の遺体だった。

 しかも身体に無数の爪の痕がある。

 人の仕業じゃないことは、子どものティセルでもわかった。


 遺体に静かに祈りを捧げていたヴェリオ司祭は、聖カリバルディア剣教の意匠を握りながら立ち上がる。


 普段、温厚な司祭の瞳が大きくつり上がっていた。


「もはや一刻も猶予もなりません、皆様。我らの神は望んでおられる。これ以上、犠牲者を出す前に……」



 我々が魔獣を駆逐するのです!


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